第7話 さよならは突然に
さて、ファベルの町のお代官様である準男爵様のお屋敷にてこの世界の知識を得るために僕は連日図書室通いを続けている。
前世でいうところの市役所的なこのお屋敷の図書室にはかなりの本があり、宗教系や母から聞いた昔話のような民話を集めた本に、領都にあるという学校で使う教科書や動植物の資料集など様々な本が並んでいる。
だけど困った事に学問として確立している魔術や錬金術などの基本的な資料は見つかったが、父の工房を引き継ぐ為の木工技術については、
『どうやら職人系の技術は師匠について習うしかないのかな?』
という答えにたどり着いただけだった。
前世ではそれなりに手先は器用でホームセンターで木材を買ってDIYを楽しんだタイプのオッサンだったから木工の知識が全く無い訳では無い。
しかし、それは数々の電動工具が使いたいからやっていた道楽程度の物で、父の持っていた本格的な職人仕様の木工道具を扱って何か作れる気はしない。
『電動工具が有ればなぁ~』
と無い物ねだりをしてみるが、この世界ではそもそも科学より魔術や錬金術がメインで、電力ではなく魔力というファンタジーな世界である。
この本によれば魔力の量には個人差があるが、魔法スキルさえあればそのスキルに応じた魔法が放てるというのがこの世界でいう一般的な【魔法】である。
では魔法スキルが無い人が魔法を使えないかというとそうでも無い。
スキルが無い為に体内の魔力を扱うのにかなりの練習と、一回一回の使用にも結構な集中力を必要とするが、正しい魔法陣を書いてその図形に魔力を流せばスキルで放つ魔法より威力はかなり劣るけど魔法は発動するそうで、これは【魔術】というカテゴリーの技術らしい。
僕も水生成魔法の魔方陣を資料を見て書き写して、寝泊まりしている冒険者宿の部屋にて魔力を使う練習をしているのだが、
『あっ、何か今ちょっぴり体の中に魔力を感じた気がするかも!?』
というレベルで未だ一滴の水すら出せておらず、
『これでスキルだけでなくて魔力も無かったらどうしよう?』
と不安になる僕ではあるが、そんな不安はこの世界の先人たちも感じていたらしく、魔物から手に入る魔石から魔力を取り出して魔方陣へと魔力を供給して発動させる魔術道具が現在は日常的に使われている。
これらは【魔道具】と呼ばれる物で、光の魔方陣を使った魔石式ランプや、火の魔方陣を使った魔石式着火棒など、擦り付け事件の表向きの少額な迷惑料やダッシュボアの討伐報酬もある今なら1個ぐらいなら魔道具を無理すれば買えるが、今の僕の金銭感覚からはまだまだ目ん玉が飛び出る程に高価な便利グッズがずらりと錬金ギルドにて販売していた。
『自分でも作れないかな?』
と、あまりの値段から自作を考えたが、魔道具サイズに魔方陣をコンパクトにする為に様々な技術や知識が必要らしく、錬金術ギルドで行う試験にパスすれば見習い錬金術師にはなれるが、魔道具を自作するまでにはまだまだ長い勉強の日々という道のりになりそうなので、
『もうちょっとお金が貯まったら買おうかな…』
と、今までになくお財布がホクホクな事もあり、錬金術師しとしての道は諦めようと諦めかけた。
しかし、生まれた集落に錬金ギルドはなく、この町に来てからもそんなお金が無い為に足が向かなかった錬金ギルドで、
『家に二つあった魔石ランプって、もう焼けて壊れているだろうな…1個は無いと不便かも』
などと魔道具の種類や値段をチェックし、
『ひぃ!魔石ランプが金貨一枚…10万円って家電量販店なら一人暮らし家電が一式買えるぞ!』
と、心の中だけで文句を言いつつ棚を見ていると、錬金ギルドには魔道具だけではなく錬金素材と呼ばれる便利な物が沢山あったのだ。
例えば魔道具作りに必要だという魔力を流せば固まるという金属の粘土や、水を混ぜるだけで粘土状になり乾けば石のようにカチカチに硬化する素材が並び、
『異世界版の銀粘土か!?』
とか、
『異世界版のインスタントセメントだ!』
と、ホームセンター好きの前世の血が騒ぐ品を見て、
「これ、少し下さい!」
と、擦り付け事件の迷惑料として表だって支払われた銀貨数枚握りしめて叫んだのだが、錬金ギルドのショップ店員さんから帰って来た言葉は、
「申し訳ございません。 こちらは錬金術師の方専用コーナーでして」
という物で、
『なんでだよ! 集落に帰ってから日曜大工で木工の腕を磨くのに、こっちのインスタントセメントもどきぐらい売ってくれよ』
とは思うが、こちらの世界のルールに逆らう訳にはいかないので、
「見習い錬金術師になれば売ってくれますか?」
と聞けば、店員さんからは、
「はい、勿論」
という返事が帰って来た為に、見習い錬金術師になる為の試験に向けての勉強を開始する事がこの瞬間に決定したのである。
試験勉強など何時ぶりか分からないが、前世でそれなりに、高校受験や、そろばんの昇級試験に、普通免許試験など試験はそれなりに乗り越えて来た経験があり、試験勉強の日々には馴れているつもりなので、
『やってやるぞ!』
とヤル気に満ちている僕であるが、その前に大事なイベントが待っているのだ。
それは、ついに一週間後にウチの集落に向けて騎士団御一行の出発が決定したという事である。
