宿題はいつもひとつじゃない
クラブエンブレムが入ったジャージから、地味な紺色のブレザーに着替えても、スペインの強烈な太陽は容赦なく照りつけていた。
カスティージャに所属する18歳以下は、基本的には午前中、クラブの提携校へ通うことになっている。
「いいかダン、この学校で生き残るコツは一つだけだ。『先生の機嫌を戦術的に理解すること』。これに尽きるね」
ングゥワチュチュが、教科書の入ったバッグを片手で器用に回しつつ笑顔で言った。
彼はその高い戦術理解力を、ピッチ上だけでなく、学校での要領良い立ち回り(特にサボり方と点数の稼ぎ方)にも完璧に活かしていた。
1学年上の先輩として、新入りのダンの面倒を見る気満々である。
「でも、スペイン語の文法はフィンランド語より不規則だし、僕、まだ名詞の性別がよく分からなくて……」
「そんなの、雰囲気で『エル(男性名詞)』って言っておけば大体いけるよ。なんなら僕のノートを貸してあげる。先生の癖に合わせて要約してあるから」
「おいおいおい! 留年しかけた奴が、新入りにデカい顔してんじゃねえよ!」
背後から、ブタカバン(教科書満載)を抱えて、息を切らせたチョビが割り込んできた。
U-15で大将だった彼は、ダンと同じ16歳の同級生。実家はマドリード市内のごく平凡な中流家庭。
誤:地域トップ校に行ける→正:自称進学校レベルの学力だが、レアルマドリーの未来を背負うためにあえてこの提携校に来た、
という、妙なプライドの持ち主だった。見た目もそこそこ良く、カットされた髪も決まっている。
「ダン、ングゥワチュチュの言うことなんか真に受けるなよ。この学校のテストは、クラブの戦術と同じで、徹底的な『事前のスカウティング(予習)』がすべてだ。お前、ハーフだからってチヤホヤされると思ったら大間違いだからな。勉強のライバルとしても、俺はお前に負ける気はない!」
チョビは鼻の頭に汗をかきながら、ダンを強烈にライバル視して捲し立てた。
しかし、全部の要素(ルックス、家庭環境に至るまで)において、ダンには少しずつ劣っているのが、チョビの悲しい現実だった。
「……あ、チョビ。おはよう。じゃあ、今日の古典の予習、教えてくれる?」
ダンが碧い目をまっすぐに向けて小首をかしげると、チョビは一瞬言葉に詰まり、顔を真っ赤にした。根が良い奴なので、ストレートに頼られると断れない。
「ふ、ふん! しかたないな、カスティージャの仲間だし、今回だけ特別に俺の特クラ(特進)仕込みのノートを見せてやらないこともない……」
「あ、チョビ。ついでに僕の分の宿題の範囲も教えてよ」
「ングゥワチュチュ、お前は自分でやれ!」
三人が校門をくぐろうとしたその時、ガガガガッと激しい音が響き、校門の前に一台のボロいマウンテンバイクが急ブレーキで止まった。
「グラシアス! 間に合ったぜ、アミーゴたち!」
口髭を生やし、なぜか制服のズボンの上に私服のオーバーオールを重ね着した18歳、アルゼンチン系のマリオだった。
2学年上の彼は、その圧倒的なスプリント力とジャンプ力を、遅刻寸前の通学路で遺憾なく発揮していた。
「おいマリオ、またその格好かよ! 先生に怒られるぞ!」
チョビが慌てて突っ込む。
「気にするなチョビ、アルゼンチンじゃ最新トレンドだ! それよりダン、マドリードで一番美味いハモン・セラーノ(生ハム)の店を見つけたんだ。みんなで行こうぜ!」
マリオの底抜けた好奇心と巻き込み力に、ダンの表情も思わず緩んだ。
言語の壁、文化の違い。フィンランドの静かな森とは何もかもが違うマドリードの狂騒。しかし、この小生意気な同級生や、要領の良い先輩、そして突拍子もないトラブルメーカーに囲まれた学園生活(楽)は、トップチームの厚い壁(苦)にぶつかる前の、ダンにとって最も愛おしい、16歳の青春の1ページになろうとしていた。




