第39話 真夏の出来事
さて、ハンドルーターの使い心地は最高であり鉄筆でカリカリしていた時が嘘の様に水晶板ガラスに魔術回路の下地が書ける。
少し扱うのに練習が必要ではあったが、コツを掴めば力も殆んど必要とせずにスイスイと長時間作業しても疲れない。
多少粉が舞ってしまうので布でマスクをするのが面倒臭いだけで、回路用の水晶板ガラスに磨りガラス状の模様を書けて、そのザラザラな模様に魔道具用のインクをはみ出ない様に乗せる感じに清書して乾かせば魔術回路が出来上がる。
サクサク出来上がる魔術回路を眺めながら僕の頭には、知らないおじちゃんが現れて、
『そう、コレさえあれば、アレだけ苦戦していた魔術回路が、こ~んなに簡単に、出来上がるんですよぉ~』
とテレビの通販番組の利用者の生の声の、
(あくまでも利用者の感想で効果や効能を明言するものではありません)
みたいなセリフを言いながら据え置き式のハンドルーターをサスサスと撫で回している映像が流れてくる。
前の事を思えば嘘臭いぐらいに簡単な作業になった魔術回路作りに対して、むしろこの1ヶ月足らずの期間は、初日の変な誤解からウルソさんとギクシャクしてしまい、なんだか息苦しいような我が家の雰囲気から抜け出してウルソさんと普通の関係性を取り戻す事にかなり心を砕くハメになった。
しかし、その甲斐もあり今では、
「ウルソさんの覚悟を決めるスピードだけは尊敬しますが、普通は泊めてもらっただけで体を差し出そうとはしないで下さいね」
と呆れる僕に、
「いやぁ、オイラも師匠からも、恩を受けたら鍛冶職人なら体で返せって言われたからてっきり…って、もうその話は勘弁してくださいよアルマ君」
などと、笑いながらあの日の事を語れる関係になれている。
だけど、本当に勘弁して欲しいと思っているのはこちらも同じであり、
『絶対に体で返すの意味をはき違えてるんだけど…』
と呆れてしまう。
ちなみにであるが、僕の心にはCDやDVDを再生出来るプレイヤーを販売しそうな、ガタイの良い夢のあるグループの社長は住んでいるが、DVで心と体を縛る男食野郎などは住んで居ないのだ。
そして僕としては彼と同じ屋根の下で暫く暮らす上で一番の難題であったウルソさんとのギクシャクがあり一旦見送る事にした案件にようやく本腰を入れる事が出来るのだ。
それは、
【目指せ一発合格、初級錬金術師試験!】
である。
正直な話、ポーションの調合はサビオさんから指導を受けて実技試験もクリアしている。
それにハンドルーターが届き、一通りの生活魔道具も作れているので、あとはレシピを中心とした学力試験にパスするだけである。
しかし、問題は試験は数時間で終わるのに定期便で半月も町にいるのも勿体無いという事だ。
我が家の畑の水やりはウルソさんが、
「水やりぐらいオイラがやっとくから行ってきなよ」
と言ってくれてはいる。
僕も特に魔道具系の初級錬金術師試験を1日も早くパスしたい気持ちでいっぱいであり、もしもパスしたら中級魔道具等のレシピを手に入れてダッシュで我が家の工房で作りたい物が山の様にある為に、自分で組み上げた魔石式ランプや多機能魔石式ライトなどの生活魔道具の数を数えて、
『多機能魔石式ライトの凸レンズや魔術回路用の材料を買わないといけないし、ウルソさんにはフレームとか色々と作って欲しいから魔道具の買い取り額からこのぐらいは残しておいて…』
と、頭でソロバンをパチパチと弾いた結果、
『馬魔物と中古の荷馬車ぐらい買えるかな? ギルド銀行のお金は農場の修繕なんかも有るから残しておきたいし…』
と、マイカーの購入を検討してみたのである。
商人ギルドのモンテさんの話では、何やら不労所得的な物があるらしいのだが、
『無料で別荘的な物件は手に入ったし、何か分からない契約金とやらも入るらしいが…なんだろう? 全く買った実感も、稼いだ手応えもねぇなぁ!』
と僕としては、やってやった感が無い自分に何とも言えない気持ち悪さを覚えてしまう。
『そうだ、折角魔物蠢く剣と魔法のファンタジー世界なのに、試験勉強に内職だけではダメなんだ! また悪い奴が来ても仲間を守れる力を身につけた男になるという目標を…』
と、僕の冒険者心が騒ぎ出しそうになったが、僕の脳内会議では、冷静なオッサンが、
『若者してるねぇ~、でも、スキルも無いし剣術とかの訓練もしてないだろ? だったら大人しく魔道具作りで稼いで、ほら、あの壊れた魔道具の杖とか直せるように試験勉強しなよ』
と真っ当な意見を述べてくる。
こういう時の大人の意見は子供には飲み込み難いが、無視をすると後からボディブローの様にジワジワと効いてきて内蔵の芯まで突き刺さり膝から崩れる事になる事も前世の経験から身に染みている僕は、
