第9話 飲みに行こう
なんと一番小さなキノコが、銀貨一枚に化けた。
『ならダッシュボアに食われた大きいのや、スライムアタックで砕けた中ぐらいのはお幾ら万円だったんだよ!』
と僕の清んだ瞳から勝手に悲しいお汁が滲み出そうになる。
『そんな高級キノコなら!』
と、ダメ元で冒険者ギルドの買い取りカウンターにて、
「この砕けた奴は買い取りが無理でも食べられますかね?」
と鞄の中の無惨なキノコを見せると、鑑定スキル持ちの職員さんが、
「これと、これなら、たぶんしっかり洗えば食べる分には大丈夫そうですが、あとのは下痢や嘔吐を引き起こす満月マッシュルームもどきが粉々に粉砕されて他の欠片と混ざっているので取り除くのは一苦労ですよ? まぁ、毒ですが味は良いからと下痢を覚悟で食べる人も希に居ますがオススメはしませんね」
と教えてくれたのだった。
『帰り道で魔物を避けながらたまたま見つけた丸っこくて可愛らしいキノコがまさか毒だったとは…』
と悔やんでも悔やみきれない己の行動にもう悲しいお汁が垂れはじめてしまう。
しかし、高いのも混じっているとはいえ、この砕けたキノコカスが食べられないなら捨てるだけだけど、毒素材なんなてそこら辺にポイっと捨てる訳にもいかず、
「この砕けた奴はどこに捨てたら良いですか…グッスン…ズルッ」
と悲しい汁に止まらず、鼻水まで軽く垂らした僕が聞くと、僕の泣き顔に少し引いている職員さんがあまりの僕の不憫さに優しく教えてくれたギルドの解体所横の劇物用のゴミ捨て場に、
「ご丁寧にありがとうございました…」
と頭を下げてから向かうのだった。
鞄の中に転がる食べられる判定の裂けきって砕けている本来は高値のキノコの大ぶりな部品を除き、高いキノコと毒キノコのミックスされたカスを鞄の隅まで丁寧に摘まんで取り出していると、今日の解体の仕事を終えたギルドの解体場の職員さんが、
「どうした坊主、腹ペコでもそっちのゴミ箱は止めとけ! ほら、向こうのゴミ箱ならまだ骨近くに肉の残った所もあるし、なんならオジちゃんが削いで集めてやろうか?」
と、僕を心配して声をかけてくれた。
しかし、僕がちゃんとした装備をつけているのを見た職員さんは、
「あっ、冒険者の子か!? 悪いな、オイラてっきりスラムの子かと…」
と言ったかと思うと、彼は数秒僕を見つめ、そして何かを思い出した様に、
「おっ、お前さんはデセオっていうボンボン達をギャフンと言わせた…たしか…そう、アルマだな! アディンの奴から聞いてるぜ」
と言い出す。
どうやらこの職員のオジちゃんは、門兵のアディンさんの知り合いらしく、あの時の冒険者ギルド内で行われた事情聴取などのバタバタの際に僕をチラリと見かけていたそうだ。
僕は名前を言い当てられて少々ビックリはしたが、なんだが僕が一方的に何かをやった様な言われ方に、
「デセオって、四男坊の事ですよね? いやいや、それなら僕がギャフンと言わせたんじゃなくて、ダッシュボアを擦り付けられて僕がギャフンと言った方ですよ」
と真実を伝えると、その職員さんは、
「ガハハ」
と豪快に笑い、
「ちげぇねぇ、上手い事言ったな」
と言ったかと思うと、急に彼は何かを思い出したらしく、
「ダハッ!」
と爆発したような声を出したのち、
「イヒヒィ、ププッ」
と勝手に暫く笑い続け、
『なんだ!? 持病かなにかの発作か!』
と僕が不思議そうに見つめているのに気がついた彼は、ようやく、
「スマン、スマン」
と謝り、
「でも、お前さん倒したダッシュボアの生皮をフンドシにして大陸の南の密林の奥にいるっていう獣人族の戦士みたいな勇ましい姿で町に帰ってきたんだろ?」
と笑ってしまった理由を僕に教えてくれた後に、再び笑い始めてしまった。
『へぇ、たまに獣人っぽい冒険者さんは居るけど大陸の南の生粋の獣人族の戦士はフンドシスタイルなんだ』
と、不要なこの世界の豆知識よりも、
『アディンさん…僕の事を友達に面白おかしく語りやがって、許さん!』
と、今度門の所で顔を見かけたらチクリと抗議してやる事が決定したのだが、絶賛爆笑中の職員さんが、笑いを堪えながら、
「で、アルマはゴミ箱の前で何をしてたんだ?」
と聞くので、僕が今日の出来事を丁寧に説明すると、彼は再び大爆笑で、
「ヒヒッ、今度はスライムに喧嘩を売って王様キノコをパァにしたのか!? ぷぷっ、アルマは面白いな、オイラ腹が痛いぞ」
と、何度かの笑いの波を勝手に繰り返し、普通に話せるまで爆笑しているオジちゃんを眺めるというかなり無駄な時間を過ごす羽目になった。
そして、やっと笑いのツボから脱出したオジちゃんは、
「オイラはカサドルだ、アディンとはちょっとした昔馴染みで今は飲み仲間の解体職員だ」
と握手を求めてきたので、僕は、
「どうも、ネッチョリ生皮フンドシでお馴染みのアルマです」
と握手を返しながらヤケクソで一発ブチ込んでやると、カサドルさんは、
「ブッハッ!」
と僕の顔に唾を飛ばしながら、
「アルマは面白いな、よしオイラが奢るから飲みに行くぞ!」