実はその御一行に僕も冒険者ギルドからのお手伝い冒険者としてついて行く事になっているので、見習い錬金術師としての試験勉強もだが冒険者としての準備も同時に行わなければならない。
騎士団長さんは、10歳にも満たない僕に両親の遺体を見せたくない為に、
「ご両親の弔いは任せてくれ」
と言ってくれたが、僕としてはご近所さんもしっかり弔いたいし、何より命がけで僕を逃がしてくれた両親は僕の手で弔いたい。
あの襲撃で集落から逃げ出したのが春の終わり頃で、今の季節は秋になってしまっている。
たぶん火を放たれた集落で皆の遺体は焼けたり、集落に侵入した小型魔物に荒らされて無惨な事になっているだろうから子供に見せたくない気持ちも分かるのだが、僕に前世の記憶が生えたのには、
『しっかり皆を弔うためにオッサンの人生経験分の胆力を神様がくれたんだ』
と感じている為に、
「僕も行かせて下さい、僕ならば集落の皆を見分けられるはずですから!」
とお願いしたのである。
すると、冒険者ギルドマスターの計らいで、Dランク以上の冒険者へのお手伝いクエストとして僕は報酬と冒険者ギルドポイントが入る仕事として里帰りが出来る事になった。
しかし、それには成り立てのDランク冒険者としての最低限の装備を整える事が条件であり、今の普通の服に使い込まれた鞄に拾った刃こぼれナイフという装備では騎士団のお手伝い冒険者としての体が保てないのである。
ギルドマスターは、
「今後の冒険者活動で役立つから少々金は掛かるが今なら多少は余裕があるんだろ?」
と最近僕が手にした迷惑料の額も知っているので、僕に装備を整えるように促し、
「この地図の場所に行けば安くで一式揃うだろう」
と一枚のメモを渡してくれたのだった。
地図の場所は僕が寝床にしていたスラム地区からも近い職人街の裏の裏的な場所で、
『ガンガンと音は聞こえていたから鍛冶屋とかが有るのは知ってたけど、初めて来てみたけど、スラム地区より何か雰囲気が怖いな…』
と、ちゃんとした建物は無いが人がワイワイと生活しているスラム地区よりも、人が作業している気配や音がするが路地に人影が全く無い風景に、僕は何とも言えない違和感を感じてしまう。
だが、そこから先へと地図の示す方へ進むと、そこには、
『あれっ、スラム横のゴミ置場に出たのかな?』
と思える程に小汚ない鉄屑などが積まれた山に同化する…というか瓦礫の中に無理やり住んでいるかのような建物に辿り着いたのだった。
『ゴミ屋敷』
という単語が頭を過り、もう一度、手元にある地図を確かめたがここで間違えは無いらしい、
「店って?」
と、呟きキョロキョロしている僕にゴミ屋敷の中から、
「おっ、坊主。 買い取りか? それとも購入か?」
という声がしたかと思うとスキンヘッドなのに髭もじゃという逆さにしても人の顔に見える騙し絵みたいなオッサンが、ヌンと登場したのだった。
オッサンは、
「見ない顔だがスラムの子か? 何を拾ってきた」
などと言いながら足で近くのガラクタをかるく押し退けながらスペースをつくると、
「ここの場所はイースの小僧にでも教えてもらったか? あいつは悪そうな顔してるが面倒見がいいからな」
と、独り言のようにブツブツ言いながら、
「よっこらせ」
と、ガラクタを避けたスペースに近くの木箱を置いてそこに腰掛け、僕に向かって、
「冬場以外に屑鉄を持ち込むなんて、スラムに流れ着いてすぐの飯もろくに食えない子供だろうから少し色をつけてやるからここに出しな」
と、「ニコッ!」と音が聞こえてきそうなスマイルを向けてくる。
あまりの事に僕はポカンとその様を見ていたが、ようやく、
『あぁ、鉄屑とかをゴミ置場から拾ってくればご飯代としてお金をくれるのか』
と気がつき、
『こんな裏路地の奥で、不要なガラクタを山のように抱えながら、まだスラムの子供達のご飯代の為にガラクタを買い取るなんてビジネスとしてやって行けるのか?』
などと心配になりながらも、
「いえ、冒険者ギルドのマスターからこちらで装備を一式揃えるように言われて…」
と、僕はここに来た目的を伝えると、オッサンは、
「なに、ハーリスの紹介だと! それなら早く言わないか」
と言うが早いか、「シュパッ!」という効果音が聞こえてきそうな身軽な動きで木箱から立ち上がり、身につけている革製のエプロンから紐を取り出して、僕の体のサイズを計りはじめる。
そして一通り寸法を計り終えるとオジサンは「ニチャ~」っという粘っこい笑顔で、
「で、お客さん。 ご予算は…財布の中身はいくら持ってるんだい?」
と、目一杯までむしり取る気満々で耳元で囁くのであった。
『あっ、ビジネスとしてやっていく為にイケる時にイクタイプのお店だ…』
と心底理解した僕であったが、里帰りの為に装備を一式揃えないと駄目なので、ここは涙を堪えながら、
「お財布には銀貨8枚程ありますが、食費なんかも必要でして…」
と、銀貨5枚か6枚程度でお願いしようとすると、
「銀貨8枚だな、こりゃあ久し振りに腕が鳴るわい!」
と、人の話も最後まで聞かずに、
「ガッハッハ、3日ほどしたらまた来てくれ、鎧の微調整とかあるからな。 武器は…その時に決めるとするか!」
と、彼はまたゴミ屋敷に潜って行ったのであった。
『あっ、8枚全部イクつもりだ…バイバイ…僕の全財産』
とゴミの山の前に取り残された僕は、全てを察して財布の中身に別れの言葉を告げたのだった。




