ダニエルさん
「ダン、いいか。次のバルサB戦はただの試合じゃない。『学校の成績を担保した上での聖戦』だ。ここで赤点を取ったら、クラブは僕たちをクラシコのピッチに立たせてくれないからね」
寮での自習時間。ングゥワチュチュが世界史の分厚い教科書を枕にしながら、おっとりとした笑顔でダンの横に座っていた。
彼は「いかに最小限の勉強で、クラシコ出場に必要な最低評点をクリアするか」という要領の良さを極めていた。
マドリードでの生活に少しずつ慣れてきたダンは、赤点ラインというレベルの低さに苦笑しつつも、ングゥワチュチュに相槌を打っている。
「ダン、世界史の記述問題は、先生の『お気に入り(好む戦術)』の単語を3つ散りばめておけば大体加点されるよ。ほら、僕の要約ノート…」
「おいングゥワチュチュ! また新入りにサボり方の戦術を教えてるのか!」
同級生チョビが、ペンをシャカリキに動かしながら突っ込んで来た。
「ダン、真面目にやれ! 特に次のバルサBの守護神、GKダニエルのスカウティング(予習)は終わったのか? あいつはバルサBの絶対的な砦だ。反応速度もロングフィードも天才的。……それだけじゃない。格闘技雑誌の裏表紙に、あいつの変な写真が載ってたんだ!」
チョビがドヤ顔で机に叩きつけたのは、スペイン語のローカル武道雑誌。そこには、バルサの臙脂と紺のトレーニングウェアを着たまま、見事な空手の道着を羽織り、真剣な顔で「鶴の構え(片足立ち)」を決めるダニエルさん(19歳)の姿がデカデカと掲載されていた。
「……あ、ダニエルさん。空手をやるんだ」
ダンが碧い目をパチクリさせる。
「そうさ! 本文を俺様の特クラ英語力で翻訳したところによると、あいつはアメリカにいた頃、伝説の日本人マスターから
『キャンドゥカラテ』なる秘技を伝授されたらしい! ※注:正確にはきやんどう:喜屋武道空手です
だが、サッカーの試合中には一切空手を使わないとスカしてるんだ。……露見したのは、先週の練習試合の動画さ!」
チョビは鼻の頭に汗をかきながら、自身のスマホの画面をダンに見せた。
画面に映っていたのは、至近距離からの強烈なシュートを、ダニエルさんが手のひらではなく「空手の『上段受け(ブロック)』の型」で弾き出し、そのまま流れるような体幹の連動で前線へ低弾道のロングフィード(※ただし蹴り足の軌道は前蹴りのフォーム)を蹴り出す瞬間だった。
「あ……」
流れるような動作、そして片足で立った瞬間の絶対にブレない軸。
(――この人、サッカーには使わないって言ってるけど、キーパーとしての異常な反応速度とポジショニングの間合い、全部空手の型で処理してるんだ)
「うわぁ、これは東洋の神秘だね……。でもチョビ、そのスカウティングは素晴らしいよ、フフフッ」
ングゥワチュチュが感心したように笑う。
「ふ、ふん! だろ!? だから次のクラシコ、ダンの『懸河』のドライブを打つ瞬間、ダニエルさんが『下段払い』の型に入る前に、球体の軌道を上から落とす必要があるんだ! これが俺の事前の計算さ!」
ツンデレなチョビの分析と、ングゥワチュチュの要領の良い励まし。そして何より、バルサBに潜む「空手GKダニエルさん」という、
民明書房テイストをビンビンに感じさせる理不尽な天才の存在。
「……チョビ、世界史の勉強、終わったらダニエルさんの動画、もう一回見せて。あの型、僕のキックの軸(体幹)の参考になるかもしれない」
「しかたないな! ほら、まずはこの問題を解いてからだ!」
賑やかな自習(楽)を終え、16歳のダンは、次なる運命の舞台――カスティージャ対バルサBの「ミニ・エル・クラシコ」へ向けて、その碧き瞳を静かに、そして熱く燃え上がらせるのであった。
子供のころ、とあるアニメの空手キーパーを笑っていましたが、大人になり、元日本代表某氏のプレーを見て考えが変わりました。
空手が有効かは断定できないけど、取るか弾くかの判断と、弾く場合は強く/正確に/どの方向か、が生命線になるなと。
某氏のプレーは神セーブ連発の時もあるけど、不安な事の方がずっと多かった。




