第63話 糸口
「黒髪から神界へ、直接メッセージが送れるんじゃないか?」
それは、母アストリッドからの提案だった。
要点はこうだ。
ティシアの計測で判明した事実:
黒髪は外部の魔力を微かに吸い上げている。
母の観測で得られた感覚:
黒髪から出てくる魔力が神界由来のものと同質
つまり、黒髪が吸い上げた魔力の行先は神界なのではないか。
そんな推論だ。
だとすれば、黒髪から神界へ魔力を送れるかもしれない。
転生法では、転生先の指定に魔力変動を使う。
この要領でメッセージを送れるんじゃないか、というわけだな。
「ふーむ……なるほど。
確かに、筋は通ってるな。
これは、試す価値がありそうだ」
――――――
善はハリーの諺通り、
カフェテラスでの談笑後に早速試すことになった。
場所はレフカンの実験室。
この部屋も、扉と採光用の小窓以外は何も無い、簡素な部屋だ。
今からやるのは秘術の類。
他人に見られるわけにはいかない。
母とレフカンの見守る中、シェリーは部屋の中央に立った。
そして、俺は早速飛び上がり、シェリーの左肩に乗る。
羽を畳んで体を黒髪に密着させ、目を閉じ集中する。
叡者の証の修行を経た、今なら分かる。
確かに黒髪は、周囲の魔力を吸い込んでいる。
押し寄せては引き、引いては押し寄せる波の様に。
その押し引きに被せる様に、慎重に黒髪へと魔力を送りこむ。
魔法剣や、魔法槍の要領だな。
あとは、メッセージだ。
”ミルコロンのことではなしがある”
っと。
送れたか?
……いや、これは。
俺が送ったはずの魔力は、全てが漏れ出て外部に霧散した。
これでは、話しにならない。
「うーん。
ダメだったか。
傍目には上手くいきそうにも見えたんだがねぇ」
母だ。
観てるだけで分かるのか。
まあ、女性は魔力感知に長けてるみたいだし、
ましてや叡者ともなればそんなものか。
「そうだな。
結局、全部漏れたみたいだ。
転生法みたいに魔法陣が必要なのか?
でも、シェリーの黒髪は、
そんなの無くても魔力の出入りがあるわけだし……。
何より、シェリーの髪を汚したくないしな。」
その時、シェリーの手が伸び、俺の背へと乗せられた。
「モーゼス。
いいのよ、そんなこと。
気にしないで」
「シェリー……」
優しいよな、シェリー。
こないだの朝帰りといい、なんでこんなに。
これが、愛情というものか。
だとすると、俺は幸せ者――
と、そこに手を叩く音が割って入った。
誰だ、邪魔をするのは?
「ハイハイ、そこまで。そっから先はアンタら二人きりの時にしな」
……母か。
隣のレフカンは苦笑いだ。
確かに、人前でこんな雰囲気になるのは問題か。
結婚式でもないしな。
「分かったよ。
確かに、そうだな」
そう言って目線を下げると黒髪の隙間からシェリーの頬が見えた。
ほんのりと赤みを帯びている。
照れてるのか、可愛いな。
っと、そうじゃない。
「だが、ここからどうするか。
転生法を試してみるか?
魔力量的にはギリギリって感じだが」
母は顎に手を当て、押し黙った。
少し遅れて、その口が開かれる。
「そうさね。
私が足してやるか」
「え? そうだな……」
胸からの魔力譲渡のことか。
普通のならいいが、寿命を削って効果を増幅する秘術もあると聞く。
ここは、釘を刺しておくか。
「でも、危険なのは無しだぞ」
その言葉に、一瞬だけ母の目が大きく開かれた。
だが、即座に目尻が下がり、柔和な表情へと変わる。
そして、答えた。
「分かってるさ」
その時、傍らのシェリーが会話に割り込んできた。
「ねえ。一度人間に戻って、そこで魔力材を飲むのはどうかしら?」
魔力材? そうか。
確かに、人間の姿になれば俺の魔力容量も回復する。
それなら……
「そうだな。その手があったか。確かに、人間の状態なら容量、出力ともに上がるしいい考えだな。その手で行くか」
俺は即座に飛び降り、魔力材を漁りにトトトと走る。
目標は、部屋の片隅に置かれたシェリーの背嚢だ。
そこへ、母の低い声が室内に響き渡った。
「なるほど。
考えたね、シェリーちゃん。
でも、今日はもう遅い。明日にしようか」




