氷壁
「……何も、させてもらえなかった」
18歳になったダンと、19歳のングゥワチュチュにとって初めてのアウェー戦となった、アスレチック・ビルバオ戦。
キャリアの停滞を余儀なくされる痛恨の一戦となった。
< 理不尽なアウェーゲーム、異次元の速い寄せ>
後半25分、0-1の劣勢。パスを受けたダンに背後から忍び寄るセンターバック。
気配を感じ取ったダンが動いてキープするも、そうしている内にもう一人寄って来て、数的不利となる。
焦ったダンがパスを出そうとしたところ、3人目がパスカット。さっきまではパスコース付近にいないように思われたが。
「ダン! 切り替えろ!」
後ろから、ボランチのングゥワチュチュの悲痛な声が響く。しかし、その彼もボールを得た途端に、パスコースを早々に限定され、効果的な攻撃に移れない。
一方で元気なのが、既にアウェーゲームも経験していた左SBのマリオ。
爆発的スピードで左サイドを駆け上がる。しかし中央、右ともに凹んでおり、クロスを上げる先が無かった。
コーナー付近で粘り、味方の上がりを待つも、耐え切れずボールロスト。悔しさに表情が歪む。
試合はそのまま0-1で敗戦。
翌朝のマドリードのスポーツ紙(マルカ、ASなど)の1面には、数日前までダンを「碧き瞳の新星」と持ち上げていたペンで、冷酷な見出しが躍っていた。
『過大評価の神童:ダン・ホルトーリ、トップチームの器にあらず』
もっと深刻なのは、表面的理解しかできないメディアではなく、フロント、首脳陣の敷いたコースから逸れてしまった事だった。
求められていたのはアウェーゲーム、特にレアル・マドリードへの対抗心が強いクラブが全力でぶつかって来ても耐えうる、いなせる能力であった。
これまでに経験した、楽な相手とのホームゲームや、昨シーズンから出ていた国王杯とはわけが違った。
そしてベンチを温める日々が続く。
出られる試合で多少好調でも評価は上がらず、重要な試合では出れても短時間で、成果は上げようが無かった。
<ある夜、バルデベバスの薄暗いロッカールームにて>
トップチームの厚い壁、そして一つのミスで手のひらを返すクラブ周辺とメディアの冷酷さの前に、ダンとングゥワチュチュは静かにベンチに座り込んでいた。
16歳の頃、下町のバルで生ハムを食べて笑い合っていたあの「楽」の日々は、世界のトップが持つ本物の「苦(重圧)」の前に、遠い過去のもののように感じられた。
「……ダン。僕たちの戦術理解も、君の『懸河』も、トップの怪物たちを追い越し、敵の組織力を破壊できるほどじゃなかった。この白い巨人の真ん中には立てないんだね」ングゥワチュチュが明るさを消し、悔しそうに拳を握りしめた。
ダンは自身の右足を見つめながら、碧い瞳を静かに揺らした。
「……うん。僕のキックは、まだ組織を破壊する究極の武器になっていない」
その時、ロッカー室のドアが静かに開いた。
入ってきたのは、インサイドハーフへの転向を決め、カスティージャで泥臭く生き残るための戦いを続けていた同級生のチョビだった。
「ふ、ふん! 何凹んでるんだよダン! ングゥワチュチュ!お前らがトップのディフェンダーに予習不足で負けたのが、俺は一番気に入らないんだよ!」
チョビは真っ赤なツンデレ顔のまま、しかしその目は親友の危機に誰よりも熱く燃えていた。
「お前たちのポテンシャルはこんなもんじゃないだろ! だったら、もっとフットボールのすべてを学べる場所へ行って、一皮剥いてくればいいじゃないか。俺のインテリジェンスに追いつく為にもな」
チョビの不器用で、しかし最高に温かいツンデレなゲキ。
世界最強の壁にぶつかり、自分の現在地を知ったダン。しかし、この挫折こそが、次なる進化への道の始まりでもあった。
ビルバオは地方クラブで、首都マドリードかつ上流、中産階級層が支持するレアル・マドリードを目の敵にしています。
加えて今時珍しい純血主義(地元出身か自己の下部組織出身しか取らない)の閉鎖性がそうさせていると思われます。
十代の若者にはアウェーゲームでは厳しい相手ですが、こういったゲームを乗り切れないとターンオーバー(CLとリーグ並行期間)でも、
スタメン定着はできません。
躓きの要因は相手の強度だけでなく、カスティージャ時代のプレーに因る劣化もあるのですが、詳しくは後の話で。




