第5話 冒険者ギルドの一室にて
昨夜は兵士詰所の医務室にて久しぶりのベッドで爆睡させてもらった僕は、今日は午前中から冒険者ギルドの奥の応接室のような所で素朴な焼き菓子とハチミツ入りのほんのり甘いホットミルクというおもてなしセットを出されている。
まぁ、前世の記憶が生えたせいで【素朴な焼き菓子】と言ってはいるが、生粋の異世界っ子のアルマ君としては、両親と住んでいた時ですら口にした事がない都会のお洒落な商品であり、スラム地区で野宿中の今に至っては店の前に漂う香りのみで満足するしかない憧れの品でもある為に、
『うめぇ~、クソうめぇ~!』
というのが正直な感想である。
そして現在この部屋には、僕の保護者ポジションとしてついてきてくれた兵士長さんと、冒険者ギルド職員のお兄さんの三人だけであり、別室では例の四男坊率いる冒険者チームが激おこのギルドマスターから今回の件を詰められているらしい。
前回の擦り付け事件が有耶無耶のまま逃げ切れた為に今回もしらばっくれる予定だった四男坊達は、適当な嘘を並べれば今回も上手く行くと考えていたみたいで、調子よく弁明していたのが裏目に出たらしく、証拠の矢じりとダッシュボアの魔石を見せると嘘を見抜くスキルを持つ審問官を呼ぶまでもなく仲間内で責任の擦り付け合いという自供を開始したのだそうだ。
『魔物だけじゃなくて責任までも擦り付け合いって…最初から罪を認めていたらギルマスからのお小言が少なくて済んだかも知れないのに、本当にバカだねぇ』
と、微かに遠くの部屋から聞こえてくるギルマス達の怒声を聴きながら、僕は焼き菓子をサクサクと頬張り、そして良い具合に飲み頃の温度まで冷めたホットミルクを啜って和んでいる。
そして、僕たちに別室で行われていた事情聴取の経過報告の為にこの部屋を訪れたギルド職員のお兄さんは、ついでとばかりに、
「さて、アルマ君から提出してもらっていたダッシュボアの魔石だけど、もう証拠品としての役目は終わったからどうします? 買い取りに出すならついでにダッシュボアの駆除依頼も達成にしますよ」
と言ってくれたのだった。
その提案を聞いた僕は、
「良いんですか! 僕はまだEランクだから討伐依頼なんて受けられないんじゃ? それに崖下に落として倒したあのイノシシ魔物って僕一人では重くて運搬は無理だし、それにかなり損傷してたからお肉とか何にも持って帰ってませんよ?」
と心配して聞くと、職員さんは、
「ランクの問題は心配要りません。 獲物は、まぁ、持ち帰って解体に回せば結構な稼ぎにはなりますが、依頼としては商業ギルドから木材の切り出しの為の森の魔物の間引き依頼ですからね」
と言った職員さんは少し笑いを堪えながら、
「冒険者ギルドとしても森の中型や肉食魔物の討伐が確認出来たら問題ないので、アルマ君から提出されたダッシュボアの魔石と、今朝、擦り付けの件で報告にあった崖下にて自分がこの目で魔石が抜かれて腰の辺りの皮が四角く剥がされたダッシュボアの死体を確認しましたから」
と言った所で我慢の限界が訪れた職員さんは、
「しかし、兵士の方からの報告書で読んだんですが…プフッ。 あの剥ぎ取った皮を…」
と最後まで僕に質問出来ない状態となり、隣で座る兵士長さんまで僕に、
「いや、私も部下からの報告書を二度見したけど、あれって?」
と聞くので、僕は観念して、
「恥ずかしながら本当ですよ。 ダッシュボアの突進をかわす為にヤツを飛び越えた時に重要な部分の布は持って行かれましたので仕方なく…」
と、生皮フンドシの下りを説明する間、話を聞きながらも討伐依頼達成の書類を書いている冒険者ギルドのお兄さんは、笑いを必死に堪えて小刻みに震えており、僕の事で笑われているのを理解した上で、
『いやもう、一回ガッツリ笑ってスッキリしてから手続きしなよ』
と、少し気の毒な程に我慢しながら書類を書いてくれた職員のお兄さんのおかげで、この日僕は冒険者になって初めての討伐依頼なる物を達成し、薬草摘みや鉱石拾いではとても手に入らない金額を手に入れられる事になった。
ちなみにではあるが、いつも摘んでいる薬草は5本一纏めで納品が可能となり冒険者ギルドの買い取りカウンターにて銅貨1枚に変わる。
まぁ、薬草摘みはライバルも多い為に一日に銅貨3枚にもなれば万々歳である。
この大陸のお金は硬貨しか無く、国毎に金や銀の含有率が違う為に国が発行しているお金もあるが、庶民の間やギルドにて一般的にやり取りされているのは商人ギルドが主体となり他のギルドと共に発行している共通硬貨である。
国毎に通貨単位も違う為に共通通貨には通貨単位は決まっておらず、最小単位が鉄がベースの錆びない合金である【鉄貨】で、これ1枚で屋台の安いパンが1個買えるので、前世の感覚では百円程度と思われる。
それが十枚で1つ上の硬貨である【銅貨】となるので、薬草5本で千円ぐらいの感覚だ。
この5本の薬草は錬金ギルドに渡ると、錬金術師さんの手により低級ポーション1本の原料となり、その低級ポーションが銅貨5枚だという。
