第40話 乙女爆発
僕は今、購入した荷馬車の運転席に座り集落へ向かう道をガタゴトと揺られている。
錬金ギルドで試験前に買い取ってもらった魔道具のお金を使ってファベルの町でメスの馬魔物一頭と荷馬車を購入し、荷台には次のファベル行きの時に買い取ってもらえる様にと、もう一度おさらいする為に魔道具の材料だけでなくポーション類の材料も買い込み、
「こんな状態のアルマちゃんを一人で帰らせるのは心配なんだモン!」
という理由からカリーナちゃんが御者を買って出てくれ、ミルクムギチャ三人娘が選んでくれた濃い茶色の毛色のムギチャ号の引く荷馬車にてカリーナちゃんとの二人旅で集落を目指しているという流れである。
試験にブチ落ちたからには半月後に再試験が可能となるまで、勉強して、勉強して、勉強しまくるしかない。
そんな状況を察してくれたカリーナちゃんが、
「屋台はファナさんとリラちゃんにお任せしてあるから大丈夫よぉ~。 あっちはお手伝いを雇えるほどになってるし心配要らないからねぇ。 だ・か・らっ、掃除も洗濯もアタシに任せて、アルマちゃんはお勉強に集中してねん♡」
と次の試験まで僕専属のメイドとして来てくれたのであるが、多機能魔石式ライトの明かりを頼りに進む夜道にて、カリーナちゃんが、
「出発した時間が悪かったかしらぁ? 仕方ないからこの辺で夜明かししましょ♡」
という提案に軽く身の危険を感じてしまう僕の心は汚れているのかも知れない。
『僕を心から心配してついてきてくれているカリーナちゃんに失礼だろ!』
と自分を叱ってから、道から少し入った広っぱにて荷馬車からムギチャ号を木に繋ぎ直しているカリーナちゃんに向けて僕は、
『夏の夜だから暖を取る必要は無いけど魔物避けに焚き火をするよ。 あと虫除けの香も焚いとくね』
と愛用しているマジックバッグから自分で作った点火の魔道具と虫除けの香を取り出すと、先に香を焚いてから近くの落ちている枝を集めようライトを片手に枝を集めようと歩き出す。
しかし、既に街道横のこの広っぱには先客が居たらしく、僕の持っている魔石ライトの光に驚いたのか一匹の森狼が低木の影から飛びかかって来たのである。
『ヤバい!』
と僕が思った時には敵は咄嗟に頭部を庇った僕の左腕に食らいついており、騙し絵顔の大将から購入した革製のアームガードの上からギリギリと僕の腕を食い千切ろうと牙をめり込ませ、肩にかかった奴の前足の重みで僕はその場に組み伏される形となり、
「ガシャン」
と地面に落ちた多機能魔石式ライトの金属音と、僕の左腕を噛りながら興奮しているらしい森狼の息遣いに、
『あっ死んだかも』
と、あまりにアッサリと陥った危機的状況に諦めの感情から川の向こうで集落の皆が悲しそうに微笑んでいる映像が頭を過ったその時である。
遠くから、
「乙女っ、|メテオ・インパクトぉ!《流星撃ぃぃぃ!》」
という声が聞こえたかと思うと、森狼の後頭部が何かの通過と共に爆散し、僕に噛みついていた奴は、
「キャン」
と一声すらあげることは許されずに糸の切れた操り人形の様にクニャっと僕の体の上に崩れ落ちたのだった。
「へっ!?」
と、間の抜けた声を漏らす僕の顔には森狼の砕けた能天から溢れ出た血がドクドクと流れ落ち、次の瞬間にはカリーナちゃんが焦りながら、
「アルマちゃん大丈夫!?」
と、僕の左腕をまだ咥えている森狼の顎を引き千切る様に外し…いや、外すついでに引き千切ると言った方が正しいかもしれない。
そして、引き千切った森狼の下顎をポイッとそこら辺に捨てたカリーナちゃんは、
「アルマちゃん、ゴメンねアタシが一緒に薪拾いしていれば…左腕大丈夫? グーパーしてみて!」
といった感じで、どうやら僕はカリーナちゃんのおかげで命拾いしたらしい。
そして、見るも無惨な姿になったアームガードが僕の左腕を最悪な状況からは守ってくれたようで、僕のさして逞しくもない腕はアームガードを貫通したヤツの牙でしっかりと怪我はしており、結構な血が流れ出ているが問題なく左手は動かせる。
