紗佐ちゃんの出番、今回はこんだけ?
◇
「あっ、ハンカチ忘れた」
『虹化粧』から帰る途中、紗佐は忘れ物に気が付いた。先程トイレを借りたとき、手を拭いたハンカチを店に置きっぱなしにしていたのだ。
「取りに行かないと」
踵を返し、店へと戻る。
直ぐに気が付いたために、ものの数十秒で戻ってこれた。
戸を開いて店に入ろうとしたとき、中から声が聞こえてきた。
「それで、結局なんだったんだよ?」
「何がです?」
狼と優の会話だろうか。声が二人のものだ。
「お前が、お守り渡すだけのためにわざわざ、あいつらを集めた。釈然としないにも程があるだろ」
「さすがは愛しの我が子、と言ったところでしょうか?」
「で、どうなんだよ?」
「お守りを渡しただけですよ。『何の』お守りかは言いませんでしたけど」
意図せず盗み聞きする格好になってしまった紗佐は、先程渡されたお守りを取り出していた。布の袋で作られたそれは、神社で売っていそうな見てくれの割りにおかしなとこがあった。何のお守りなのか、何に対するお守りなのか書いてないのだ。『交通安全』とか、『家内安全』とか、『安産祈願』とか書いてあってもおかしくないものなのに。
「『何の』ってことは、何かから身を守るものなのか?」
「ええ。多分、普通は対抗手段のないものですから、お守りに頼るしかないんです」
「それって何なんだ?」
「吸血鬼、とでも言いましょうか」
吸血鬼、という単語に、紗佐の体が大きく震える。彼女は昔見た映画のせいで、吸血鬼(というホラー系のもの全般)がトラウマなのだ。
戸に手が触れていたために、体の震えが戸にも伝わった。そのせいで、戸が大きな音を立てる。
「!?」
瞬間、戸が勢いよく開かれる。
反射的に目を瞑る紗佐。そして、聞こえてくる声。
「何だ、上沼か」
恐る恐る目を開けると、眼前には狼の顔があった。
思わず後退る紗佐。しかし、彼女の腕を狼が掴む。
「どこから聞いてた?」
真剣な表情。それ故に、凄まれているような錯覚に囚われる。
しかしそれも、彼の表情が崩れたことにより解ける。
「何すんだよ?」
狼は、いつの間にか後ろにいた優に向かって言う。どうやら優が彼の頭を引っ叩いたようだ。
「女の子には優しく、ですよ」
正論を言われて、狼は黙るしかなかった。
「ともかく、紗佐ちゃんも入ってください。中途半端に聞いたままだと気になって仕方ないでしょうから」
紗佐も加わったところで、優は話を再開した。
「このお守りは、ある種族の能力から身を守るためのものです」
「それが、吸血鬼か?」
またもや紗佐の体が震える。それを見て、優は首を横に振った。
「それはただの比喩です。もっとも、彼らが吸血鬼の元ネタだとも言われてますが」
元ネタて……。
「私は個人的に、彼らを『吸血夢魔』と呼んでいます。というのも、彼らは異性から色々と吸い取る能力がありますから」
「色々って何だよ?」
「色々は色々です。そこには個体差があるんですが、水分だったり油分だったりエネルギーだったりですね。大半はちょっと調子が悪くなるくらいなので、さほど問題にならないのですが」
「ということは、これはそいつらから吸われないようにするためのものか?」
「そういうことですね。ところで、」
優は紗佐のほうを向くと、
「紗佐ちゃんは、あまり物騒な話は苦手でしょうか?」
優の問いに、高速で首を縦に振る紗佐。
「そうですか。では、できるだけオブラートに包んだ表現にしますね」
そう告げてから、語りだした。
「今朝、とある知人から連絡をもらいました。彼女が言うには、この辺りで怪奇現象が起きているそうです。結構な被害も出ているらしく、原因と解決策を突き止めたいとのことでした。すぐさま私は詳細を聞き出して、その原因が先程言った吸血夢魔らしいことが分かりました。念のため私は彼女に頼んで、近辺の学校や会社などに臨時休業を求め、外出を控えるよう通知を出してもらいました」
「学校が突然休みになったり、近くの店がどこも開いてなかったのはそのせいか」
てか、そんな手回しができるとか、どんな人物なんだ? 大物政治家か、でなきゃ相当のコネがある人か。
「そして、あなたたちを闇代ちゃんたちに集めてもらい、このお守りを配ったわけです。ストックが限られていたので、他の方々の分はその知人に作り方を教えて、そちらで用意してもらうことにしました」
「闇代たちにはそのことを話したのか?」
「闇代ちゃんと瞳君には、あなたたちを集める際に一通り」
だから闇代と一片はここにいないのか。既に聞いた話を聞くためにわざわざ残ったりしない。
「そういうわけです。ご理解いただけました?」
「まあ、大体はな」
狼に続いて、紗佐も頷く。
「さてと、紗佐ちゃんはもう帰ったほうがいいですよ。お家、遠いんでしょ?」
「……はい」
紗佐は重い足取りで、帰途へとつくのであった。




