下町のハモンとツンデレの羅針盤
待ちに待った日曜(休養日)、例の一行は午前中から街に繰り出し、夕方になっても練習と変わらぬ速度で駆けていた。
「おい、ダン、チョビ、ングゥワチュチュ 、こっちだ、遅れると特等席が埋まっちまうぞ!」
たどり着いたのは、観光客がまず足を踏み入れない、マドリードの旧市街・下町にある、天井から無数の豚の塩漬け脚が吊るされた年季の入ったバル(居酒屋)だった。
「おやじ、一番美味いハモン(生ハム)とチュロスを人数分だ! あと、この新入りの神童に、最高に美味いオルチャータ(タイガーナッツの甘い飲み物)を頼む!」
口髭を揺らし、すっかり店に馴染んでいるマリオが、オーバーオールのポケットからクシャクシャのユーロ札を出しながら威勢よく注文する。
「マリオ……お前、18歳なのに、なんでこんな100年続いてそうな店を知ってるんだよ」
チョビが呆れたように店内の丸椅子に腰掛けた。
「ダン、ここはマドリードでも治安は悪くないけど、言葉が通じないと注文すらまともにできないディープな場所だ。ほら、メニューのスペイン語、読めるか?」
チョビは知性を発揮するチャンスとばかりに、ドヤ顔でメニューをダンの前に突きつけた。
「えっと……『Jamon……Iberico……De……Bellota』……? ベリョータって、何?」
ダンが碧い目をパチクリさせながら首をかしげる。
「ふっふん、よくぞ聞いてくれた! ベリョータってのは、ドングリのことさ。最高級のイベリコ豚はドングリを食べて育つんだ。つまりこれは――」
「要するに、一番高くて一番美味い肉ってことだよ。細かい単語より、味を戦術的に理解すればいいんだよ、チョビ」
ングゥワチュチュが、運ばれてきた生ハムの皿から、目敏く一番大きくて脂の乗った1枚をフォークですくい上げ、ダンの口に放り込んだ。
「んんっ……!」
ダンの目が丸くなった。口の中に入れた瞬間、良質な脂がサラリと溶け、濃厚な肉の旨味が広がる。フィンランドの冷たい森で食べていたソーセージとは、全く違う次元の味だ。
「おいングゥワチュチュ、 俺の解説を横取りするな! ダン、今の単語はテストに出るからな、ちゃんとノートに……って、もう2枚目食ってやがる!」
チョビがキーキー騒ぐ横で、ダンはすっかり生ハムの虜になり、無表情のままフォークを高速で動かしていた。そのブレない手の動きは、さながらピッチでのポストプレーのようだった。
「ハハハ! 気に入ると思ったぜアミーゴ!」
マリオが豪快に笑いながら、ダンの肩を組む。
「マドリードはな、サッカーだけじゃねえ。この街の、この泥臭くて美味い匂いをお前の体に染み込ませろ。そうすれば、ピッチの上でもマドリードの風がお前を味方してくれるさ!」
「……うん、マリオ。この街、すごく賑やかで、美味しい」
ダンはホットチョコレートにチュロスを浸しながら、ぽつりと言った。
まだスペイン語は完璧じゃない。文化の違いに戸惑うことも多い。
けれど、こうして無理やり自分を外に連れ出してくれるマリオ、要領よくお肉をくれるングゥワチュチュ、そして文句を言いながらも一番熱心にマドリードの知識を教えようとしてくれる同級生のチョビ。
「……チョビ、この肉の、ドングリのやつ、もう一皿頼んでいい?」
「しかたないな! ほら、『ウナ・マス(もう一皿)』って店のおやじに言ってみろ。発音の指導をしてやる!」
下町の夕暮れ、オレンジ色の光がバルの窓から差し込む中、16歳の休日は、これ以上ない「楽しいサッカー(日常)」のエネルギーで満たされていた。
僕は懐疑的に見ていましたが、以前はレアル・マドリード下部組織は厳しい競争の中で、ライバル心剥き出し、人間関係は無い、と言う構図で語られがちでした。
最近は下部組織出身者が交流する様子がSNS等で漏れ伝わるようになり、その嘘は暴かれたと言って良いでしょう。
この件に限らず、昔は自称海外通がデタラメを流布することが多かったです。
答え合わせが難しかったので、言いたい放題だったんでしょう。
彼らはサッカーが共通言語なので、近いレベル同士で仲良くなり易いと推測されます。
また、トップチームでのスタメン定着は確かに極めて困難ですが、その後ヨーロッパのどこかの他クラブで、プロとして活動する確率はかなり高いです。
従って、潰し合うような理由はありません。
平日スケジュールも、午前中は高校、午後から練習、夜は寮で自習時間と自由時間を過ごす流れになっており、
日本の高校スポーツ科・全寮型にかなり似ています。
もちろん厳密には異なりますが、強豪高校、大学サッカー部のような感覚を持っていると思われます。




