こういう綺麗事を言わせるのがとても難しいと痛感した。
◇
「で、やることやったってのに何難しい顔してんだ?」
紗佐が帰った後、狼は険しい表情の優に問いかける。
「さっきは紗佐ちゃんがいたので言えませんでしたけど……。今回現れた吸血夢魔は、その名の通り血を吸うんです」
「リアルに吸血鬼かよ……」
確かに、吸血鬼を恐れている紗佐には言いづらいだろう。
「それだけでなく、彼らは人の命をも奪いかねないんです」
続く優の言葉に、さすがの狼も硬直せざるを得なかった。優は更に続ける。
「実際、吸血夢魔なんて普通に暮らしてたら誰にも分からないんです。無意識のうちに吸収したりなんかしないですし、したとしてもほんの僅か。気づく人はいません。でもたまに、自分の特性に気づく者もいます。気づけば、それを伸ばすこともできます。そして、それを悪用することだって出来るんです」
「何が言いたいんだ?」
「要するに、今回現れたのはそういう類の者である可能性が高いです。つまり、意図的に能力を使い、人々を襲っていると」
周囲の人間に多大な被害を生じさせてしまう。それを、憂いでいるのだろうか。
「しかも、問題はその目的です。今はまだ警察もこの件を公表していませんが、本来なら今頃大騒ぎのはずです。『人ならざる者』である彼らが、そんなことを進んでする理由が―――いえ、そうまでする理由があると言うのか。あるのならその内容は。もしそれが、……私だったりしたらと、不安になってしまったんです」
「何でお前がそいつらと―――」
「私も、『人ならざる者』ですから」
その一言は、狼の心に重く圧し掛かった。忘れてしまいそうになるが、優は人ではない(らしい)。本人曰く、魔女だとか。確かに、あんなド派手な戦いができるのなら、人でないのも頷ける(この辺りは『M―視える。ナイツ』を参照)。
「『人ならざる者』同士は、現代に至るまでに幾度となく戦い続けてきました。私も昔は色々あって、ちょっとごちゃごちゃしたことに巻き込まれたりしましたけど、それでも今まで幸せに生きて来れました。ですがもし、今回の件が私のせいで起こったなら、そのせいで犠牲となったこの町の人達に申し訳が立ちません。……私は、やはり人里で暮らすべきではないのかもしれません」
「……ふざけんなよ」
狼が、ぽつりと一言。
「ふざけんなよ! そんなの、お前のせいじゃねえだろ! 確かにお前は人じゃないかも知れねえ。けどな、それでお前が悩むことなんて、あっていいわけないだろうが!」
堰を切ったように溢れ出る言葉。何かに突き動かされるように、狼はそれを放ち続けた。
「闇代や一片を見てみろよ。あいつらだって、色々背負って生きてるし、それでも自分の信じた通りに生きようとしてる。闇代は親の仇を、討たなくて済むように頑張った。一片だって、敵だったはずの闇代と、敢えて一緒に暮らしてる。どういう心境でそれを選んだのかは知らねえが、少なくとも自分でここに来ることを選んだはずだ。……みんな、自分の生きたいように生きてんだよ! お前も生きたいように生きればいいじゃねえか! それを誰も迷惑だなんて思ったりしねえ! もしそんなことをほざく輩がいたら、俺がぶっ潰してやる!」
言葉が止まり、二人の間に静寂が流れる。
所詮、狼の言葉はただの綺麗事だ。今回の件が優と関係していようが、なかろうが、被害が出ていることは事実だ。それを気に病んでしまうのは仕方がない。実際、彼が例に挙げた闇代や一片も、少なからず悩んでいるはずだ。そんな彼らの気持ちは、狼には分かるわけがないし、それを悩むなと言われても説得力に欠ける。
だがしかし、不安に押し潰されそうになっていた優の心には、十分に響いていたようだ。何故なら、
「……ありがとう、ございます」
ただ一言、そう返したからだ。




