第10話 勉強の意味
結局昨夜はカサドルの行きつけのお店にて、
【王様キノコをスライムと殺り合ってパァにした】
という新たなフンドシ戦士のお話を提供した僕は、そのダメにした王様キノコのギリギリ食べられる欠片を飲み屋で披露し、
「親父さん、これを料理して皆で食べましょう」
と提案したのだった。
まぁ、僕としては、
『もしも満月マッシュルームもどきの毒の汁かなんかが付着していてお腹を壊すなら道連れだ!』
という狙いだったのだが、現場では、
「えっ、良いんですか?」
とか、
「言ってた王様キノコですよね!」
などと、まるでモノマネ番組でのご本人登場の様に盛り上がる結果となった。
後で店の親父さんや常連さんに聞いた話では、盛り上がるのも仕方ない事で、僕が買い取って貰えたあの小さい王様キノコですら銀貨一枚というのが料理屋がお客に出す場合の仕入れ値となり、そこから利益分の価格がプラスされて提供となる。
なので、大きい程に味と香りが跳ね上がる王様キノコは欠片とはいえ中型サイズなど庶民が口にするチャンスは殆んどなく、大物は貴族が大金を叩いて競り落とすオークション用の品物なのだそうだ。
なので王様キノコの価値を知る皆さんの話から僕は、
『あっ、午前中に一瞬だけその大金に化ける大物のキノコ握ってたんだ』
という真実を理解して、再び両目から悲しいお汁がほとばしりそうになる。
僕にしては珍しくラッキーな事にサクッと見つける事が出来ただけで、あの王様キノコ自体があまり見つからないレアキノコである上に、香りが強くボアなどの魔物の好物という事で、
【見つからない、すぐ食われる、取りに行くと魔物に囲まれる】
という三重苦を乗り越えた末に持ち帰れるレアアイテムを鞄に入れたまま呑気にスライムとシバき合ってパァにするなんて馬鹿がする事らしい、
『もう、笑うなら笑ってくれ』
と諦めた僕は、ヤケクソ気味に気前良く無料で王様キノコの欠片を皆で分け合った為に、昨夜はあの飲み屋にて【英雄】のように崇められたのであった。
しかし、皆と王様キノコを笑顔で味見していた僕は、心の中では、
『そうだ、常連の皆…このムダに旨いキノコの味をしっかり味わい、この場に居ない大罪人であるアディンさんに、如何に旨かったかを伝えて自慢してやるのだ!』
などと小さな仕返しを試みたのであるが、翌朝になり僕は宿屋のベッドの中でしっかり考えてみると、
『自分の恥を不動のものにするデモンストレーションになっただけじゃないか?』
という事に気がつき、
『スライムと喧嘩して王様キノコをパァにしたダッシュボア殺しのアルマによる砕けた王様キノコの振る舞いパーティー』
というタイトルが頭を過った僕は、
「今日はお布団から出ない!」
と拗ねてふて寝を決め込む事にしたのだった。
まぁ、近々里帰りクエストがあるのに下手に稼ぎに出ていると、昨日みたいに危ない橋を渡る事になってケガをする訳には行かないのと、門の所でアディンさんの顔を見たら聖剣・正雄を抜かない自信が無いという理由から、
「ゆっくりして、起きたら見習い錬金術師の試験勉強だな…うん、そうしよう」
と現実から一旦、全力で目を背けて嫌な記憶をやり過ごす事に今日という日を有意義に使うだけである。
そして僕はお昼前までゴロゴロと二度寝を楽しみ、昼からは錬金ギルドで購入した見習い錬金術師の過去問や参考書を引っ張り出すと、ギルド宿のベッドサイドにある小さいテーブルにて、
「書いてある内容は別に難しく無いんだけど、専門用語や素材や鉱物の正式名称がねぇ…」
と、ブツブツ文句を呟きながら勉強を開始する。
簡単に錬金術師と言っているが、ポーションを作る【薬師系】や、魔術をベースに便利アイテムを作る【魔技師系】など専門分野が別れており、見習い錬金術師はそのどの路線にも進める為の基本知識が有るかをみる試験なのである。
だから薬草の正式名称や効能とか、昔の高名な錬金術師など、レベルとしては丸暗記でも行けそうなのだが、それを丸暗記するには、
『誰が決めたんだよ! こんなややこしくて長い薬草の正式名称を』
とか、
