49
会話をしている輝と秀一を残し、海は雫と共に麗華に、正確にいうなら三人を先導する将之に連れられテラスへと向かった。
道すがら、麗華と共にいる海達には彼らを探るような目や、羨望と嫉妬の混じった多くの視線を向けられたが、雫はいつものことと受け流し、海はそれらを自然な形で黙殺した。 海は慣れているのだ。悪意や異物を見るような視線に。
視線など存在していない、と言わんばかりに自然体で歩く海の姿に、将之は流石と賞賛し、表情こそ動かさないものの、麗華は海の胆力に驚いていた。
ーーそして、思う。
およそ年齢らしく、子供らしくない反応。しかし、だからこそ彼らはわかりあえるのではないか、と。
待ち望んでいた人物、やもしれぬ少年の出現に麗華の口角がわずかに上がる。
幸か不幸か、海がそれを知ることはなかった。
「将之さん。しばらくの間、人払いをお願い出来るかしら」
とあるガラス製の壁ーーテラスへと繋がる扉の前で麗華はそう将之に言う。
「畏まりました」
麗華の言葉に承知の返事を返し、頭をさげる将之。
麗華は微笑みを浮かべる。
「ありがとう、将之さん。 それでは雫様。海様。こちらへ」
笑顔を海達に向け、麗華は片手で彼らをテラスへと促す。
「風が出てきましたね。お二方とも、寒くはありませんか?」
将之が開けたドアをくぐり、テラスへと出た三人を迎えるのは、初夏の風。
強く吹き渡っているわけではないのだが、この時期の夜風は少し、肌寒い。
海のように燕尾服を着ているのならまだしも、ローブ・デ・コルテのように肩や胸元が大きく露出しているドレスを着ている麗華や雫にとって、風は天敵のようなものだろう。
なびく髪を丁寧な手つきで押さえる麗華の問いに、雫は柔らかい微笑みを向ける。
「平気ですよ、麗華ちゃん。海は大丈夫?」
「 うん。俺はこれ着てるから」
二人の言葉を聞き、麗華の顔に微笑みが浮かぶ。
「 そうですか。雫様。もし、お寒いようでしたら遠慮せずおっしゃって下さい。温かいお飲み物をご用意致しますので。もちろん、海様も」
「 ありがとうございます。麗華ちゃん」
「 ありがとうございます」
二人の返事に、麗華はもう一度微笑みを浮かべる。
そして顔を将之に向け、「 ドアを閉めて」と目で合図を送る。
将之はその合図を受け取り、一礼し、音もなくドアを閉めた。
「 ふぅ」
と、同時に麗華の口からこぼれるため息。
海は麗華の雰囲気が変わったのを敏感に感じ取る。
「 あー、かたっくるしい。これだから身内以外でやるパーティーは嫌いなのよ」
先程までの丁寧な言葉とは百八十度違う、乱雑な言葉。
しかし、この口調こそが彼女本来のものであることを、海はなんとなく悟った。
雫は言う。
「 ふふ。相変わらず大変そうね。麗華ちゃん」
「 まったくよ。黒い思惑が渦巻く中本音も言えないからストレスは溜まるし、下種な狸親父は胸ばっかり見てくるし。あたしの体は秀一のものだっつーの」
目をつぶり、苛立たしそうに言い放つ麗華。そんな彼女を見て、雫はくすくすと口元に手を添え笑った。
「 でも、猫を被ることはやめないのでしょう?」
「 当然よ。秀一に迷惑かけたくないもの」
「 ふふ。ご馳走様」
惚気る麗華に、微笑む雫。 海は二人の会話の意味がわからず。首を傾げていた。
「 二人とも、もっと前へ行きましょう。ここじゃあろくに顔を見て話しも出来ない」
後ろからの人の目を気にし、麗華はうんざりとした口調で海達にそう言う。
なぜここでは顔を見て話すことが出来ないのか。それを知らない海はやはり不思議そうな顔をしていたが、事情を理解している雫に背をそっと押され、彼女と共に歩を進めた。
ーー突然だが、このビルは広い。
黒羽専用の控室は二十畳以上だし、会場にいたってはそれの倍以上の広さがある。
しかも、その両方を合わせてもパーティー会場のある最上階の面積の三分の二しか使っていない。
では残りの三分の一の面積は何に使われているのか。
件のテラスに、である。
横幅は会場のガラスの壁一面あり、海達が出てきた扉からテラスの先端までは優に十メートル近くもある。
テラスの周囲は一メートル三十センチ程の高さの強化ガラスで囲まれ、落下防止の対策をしつつ、周囲の景色をより間近で楽しむことが出来るように配慮されていた。
「うわぁ……!」
ガラスの手前までやって来た海は、ガラスに手をつき感嘆の声をあげる。
麗華はそんな海の横で眼下に広がる人工の宇宙を眺めながら、彼に言う。
「 どうだい、おちびちゃん。見事なものだろ?ここまでの夜景は、東京でもなかなか見られないよ」
『おちび』という単語に反応し、海はむっとした顔で麗華を見上げるも、彼女はそんな海の視線に気づかず雫に笑顔を向けていた。
「改めて、雫。久しぶり。来てくれて嬉しいわ」
猫をかぶっていない親友本来の口調での歓迎の言葉に、雫の口元が綻ぶ。
「 お久しぶり麗華ちゃん。こちらこそ、招待してくれてありがとうございます」
返されたアルカイックスマイルに、麗華は笑みを深める。
そうやって再開を喜んだ麗華は、次に顔を海へと向ける。
「 おちびも改めてよろしくね」
「 おちびじゃない」
再度言われた『おちび』という単語に、海は眉間にシワを寄せ、口をへの字にしながら麗華を睨む。
「 俺には近藤海っていう名前があるんだ。おちびじゃなくて、きちんと名前で呼んでくれ」
海の言葉に麗華は目をぱちぱちとさせ、そのあとすぐにニヤリと笑みを浮かべる。
麗華は自分というものをよく知っていて、自分のことを客観的に見られる女性だ。
自分が男から色目を使われるくらいに容姿が整っていることを自覚している。また、目力の強い大きなつり目が人に『怖い』という印象を与えてしまうマイナス面が自身にあることも、同時に自覚している。
そんな自分の目をしっかりと見据えながらそう言った海に麗華は驚き、そして強い興味を持った。
(この子、面白いじゃない)
それは偶然にも、明日香と同じ意見だった。
麗華は笑いながら言う。
「 あはは。悪かったね海。あたしって実は結構大雑把な性格なの。悪気はなかったのよ。許してね」
明け透けな物言いの麗華に、海は不思議とそれ以上怒りを持続することが出来なかった。
面白そうに笑う彼女の顔を見ながら、海は思う。
(……なんだか明日香が成長したらこうなりそうだな)
友人の未来図を垣間見たような気がした海。
未来図が間違っていなかったことを知るのは、それから十数年近くあとのお話。




