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第61話 縁結びの呪い

『幻戯獣ミルコロン』

かつてシェリーの胸に、下品な呪いを仕掛けた存在だ。

本を広げ、書棚の間で立ち尽くすシェリー。

彼女はミルコロンの名を指でなぞり、その場で内容を読み始めた。


* * *


【幻戯獣ミルコロン】

転生神サイラ=コロニアの眷属であり、幻獣。

イタズラ好きで知られる。

命の出生前、魂の段階でおかしな呪いをかけて回る。

その迷惑性ゆえに、神界では著しく自由を制限されている。

それゆえ、呪いを受けるものは少ない。

しかし、ミルコロンの呪いは様々な伝承に現れる。

伝承において、呪いは魂の結びつきに帰着する。

愛する二人の魂を導き結び付ける。

イタズラ好きは表の顔。

その本質は、縁結びの象徴である。


* * *


「……。

 じゃあ、私とモーゼスってやっぱり。

 お母さんが言ってた通り、赤い糸で結ばれていた……?」


シェリーは目を閉じ、過去へと思いを馳せる。

カモメと初めて出会った日。

抱きしめた瞬間、カモメの邪念を感じたこと。

父と母にカモメを紹介した日のこと。

あの痣を晒したときのこと。

そして、初めてモーゼスの、真の姿を見た時のこと。


「そう、だったんだ……」


シェリーの瞼が微かに開かれた。

その瞳の焦点は定まらない。

しばしの(のち)、シェリーはそっと本を書棚に戻す。

そして、再び目を閉じ胸元に両手を当てた。

その立ち姿は、神話に刻まれる慈愛の女神が現世に降り立ったかのような錯覚を覚えさせる。

紫陽花が、神秘へと昇華した瞬間だった。



――――――



「あれ? でも、ミルコロンが縁を結ぶってことは……。

 モーゼスがカモメになったのも、何かの呪いだったのかしら。

 早く、モーゼスにも伝えてあげないと」


だが、シェリーは禁書庫には入れない。

そして、待てども一向にカモメ立ちは出てこない。

いつしかシェリーは受け付け横のソファに座り、夢の世界へと旅立った。



「シェリー?」


外の世界の輝きが最高潮に達する頃、モーゼスたちは禁書庫から帰還した。

帰還後の、第一声がそれだった。

ソファの背に首を預け、すやすやと眠るシェリー。

図書館司書とカモメの目が合うと、司書は苦笑いを見せる。

カモメは老婆の手から抜け出し、シェリーの膝上に飛び乗りた。

体を添わせて重なると、シェリーの手が伸びカモメを包み込む。

同時に、シェリーの口から声が漏れた。


「モー……ちゃん?」


「ああ、シェリー」


その言葉に反応したか、シェリーはゆっくり手を動かし、カモメを擦り始めた。

だが、突如として眼を見開き、周囲を確認する。

そして、


「……あっ、いけない」


の声とともに上体が跳ね上がり、背筋を整えた。

その時、シェリーは膝上のカモメにも気付いたか、目線を下へと運ぶ。


「あれ? モーゼス?

 ごめんなさい、私、寝てたみたい」


シェリーの言葉にカモメはゆっくりと(かぶり)を振り、答える。


「いいんだよ。

 それより、遅くなって済まなかった。

 そろそろ昼飯にしないか?」


「うん。でも、ちょっと待って。

 実は――」


その時、シェリーの腹から”きゅう”と甲高い音がした。

咄嗟にお腹を押さえ、

シェリーの顔はどこか気まずそうな苦笑いへと変わる。


「はは。まずは、食べるか」


カモメが明るく笑い飛ばすと、シェリーは静かに頷いた。


「そう、ね」


その声は、いつもより少しだけ乾いて聞こえる。

アストリッドとレフカンは、少し離れて若い(つがい)を見守っている。

二人の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。



――――――



陽が辺りを照らすカフェテラスにて。

一行は昼食を終えるとそのまま談笑を始めた。

カモメはいつものように、椅子の上に置かれた木箱に鎮座している。


「――なるほど。

 だとすると、俺が転生失敗したのもミルコロンの仕業だったというわけか。

 でも、アイツは倒したよな。

 なのに、俺の姿が呪いだとしたら、なんでまだ解けていないんだ?

 それに、シェリーの痣は生まれた時だから17年前。

 俺がカモメになったのは、せいぜい4、5年前だ。

 勘定が合わないんだが、それは?」


そこに、アストリッドが割って入る。


「まぁまぁ、モーゼス。

 そう焦るんじゃないよ。

 ミルコロンは、転生神の眷属だ。

 こうなったら、直接問いただせばいいだろう」


唐突な提案に、カモメは首を傾げて困惑の色を隠せない。

だが、すぐにカモメは問い返す。


「そうだな……。

 でも、どうやって?」


アストリッドは両腕を組み、深くため息を吐いた。

そして、落ち着いた低い声で、話を切り出した。


「そうさね。

 今日の調べもので分かったこともあるし、

 いくつか考えもある。

 ちょっとここは、落ち着いて考えようじゃないか」

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