「大丈夫、動かせるよ。 それよりカリーナちゃん、助けてくれてありがとう」
と感謝を伝える僕にカリーナちゃんは、
「愛の告白なら後でゆっくり聞くからっ」
などと言いながらクタッとなった森狼の体を僕の上からヒョイと避けると、
「それよりも傷口からこの小汚ない犬っコロの汚れたヨダレが大好きなアルマちゃんの中に…ハッ、これは吸い出さないと危険だわっ♡」
などと、冗談? で僕を励ましてくれているのは彼女なりの優しさ…だと思いたい。
そんな感じで森狼の重みから解放された僕は、
「汚いヨダレをカリーナちゃんが吸い出したらカリーナちゃんと森狼のディープキスになっちゃうよ。 水生成水筒も有るから傷口は洗えるから心配無用だよ」
と彼女に告げると、カリーナちゃんは案外僕が冷静な事にホッとしたのか、
「あら嬉しい。 アタシが他の誰かとチュウするのが嫌なんて…」
などと言うと、彼女は、
「あっ、そうだ!」
と、多分ムギチャ号の手綱を木に括り直す途中で僕を助けに来たので、その作業の続きをする為か向こうへと歩いて行き、僕はマジックバッグから魔石式水生成水筒を取り出して、もう防御力は望めない噛みあと付きのアームガードを外した後に傷口を水筒の水で洗いはじめる。
『あちゃ~、これはアームガードはもうダメだな。 まぁ、アームガードと引き換えにこの程度で助かったと思おう。 この傷なら低級ポーションを何本か飲んだら後は傷軟膏でも治るだろう。 手持ちに2本しか低級ポーションが無いけど家に帰ったら沢山作れるだけの素材はあるから痛みさえ我慢出来たら問題ないな…』
などと自分の痛々しい傷口を洗い流していると、カリーナちゃんが、
「アルマちゃん、お待たせぇ♡」
とニコニコ笑顔で僕の所に戻ってきた彼女は、
「えへへっ、良いの見つけちゃった」
と言って僕に見せるその手には何種類かの草を握られていた。
『ん? 草…』
と思いながらそれらを良く見てみる僕が、
「あっ、薬草に化膿止めになる清め草に…そっか、ポーションの為に摘んできてくれたの?」
と聞くが早いか、彼女はそれらをモシャっと自分の口に含むと、モニョモニョと口を動かした後に僕の傷ついた左腕をガシッとホールドすると、
「ブベッチャ♡」
と、カリーナちゃんは口噛み薬草汁を僕の傷口に産地直送でお届けする。
『ひぃ!』
とあまりの出来事に小さな悲鳴をあげそうになるが、彼女の優しさから出た行動だと理解している僕は、グッと尻の穴に力を入れてその悲鳴を我慢する。
すると彼女は、カワイイ刺繍つきのハンカチで僕の傷口を口噛み薬草汁ごと包みこむと、
「ふぁひ、こべべだいじひょ~ぶぃ」
と、たぶん痛みを和らげる目的で隠し味的に入れられた麻痺草の効果で呂律が回らなくなったまま、母親のような優しい笑顔を見せてくれたのであった。
そして、暫くした後に焚き火の側にて、
「やだ、アタシったら! アルマちゃんはポーションも作れるんだったわね。 焦って忘れちゃってたわっ…へへっ」
と、僕のマジックバッグに入っていた麻痺直しポーションにより口の痺れが治ったカリーナちゃんがペロッと舌を出しておどけている。
僕は、二本目の低級ポーションを飲み干して、
「いや、痛み止めは持って無かったから助かったよ」
とカリーナちゃんのカワイイ刺繍付きハンカチが巻かれた左腕を軽くあげて彼女に見せる。
ビジュアル的に夢でうなされそうであったが、あの麻痺草配合の口噛み薬草汁のおかげで傷口のウズきも無く、かなり助かっているのは確かで、僕は素朴な疑問としてカリーナちゃんに、
「あんなに強くて、こんな処置方法を知ってるって、カリーナちゃんは冒険者だったの? それならスラムでギリギリな生活をしてたのが分からないし…」
と問いかけてみる。
カリーナちゃんはその問いに少し寂しそうな表情を浮かべ、少し考えた後に、
「乙女の秘密…って逃げるのはズルいわね」
と呟くと、彼女のこれまでの人生を僕に語ってくれたのであった。
カリーナちゃん、本名カルロさんは貧しい農家の子供だったそうで、お金に困った親に口減らしの為に捨て値で人買いに売られた可哀想な少年だったそうだ。