特に僕の様な貧乏冒険者はポーションではなく、鉄貨5枚で買える傷軟膏が常備薬であるので、十倍もする低級ポーションですら贅沢品であり、昨日飲ませてもらった上級ポーションの値段なんて聞く事すら怖いとしか言えない。
そんな中でダッシュボアの魔石が銅貨5枚と、討伐報酬が銀貨1枚というお金が入って来ることになり、僕が、
「良かったぁ、薬草10本分を擦り潰して自分の傷に塗ったから損した気分でしたけど、何だか儲かっちゃいました」
とルンルンではしゃいでいるのを、隣に座って見ている兵士長さんは、
「いやいやアルマ君、きみは今回の件で普通ならそんな額どころでは無い慰謝料を貰えるんだよ。 本当に今朝言っていた条件で良いのかい?」
と呆れた様に僕に聞いて来る。
まぁ、普通の貧乏なお子さまなら、騎士団長さんをはじめ商会の会長やら加害者達の親がかなりのお金持ちらしいので、
『息子のしでかした罰で数ヶ月間どこかの鉱山で強制労働とか嫌でしょ? 殺人未遂だもんねぇ』
などと脅して、殺人未遂の罪は問わないかわりに、取れるだけお金を吹っ掛ける事にするのだろう。
いや、むしろ前世のオッサンの知識もある為に本気の僕ならもっとえげつない事も考えついただろうが、しかし、そんな事はしない。
何故なら、前世の記憶が生える前のピュアな異世界ボーイのアルマ君には叶えたい夢があった。
それは、盗賊に襲撃されて火を放たれたあの日に両親が命懸けで逃がしてくた数軒しか家がない集落に帰って両親を弔ってあげたいというものである。
今回の件で素直にお金をもらって冒険者ギルドに護衛と片付け作業の依頼を出すという手もあるが、問題は表だって罰金を貰ったり、示談の為のお金をふんだくると、お金持ちの家庭には金銭的には痛くも痒くもない額かもしれないが、ご近所などで、
「奥さん聞きました? あそこの家って、なんか悪いことして罰金を払わされたんですって…怖いわねぇ~」
などと要らぬ噂が立って、バカな息子のせいで真面目に頑張っていた親が馬鹿を見る事に成りかねないのが可哀想に感じたからである。
それに一番怖いのは、下手に大事になると、
『大金を手に入れたガキとして僕が狙われてしまうかも!?』
という事である。
そこで前世でオッサンだった知恵を使い、前回四男坊達にイノシシ魔物を擦り付けられた薬師見習いの子と同じ程度の迷惑料で僕も手を打った事に表向きはしておいて、このファベルの町の管轄でもあるマーキオ村の傘下だった僕の生まれ育った集落をお代官様にお願いして片付けて頂く事で手打ちとする案である。
実は集落から逃げ延びてすぐにマーキオ村の方々に集落を助けて欲しいとお願いしたのだが、
「盗賊がまだそこら辺に居るかも」
とか、
「もう誰も生き残ってないだろうから」
などと誰も取り合ってくれず、村長さんまで、
「次はこの村かもしれないから守りを固めねばならん。 なので男手を出して集落の片付けなど…すまんな」
と、僕の集落を見捨てる決断をしたので、
『いつか盗賊が居ても倒せるぐらい強くなって、集落を片付けて皆の墓を作れるぐらいのお金を稼いで帰って来てやる!』
と、マーキオ村から僕の様な子供でも成れる冒険者として稼ぐ為にファベルの町に来たのが3ヶ月ほど前の事である。
なので、バカな子供達の保護者から莫大な慰謝料ではなく、|集落を焼かれた可哀想な少年《息子が魔物を擦り付けて殺しかけた僕》のお願いを叶えてくれる為にお代官様に協力するという名目の罰で手打ちとする案だ。
表向きはヤンチャな息子がやらかして謝ったぐらいのダメージでお偉いさんとしてのメンツも潰されず、お代官様が命じて騎士団を使って盗賊に襲撃された集落の調査と片付けを行う事で騎士団長さんには肉体労働で慰謝料を払ってもらい、お代官様の株も上がるし、騎士団が盗賊の調査に来たとあれば風の噂であの忌々しい盗賊達の耳に届けば今後の抑止力にもなるだろう。
他の加害者のパパ達も騎士団の調査への援助として物やお金を出す事を罰とすれば、表向きは良いことをしている風にも見える。
という事で、今回の加害者達は二度とこんな真似をしないように各ご家庭にてチビる程叱ってもらう事とし、僕は殺人未遂事件として訴えない代わりに、もしかしたら罰金を払った方が安くつくかもしれない大仕事をお願いするという事で今回の僕サイドの交渉人でもある兵士長さんと話がついている。
また中間管理職である兵士長さんには気苦労をかけてしまうので恐縮しているのではあるが、僕の予想に反して兵士長さんは日頃間に挟まれて右往左往しているギルマスや騎士団長さんを相手に僕の代理人として強気に出れる事が楽しいのか、
「よ~し、アルマ君の為に頑張りますかぁ!」
と、遠くの部屋から聞こえていたギルマス達の怒声が一段落したのを確認して、
「では、そろそろ話し合いの時間ですね」
と、部屋から軽い足取りで出て行ったのであった。