などと、楽しげである。
「いやいや、飲みに行くって、僕ってまだ子供ですよ?」
と伝える僕にカサドルさんは、
「なんだアルマは飲まないのか?! オイラがアルマぐらいの年にはもう飲んでた気がするが…まぁ、飲めなくても馴染みの親父の店は食い物も旨いから大丈夫だ」
と、飲酒年齢についてかなり怪しいフレーズが聞こえたが、
『うん、異世界だもんね…』
という理由から聞き流すことにして、カサドルさんの行きつけのお店とやらに、
『奢りなら一食分浮くからラッキー!』
と、装備を買った事により中身が寂しくなったお財布の為に、出会ったばかりのオジちゃんにホイホイとついて行く事にしたのだった。
『ホイホイついて行って、最悪【やらないか】な展開になっても今の僕には聖剣・正雄があるから大丈夫…だよね…たぶん』
と少しの不安が無かった訳ではないが、今のところそんな雰囲気もなく、仕事終わりのカサドルさんに連れられて、何ヵ月も暮らしていたファベルの町であるが、初めて飲み屋が並ぶ少し大人なエリアに足を踏み入れる。
並ぶ飲み屋の角で千鳥足の男性が、
「よう、カサドルじゃねぇか! なんでい、お前さん子持ちだったのか!?」
と、既に出来上がってご機嫌なご様子で僕を連れたカサドルさんに声をかけると、カサドルさんは、
「うるせぇ、カスール! お前と違って嫁さんが居ないのに子持ちになれるか!」
と、軽くあしらい歩いていく、
『へぇ~、カサドルさんに奥さんは居ないんだ…えっそれって男がスキって事では?』
と一瞬不安が大きくなったが、それよりも僕たちに声をかけてきた酔って転んだりしているのか前歯が壊滅的な男性を見て、
『あの感じで奥さん居るんだ…』
と失礼な事を思ってしまう。
そんな僕は、千鳥足で僕たちを見送るカスールさんとやらが飲み過ぎでこの後奥さんに叱られない事を祈りつつ到着したのは小さなカウンターのみの店だった。
『集落には食堂もなかったし、冒険者ギルドの宿の一階にある酒場もご飯メニューが有るらしいが酔っぱらいばかりで怖くて行けなかったし、ここに来てからずっと屋台生活だったから何か緊張するな…』
と店の入り口で少し立ち止まり、
『飲み屋か…前世ぶりかも』
との感想に、前の人生では絶対に出て来なかったワードに自分で、
『前世ぶりってなんだよ』
などと軽い突っ込みを入れている僕に、
「おう坊主、入り口で突っ立ってないで座れ」
と声をかけてくれた店の親父さんに対して、
「お邪魔します」
と声をかけてから座ると、親父さんは
「なんて礼儀正しい坊主だ…おいカサドル、どこの貴族のお坊っちゃまを拐ってきたんだ?」
と驚き、奥に座っている常連さんまで、
「カサドルの旦那が貴族の娘さんに生ませた息子…なんて訳は無いかぁ!」
などと笑っている。
そんな感じで茶化している常連さん達にカサドルさんは少しイラっとしたらしく、
「えぇい、うるせぇぞ!」
と声を上げると、次はトーンを落として怖い話でもする様に、
「いいか良く聞け、こちらにおわすお方こそ一騎討ちでダッシュボアを打ち負かし、戦利品としてその生皮剥いでフンドシとして町まで帰って来たというフンドシ戦士アルマその人だぁ!」
と発表すると小さな店の中は「ドッ」と盛り上がり、
「おぉ、お前さんが《《アノ》》」
とか、
「兄さんがダッシュボア殺しのアルマか!?」
などと、どうやら僕は自分の知らない界隈で有名になっていたらしい。
しかし、生皮フンドシの話は有名になってはいけない内緒の一件の話の一部である為に僕はカサドルさんに、
「ねぇカサドルさん、一応《《あの一件》》は内緒って事に…」
と注意をするとカサドルさんは、
「あぁ大丈夫だアルマ、ここの全員はデセオってボンボン達の一件は全く知らずに、アディンからダッシュボアと崖っぷちで一騎討ちをして傷だらけの体だが勇ましく倒したボアをフンドシにして帰ってきた戦士としかアルマを認識していない」
と言われ思わず僕は、
「大丈夫な要素が無いじゃないですか!?」
と、勝手に戦闘民族みたいなキャラづけをされ、酒場の面白話のネタにされていた事に僕が怒っていると、店の親父さんが、
「どうした腹でも減ってイライラしてるのか? 煮込みでも食いな」
と言い出し、僕が、
「お腹も減ってますが、純粋にアディンさんに酒場の話のネタにされた事に腹が立って怒ってるんです!」
とプリプリしていると、カサドルさんや常連さんは僕の反応を面白がるように、
「そうだアディンの野郎が悪いに決まってるぞぉ~」
とアディンさんが居ないのを良いことに欠席裁判が始まり、
「次はアディンをフンドシにするのか? ダッシュボア殺しの兄さん」
などと物騒な質問が飛び出し、最後には、
「いやいや、アディンの皮をフンドシにするより、アディンをひん剥いて兄さんお得意のダッシュボアのフンドシ姿にして門兵として1日外に立たせてやりましょう!」
という案まで出ると、
「そうだ」
「そうだ」
「カンパーイ」
と、常連達はそれぞれにエールやワインをグビグビと飲みだしたのだった。