普通なら人買いをしている悪党から奴隷商人に渡り奴隷としての人生を歩む所、
「お前も昔の俺と似たようなもんだから」
と、その人買いを生業としていた青年はカルロ少年を奴隷商人へと売り渡す事なく、弟として暫く育ててくれたのだという。
その時に経緯はともかく、子どもを売るという人の心が無い親の元で地獄のような貧乏生活から、ある意味で救いだしてくれた人買い青年にカルロ少年の中に芽生えたカリーナちゃんが、
『このまま彼と…』
と神様に祈るようになったある日、成長してスキルを賜ったカルロ少年をその青年はかなりの金額で奴隷商人ではなく、とある武道家の家へと売り飛ばしたのである。
青年は口では、
「カルロの将来のため」
とか言っていたが、その家は前々から棍棒のウェポンスキル持ちの子供を性別不問で探すように依頼していたらしく、今となっては人買いの青年が百以上あるスキルの中でカルロ少年に棍棒のウェポンスキルが芽生える確率を加味して家族として育ててくれたのか、本当に家族として育てていたカルロ少年がまたまた依頼されたスキルを賜ったから売ったのかを聞く術はないが、
【親の次は、愛する男に金で売られた】
という現実はカルロ少年の心を深く傷つけてしまったのだそうだ。
それからは金で買われた跡継ぎ候補として、この国の南にあるクティノス王国の棍棒術の名家で来る日も来る日も棍棒を振り、戦闘術やサバイバル術を叩き込まれてクティノス王家の立派な兵士となるように育てられる事になる。
そしてカルロ少年は成長して成人を迎える歳には棍棒のウェポンスキルの中でも打撃の瞬間に魔力を使い威力を上げる高等技の【インパクト】の使い手として、血塗れ棍棒のカルロという異名まで持つようになっていたのだそうだ。
現在のカリーナちゃん曰く、
「あの頃は何もかもが嫌になってたから、棍棒を振って気を紛らせていたのよ。 それが良かったのか、悪かったのか…」
と、切ないタメ息をつく彼女はその後に起こった事件を語ってくれた。
カルロ少年が金で買われたこの家は一代かぎりの騎士爵位を何代も守り抜く程の武家であり、今の代の当主は残念ながら子供に恵まれず、苦肉の策として金で有望なスキル保持者、中でも代々受け継いで来た棍棒術を完璧に受け継げる棍棒のウェポンスキル持ちの子供を複数名養子にしており、
『他に打ち込める物が無かったから』
という理由からガムシャラに棍棒を振っていた少年から青年へと成長したカルロさんは、当主から、
「お前を次の当主にする。 嫁を娶って沢山子を成してくれ」
と言われた瞬間には今まで抑え込んできた乙女が爆発してしまい、
「ふざけるな! なんでアタシがそこまで自分を殺してこんな家に尽くさないとイケないんだ!!」
と、当主とバチクソ殴りあった末に、当主を倒して家を飛び出してしまい、その後の生活でも冒険者をしていたら楽々稼げただろうに、
『あの家の奴に見つかりたく無いから』
という理由から冒険者にはならず、他国
に渡り、流れ流れてファベルのスラムで僕と出会ったのだという。
血塗れ棍棒のカルロさんは結婚が嫌で、決闘の末に名家と決別したという《《ケツ》》にまみれたカリーナちゃんの半生を聞き、
『人に歴史ありだな…』
と染々感じる僕は、少し気になる質問を最後に彼女に投げ掛けてみた。
「普段から棍棒なんて持ち歩いて無かったでしょ。 さっきの一撃はどうやったの?」
という僕の問いにカリーナちゃんは少し恥ずかしそうに、
「てへっ、もぎ取っちゃった」
とペロリと舌を出しながら荷馬車の手すり部分の木材を指差している。
『もぎ取る?』
と思いながら彼女の指の先にある荷馬車の無惨に引き千切られた木材パーツを見た僕は、
『あっ、荷馬車って頑張ればモゲるんだね…』
とドン引きながらも、カリーナちゃんに、
「うん…あれぐらいなら家で直せるから大丈夫だけど、今度からお出かけの時だけで良いから専用の武器を荷馬車に積んでおこうか」
とだけお願いしたのだった。




