第59話 カモメの本音
エンシェルムの夜。
ここはレフカン行きつけの酒場。
今、俺達は二人でカウンターに並んでいた。
俺の足場は木箱だ。
なんせカモメの姿だからな。
互いに同じ方へと顔を向け、横並びで男同士の話は続く。
「まあ、ピチピチギャルになりたいとか、前のお前はどっか壊れたもんな」
レフカンがまた懐かしい話を持ち出してきた。
それくらい普通だと思うが、俺がおかしいのか?
「ん? ああ。
まあ、あれも本音の一部ではあったんだけどな」
でもまあ、それくらい男でいるのが嫌になってたってのは事実か。
ティシア――あのとき俺が諦めなければ、違う未来もあったのか。彼女だって、心の奥底では俺のことを――いや、よそう。
過ぎたことだ。
どちらのせいでもない。
ただ俺たちが未熟だっただけのことだ。
今なら――それは、20年以上の時を経てようやく辿り着いた心の置き場所だ。だが、そこに辿り着けたのはシェリーが居たからだ。シェリーの愛は本物だ。俺も、シェリーを離さないと言った。それでいい。過去のことは……手放すには遅すぎるくらいだ。あれがあったから今がある。
今。
大事なのはそこだけだ。
「――ゼス。モーゼス。
おい、聞いてんのか?」
「うん? すまない。
ちょっと考え事をな」
そう、意識の帰還を告げると、レフカンは口角を上げてみせる。
「それで、どうだった?
自分がカモメだって気付いたとき」
その話か……
「そうだな。
正直唖然としたのは事実なんだが。
それより解放された気がしてな、色んなことから。
カモメってな、親はやっぱり世話焼きで。
ずっと見守ってんだよ、雛鳥を。
しかも結構仲間意識も強くてな。
それで、空飛んで好きに過ごしてたら、俺は何クヨクヨしてたんだろうって、な」
「なるほどな。
それで結局あんな美少女捕まえて、今から人間に戻ろうってか。
終わり良ければ総て良し。
あと一息だな!」
レフカンはそう言うとニカッと笑い、腕を振りかぶった。
だが、小動物の姿に気付いてハッとした顔に変わる。
そして穏やかな笑みを浮かべ、手のひらをそっと俺の背に置いて来た。
大きく、ごつごつとした手の感触はシェリーの物とは違う。
だが、友の優しさは伝わってくる。
「そうだな。だが、そのあと一息が随分長いんだよな」
ため息交じりにそう結ぶと、レフカンは正面へと顔を向けた。
目線は上へと向かう。
少しの間を置き、レフカンの口が再び開かれる。
「ま、そこは何とかなるだろう。
ここは転生法の聖地だ。
文献だって大量にある。
お前が図書館に入れるよう、便宜も図ってやれる」
「それは助かる。
いや、実際そこをお前に頼もうと思ってたんだ。
なかなか言い出せなかったが……」
「何遠慮してんだよ。
水臭いヤツだな。
俺とお前の仲じゃねえか、ルカ」
レフカンはふたたび俺の背に手を伸ばし、ぽんぽんと優しく叩いて来る。
「ああ、ありがとう、レフカン。
それと、もう一つお願いがあるんだ。
俺のことは、モーゼスと呼んでくれないか?
シェリーがくれた名だ。
俺も生まれ変わったし、この名を大事にしたいんだ」
「おお。わかったぜ。
お前はモーゼスだ。
よろしくな、モーゼス」
レフカンが、反対の手を差し出してきた。
俺も首を伸ばし、掌に絡ませて応える。
握手は出来ないが、こういうのもありだろう。
「こちらこそ、よろしく頼む、レフカン」
俺の返事に友は満面の笑みを浮かべ、白い歯を覗かせる。
そして、豪快に言い放った。
「よっし、そうと決まったら、モーゼスの誕生祝いをしないとな。
行くか。男の楽園に」
――――――
結局、宿に戻って来たのは周囲がすっかり明るさを増し、鳥の囀りが聞こえ始めた頃だった。
俺一人でも追い返されることはない。
首から下げた叡者の証――もはや識別票にしか見えないが――が、俺を俺だと証明してくれる。
女将の助けでそろりと部屋に戻った。
だがその時、透き通った声が聞こえた。
「おかえり、モーゼス」
シェリーだ。
もう起きていたのか。
「ただいま、シェリー」
シェリーは未だベッドに身体を横たえたままだ。
俺はベッドに飛び乗り、彼女に身を寄せる。
すると、シェリーの鼻からすんすんと音が聞こえ始めた。
「……香水のにおいがする」
その瞬間、時間が止まった。
そんな錯覚を覚えた。
いつの間にシェリーはこんな高度な魔法を?
いや、頭の中で遊んでる場合じゃない。
「レフカンがどうしてもって……言うから。
ちょっとだけ、付き合いでな。
……シェリー?」
その時、シェリーの手が俺の背に乗り、優しく撫でてきた。
友の手とは対照的で、柔らかく繊細な手。
その手からは、慈愛の情が伝わってくる。
同時にシェリーの口が開かれた。
「ふーん、男って面倒くさいのね。
でも、モーゼスが楽しめたなら良かったわ」
優しい。でも……
「良いのか?」
一寸の間を置き、シェリーが答える。
「う~ん、それでどうにかなるモーゼスじゃないでしょう?」
「シェリー……」
俺は、シェリーの脇に身体を滑り込ませた。
肩に首を乗せ、目を伏せる。
彼女の腕が、優しく俺を包み込む。
俺は、幸せ者だ。
心地良さに身を任せるうちに、いつしか俺の意識は遠のいていた。




