猫を連れた暗殺者?
3部リーグで無敵の快進撃を続けるカスティージャの前に、その日、文字通り「泥臭い壁」が立ちはだかっていた。
対戦相手はSDウェスカ。その中盤の底で、ギョロリと目を剥いてダンを徹底マークしていたのが、20歳のボランチ、イ・ケガンだった。
「お前、日芬ハーフらしいな。悪いが、俺の目の前で日本人には小細工はさせんぞ」
前半、イ・ケガンは「プンサンゲ」(朝鮮の猟犬)のような執念でダンに食らい付く。
そのマンマーク、正にディフェンスに定評のある男。
ダンがボールを持とうとする一瞬の隙、その「インパクトの瞬間」のステップを、フィジカルで泥臭く潰しにかかる。
前半、ダンは自由を奪われ、カスティージャの攻撃のテンポが狂った。ハーフタイムのロッカー室で、ダンは碧い目を少し尖らせる。
「……あのボランチ、すごくしつこい。キックの予備動作を全部消してくる」
「ふっふん、だから言ったろダン! 相手の『スカウティング(予習)』が足りないんだよ!」
同級生のチョビが、待ってましたとばかりに前半のイ・ケガンの守備パターンのデータを熱弁し始めた。
「あいつのステップの癖はこうだ。ダン、お前がインサイドにカットインするフリをして、ングゥワチュチュを囮に使えば、マークは必ず一瞬ズレる!」
「なるほど、チョビ。それは良い戦術的予習だね」
ボランチのングゥワチュチュがにっこり笑って頷く。
迎えた後半、チョビの「予習」通りにカスティージャの中盤が連動した。
ダンが中へ切れ込むフェイントを入れた瞬間、ングゥワチュチュが絶妙な位置でイ・ケガンの進路をブロック。ほんの1秒、マンマークの達人イ・ケガンの視線がブレた。
(――ここだっ!ここで決めるんだ!)
一瞬の自由を得たダンは、丸太乗り仕込みのブレない体幹で地面を噛み、右足を強烈に擦り上げた。
ドシュッ!!!!
放たれたボールは、SDウェスカディフェンス陣の頭上を越え、ゴール直前で垂直に急降下してネットを揺らした。
試合は1-0でカスティージャの勝利。後半に力尽きたイ・ケガンは、試合後に「ナイスディフェンスだったが……相手のキックが理不尽すぎた」と、ピッチに突っ伏した。
< マドリードの夜、ドタバタの遭遇>
「いやー、今日の試合もチョビ様のデータ分析のおかげで楽勝だったな!」
「おいチョビ、お前ベンチから見てただけだろ!」
試合終了後いつもの高校4人組に、ビジョを加えた一行は下町を歩いていた。
日曜の試合後は、打ち上げに美味いメシを食べに行くのが何より楽しみなのだ。
その時、前方のゴミ箱の陰から、妙に「ドタバタ」響く足音が迫った。
「 待ちんさ~い! にゃんこ老師、そっちの路地は行き止まりだっぺ!」
すさまじい訛りのスペイン語(?)を叫びつつ、向こうからドタバタ走ってきたのは、垢抜けない丸顔に、妙に筋肉質な体つきをした18歳の少年だった。
アトレティコ・マドリードBにブラジルの大田舎からやってきたばかりの怪物、べべ(カゼーダ・イ・ザイモン)である。
「ニャー」
そういえばブロック塀の上に丸々と太った三毛猫が、まるで王様のようにふんぞり返って座っている。
「あ、おみゃーらはレアルの……! ちょうどいいべさ、にゃんこ老師が逃げ出してテーゲー困っとったばってん、おまんら何か良い物を持ってねぇが?」
べべはダンの前にドタバタと突進してくると、至近距離でダンの顔を覗き込んできた。
その野生児の圧倒的プレッシャーに、チョビは「な、なんだこいつ……アトレティコの秘密兵器か!?」と腰を抜かしそうになり、ングゥワチュチュも「うわぁ、戦術的に理解不能なタイプだ……」と苦笑いして一歩引いた。
当のダンも、普段は陽気なマリオもどう対処すべきか戸惑いを隠せない。
ビジョ一人、ただ静かにスパイクバッグから「ちゅ〜る」を取り出した。
「……これ? 猫のおやつだけど」
「ニャーーーン!!」
猫がビジョの胸の中へとダイブし、猛烈な勢いでおやつに吸い付いた。
「おおっ!? にゃんこ老師を一瞬で手懐けるとは、おはん、半端ないって! 次のマドリード・ダービー楽しみにしとるまっし。
わすの『キャット空中三回転半』は、ぼっけぇきょうてぇずら、ぞなもし。」
べべは猫を抱いたビジョに向かって、嬉しそうにガハハと笑いながら宣戦布告(?)をした。
ダンは、猫の扱いに慣れているビジョを見つつ、碧い目を少し泳がせてボソッと呟いた。
「……マリオ、この人、何をしてくるか分からなくてすごくめんどくさい。ダービーの時は、マッチアップしたらすぐにパスを出して離れよう」
「ハハハ! 気に入ると思ったぜアミーゴ! ダービーが楽しみだな!」
マリオがオーバーオールのポケットに手を突っ込んで豪快に笑う。
イ・ケガンの執念深いマンマークをチョビの知性で打ち破り、街ではアトレティコのドタバタの天才べべと遭遇したダン。マドリードの「楽しいサッカー(日常)」は、さらに混沌と熱気を帯びて加速していくのだった。
チョビを書いていると、トッティ(ローマの王子様)の当て馬に使われた、中田英寿を思い出した。
チョビなりの活躍を書いてみたくなりました。
さて、次回はプチ・マドリードダービー、破天荒な田舎っぺとの対戦はどうなることやら、お楽しみに。