『誰だよ、エドマルド式とかエドワルディオ式とか、似た名前の高名な錬金術師は後続の為にどっちかが改名してくれよ!』
などと、そんなに勉強が得意でなかった前世の自分の常識が手助けどころか邪魔をして、全ての文章が片仮名表記で書いてあるようなこちらの世界の文章の為に一字ずつ目で追う事になり、斜め読み等も出来ずで、要らぬ所で勉強に躓いてなかなか進まない。
『なんでこんな面倒な事をしてるんだろう?』
などと、やがて僕の思考はそんな『そもそも論』に至るのだが、その度に、
「錬金素材なんていう面白商品を買って使ってみたいよね…やっぱり」
と、折角ファンタジーな世界にいるのに魔法も放てなくて、便利なスキルもないとなると、錬金術なるワクワクな技術ぐらい近くで感じたいというのが男心である。
どれだけの勉強をしなければならないのかはまだ分からないが、勢い余って正式な錬金術師になる為の試験もパス出来れば魔法も放てる魔道具の杖が材料費のみで作れるとなれば勉強にも身が入るというものだ。
「ヨシ」
と小さく気合いを入れては僕は再び勉強に戻る。
見習い商人は師匠となる商人からの推薦状や商店の跡継ぎなどの条件とお金が必要で、見習い木工職人も似たような条件が必要だ。
しかし、見習い錬金術師だけは弟子として師匠につくタイプと、学校を出て資格試験を受けるタイプに別れる為に、完全に実力の世界であり、錬金ギルドで行う試験にさえ合格すれば何時でも誰でも見習い錬金術師になれる。
でも、それが反ってこの試験を面倒な事にしているのも確かで、この見習い錬金術師の試験は、
【読み書きがしっかりできますか?】
などという基本中の基本も審査するために、完全な筆記問題のみで構成されているのだ。
つまりマークシートの番号で勘を働かせてラッキー正解を狙うとか、並ぶ文章の中から正解を導き出すというヒント満載の問題は出てこないのである。
となると、いくら過去の有名な錬金術師様なのかは知らないが、顔も知らない異世界のオッサンやオバチャンのフルネームなんて覚え方が分からない。
『今思うと似顔絵とか有った前世の教科書の何と覚えやすいことか…』
などと異世界に来て初めて前世の教科書のクオリティーを知らされて、
『今さらだが、なんであんなに分かりやすい教科書で成績があんな感じだったんだ?』
と頑張りが足りなかったかも知れない過去の自分が情けなくなる。
まぁ、見習い錬金術師試験への不満ばかり並べていたが、この試験には有難い点もある。
銅貨五枚という少々痛い受験料は必要になるが、何時でもチャレンジ出来る試験の為に、
『今年はAからCの3パターンの試験用紙で資格審査を行います』
という感じであり、一回目に不合格でも運が良ければ二回目も同じ問題にチャレンジ出来て合格の可能性が上る。
まぁ、前回の記憶が薄れる事を狙い、不合格者は半月間のインターバルを必要とするが、僕の様に運がない者でも受験料だけ覚悟をすれば2ヵ月程で全てのパターンの問題を知ることも可能である。
しかし、宿屋の天井を眺めながら見習い錬金術師の合格までの概算をしている僕は、
『3パターンと合格する為の一回で合計4回と、合格したら銀貨3枚の登録料だったか…って、見習い木工職人なんて無料で見習い商人でも銅貨3枚だったぞ! 見習い錬金術師はフルコースなら銀貨5枚で、だいたい5万円!?』
という金銭面でのハードルにも気がついてしまい、
『王様キノコが無事に納品出来ていればなぁ』
と、そっとベルトについているウエストポーチからお財布に使っている革製の硬貨袋を取り出して、自分の寂しいお財布の中身を確かめながら、
「これは試験どころじゃないな…里帰りクエストが終わって、この町に帰って来てから本腰を入れるか!」
と呟いた僕は教科書をソッと閉じて、
『2個で鉄貨一枚のスライムの粒魔石で稼いだ銅貨1枚ちょっとも有るから屋台でご飯を食べに行こう!』
と、もう試験勉強からも目を背ける事にして夕暮れの町に出かけたのであった。
『あっ、たぶん前世でもこの感じで落ちこぼれて行ったのかも…』