『本当に勉強だけはやって損はないからね…中級魔道具のレシピが手に入れば基本的な攻撃魔法が放てる魔道具の杖が作れるから、強くなるのは杖を作れる様に成ってからでも遅くなもんな』
と自分に言い聞かせてから、ウルソさんに、
「次のファベルの町からの定期便に乗って試験を受けに行くよ! 合格したら荷馬車を買ってチャッと帰って来るから」
と宣言してから、仮の役場に出かけて集落の牧場エリアを現在管理しているマルテスさんに、
「次の定期便でファベルの町に行って馬魔物と荷馬車を買って帰ってきて良いですか? 可能ならウチの馬魔物を厩舎に入れてやって欲しいんですが」
とお願いすると、マルテスさんは、
「アルマ君、それいいねぇ~。 本当ならグラン号をアルマ君に買い取ってもらおうかとも思っていたんだが、ほら、グラン号は今や集落の整備や建設現場に無くてはならないのでな…出来ればグラン号のお嫁さん候補の雌馬を期待しているよ」
と、グランは集落の貴重な労働力として斬り倒した木々を運んだりと無くては成らない存在になっているらしく、僕の買う予定の馬魔物の性別まで注文を言ってくるのであるが、
『偉いさんからのお願いだし仕方ないな。 それにグランって僕がちびっ子の頃に生まれたから7歳とか8歳だから彼女ぐらい欲しいお年頃なのかもな…競馬のシミュレーションゲームの知識しかないからこっちの世界の馬魔物に当てはまるかは分からないけど』
と、僕としてもグランに彼女が出来るのは大賛成なので、マルテスさんに、
「グランが好きそうなピチピチなメス馬を選んで来ます!」
と宣言して、その日から僕は生活の全てを初級錬金術師試験に捧げることとなった。
そして数日後の昼下がりの事、夏真っ盛りの熱い日に騎士団の方々の交代に合わせて荷馬車にてファベルの町にやってきている僕は、現在、錬金ギルドの前の大通りにて、
「むぅぅぅん…落ちたぁ~」
と、膝から崩れ落ちて涙をながしていたのだった。
サビオさんに泣いている姿を見せたくないので、
「あはは、また頑張ります」
と笑顔で錬金ギルドの外までは気を張って出てきたのだが、
『何が悪かったんだろう…せめて答案を返してもらえたら次の試験の対策に使えるのに』
と涙で歪む景色の端にミルクムギチャ三人娘が心配そうにこちらを見ている姿が見えた僕は、ハッとし、
『そうだった…今回は試験の後で彼女達に買い物に付き合ってもらう為に待ってもらっていたんだ!』
と思いだし、ゴシゴシっと涙を拭って笑顔を作る僕に、最年少メンバーのリラちゃんが、
「大丈夫、アルマお兄ちゃん?」
と泣いていた僕を心配して、
「元気になぁ~れ!」
と僕の腰の辺りに、
「ギューっ!」
と声に出して抱きついて、彼女なりの元気の魔法をかけてくれる。
『もうね、そんなことされたらオッサンは泣いちまいますよ!』
という事で、落ちたショックと幼女のピュアな優しさと、
「アタシもアルマちゃんをギューしちゃう!」
と何故か参戦してきたカリーナちゃんの堅くて逞しい胸板に圧搾されながら、僕は、
「試験…落ちちゃったぁぁぁ~」
と、むせび泣いたのであった。
まぁ、試験に落ちた事はショックだが、今回の敗因は明確で、魔道具系の初級錬金術師試験だけに絞れば良かったのに、サビオさんに、
「どうせなら総合の試験を受けないかい? 出題数が半分ずつになるよ」
などと、創薬系の試験も入った総合試験を促され、
『そうだな、魔道具系は自信があるが、創薬系は頑張ってポーションを作ってた時期から少し日にちが空いて薬草の正式名称とか使用器具の名前とかちょっぴり不安だけど、総合にした創薬系からの出題が半分で済むからイケるんじゃないかな?』
と欲を出したからである。
そして、うっすら有った不安が的中した僕は、テスト中から、
『ヤバい…ここ1ヶ月程ハンドルーターでの魔道具作りにハマっててポーションを作ってなかったから微妙に正式名称やらレシピの分量があやふやになってる!?』
と手応えが無いまま時間となり、採点したサビオさんが、苦笑いで、
「残念…半月後、待ってるからね」
と言われた瞬間に、
『やっぱりねぇ~』
とは思ったが、心の何処かでは、
『先月まではバッチリ出来てたから、もしかして勘で書いた奴が当たってるかも!?』
と期待していた自分も居たのでハートにダメージが来ているのである。
あと、現在カリーナちゃんの胸板に沈み、微妙に有り難さと、息苦しさと、夏の暑苦しさも手伝いザックリ開いたカリーナちゃんの胸元の直のシットリ感が試験結果とは別計算で僕のメンタルとライフをゴリゴリと削り続けていたのだった。




