第32話 町に戻ると
現在僕は再びファベルの町に来ている。
今回のファベル行きは集落に半月交代で派遣されていたカパルさんとソロさんの騎士団員コンビがファベルに戻る馬車に便乗させてもらい、また半月後の集落への派遣に向かう馬車で帰ってくるコースとなっている。
このファベル行きには今の集落の管理者代行であるマルテスさんからの依頼もあり、ちょっとした買い出しもお願いされている為に、僕の家の畑の水やりなどは今派遣されている騎士団の方々がやってくれるというサービス付きである。
まぁ、その代わりに我が家の中庭の簡易のお風呂を使わせて欲しいというお願いをされているので、水撒きはお風呂のお礼と言った方が正しいかも知れない。
どうやらお代官様の息子であるリデル様が住む予定の建設中のお屋敷兼役場にはちゃんとした魔道具でお湯を沸かすお風呂が作られる予定らしいのだが、今の仮の村役場ではキッチンでお湯を沸かして体を拭くぐらいしか出来ず、厩舎で牛の世話をしたり、森で獲物を狩ったり、木を切り倒している騎士団メンバーは、
『騎士団の本部には共同の風呂場があるのに…』
と、かなり暖かくなって来たとはいえ、山からの雪解け水が流れる小川で水浴びするのは季節的に厳しく、町に居るときみたいなキツイ訓練も、怖い騎士団長さんの目もなくノビノビしていた派遣仕事で唯一の不満が風呂だったらしく、僕が知らないうちに中庭の井戸横に簡易の風呂場を作った事は我が家を作った大工さんチームすら知らなかったそうで、
『知らないうちにそんな良いもん作ってたのか!?』
と大工さんチームまで集まり、いまでは我が家の中庭はちょっとした公衆浴場となっている。
僕と一緒に春先に正式に赴任して来たマルテスさんも、
「風呂は有った方が集落の整備を頼んだ職人達のやる気も上がるかも知れないな」
と言って、僕に仮の役場近くの井戸場に簡易風呂用の竈の設置を依頼してくれたという流れである。
まぁ、僕でなくとも錬金石粘土さえお屋敷お抱えの錬金術師さんに購入を依頼して集落に送って貰えば、集落に居る大工の親方達ならもっと立派なお風呂でも用意してくれるだろうが、ちゃんとした役場の建物が出来るまでの繋ぎであり、
「アルマ君の家とお揃いで大丈夫だよ」
という計算なのだろう。
それにお屋敷が建って騎士団の方々が使わなくなった井戸場の竈は集落のイベントの炊き出し用の竈とか、これから増えるであろう移住者のための簡易のお風呂として解放しても良いだろうから作っても無駄にはならないと踏んでか、なんと僕に、
「材料費用と手間賃で金貨3枚で良いかい?」
などと仕事を振ってくれたのだが、
『えっ、そんなに! 公共事業って…』
と僕としては嬉しいのを通り越して金額設定に驚くしかなかった。
僕としては材料費が銀貨1から2枚も有れば出来上がる錬金石粘土の竈にこれだけ沢山の予算をいただくのは申し訳ないので、マルテスさんには、
「皆で使うお風呂場ならウチのサイズでは竈が小さいですし、小屋でもないと使う人が恥ずかしいと思いますので、大きめの竈にして残った予算で大工の親方さん達に簡単な小屋を作ってもらってもよろしいですか?」
と言ったのであるが、マルテスさんは、
「そうだな…男は良いが女性が湯浴みをする可能性もあるな」
と納得すると、
「では小屋はこちらから親方さんに頼んでおくのでその予算で竈だけ頼みましたよアルマ君」
と、なんだか僕の予定とは違い満額風呂用の竈の代金として貰える事になってしまったので、
『なら金額に見合うだけの本気の風呂を作ってやる!』
という事で今回の僕は、
『ギルド宿に正規の値段で半月の宿を取るぐらいなら』
とギルド宿半月分の宿代で十分買える価格のリサイクルテントを騙し絵顔の大将さんの店で購入してイースお兄ちゃん達が住んでいるスラム地区を拠点に半月過ごす事にした。
そして、もはや実家感のある2ヶ月ぶりのスラム地区では、僕を見かけたスラムっ子が数名、
「アルマお兄ちゃんだ!」
と駆け寄り、
「バイバイしたけど、帰ってきたの?」
などと質問責めにされ、
「ちょっとだけ遊びに来た感じかな?」
などと答える僕に、
「イケないんだぁ、アルマお兄ちゃん」
「そうだよ。 遊びにって、働かない怠け者はここから追い出されちゃうんだよ」
と、僕を責め立てる。
『止めて皆…お仕事が上手く行っていない今の僕にその台詞は刺さり過ぎる』
と、精神的ダメージを食らった僕は少し涙目になりそうになったのであるが、
『ん? 追い出される!?』
と気になるフレーズに涙も引っ込んでしまった。
ほぼ無法地帯にも近い旧市街であるこのスラム地区は、揉め事を起こしたり、犯罪にさえ手を染めなければ追い出される事の無い筈である。
確かに正式な住民では無い為に町の門から外に出た場合は何かしらのギルド証が無ければ再び町に入る時に旅人と同じ入門料金を満額請求され、それが人頭税代わりの町の収入となりギリギリ黙認されているのではある。
だけど僕がこの町に居た2ヶ月前には「追い出される」なんて噂すら聞いた事がなかった。
すると、
『どういう事だ?』
と考えている僕に、この子達の為の炊き出しに野菜などを提供してくれたイースお兄ちゃんの面倒を昔から見ていたというこの辺の顔役とも言えるおばちゃんが、
「アルマが生まれた集落に帰るって出ていった後すぐに、お代官様が息子さんをご領主のボスケ伯爵様のところから呼び戻したか何かで、この辺の再開発ってのを始めるらしくてね」
と、今のスラム地区の話をしてくれたのだった。
どうやらマーキオ村の村長の件の余波でこのファベルの町の裏社会をまとめていた大物が捕まり、その下っぱの子悪党がスラム地区に流れたらしく、スラムの治安が前より悪くなってしまい、そして親分を逮捕された恨みからお代官様や騎士団に敵意を向けるチンピラ達まで出てくる始末で、お代官様的にも、
『いい機会だからスラムを綺麗にする時期かもな?!』
と、息子がご領主様の指示で帰っきている今のうちに、チンピラを追い出したりするついでにスラム地区の再開発に乗り出したみたいである。
スラム地区の中でも去年僕が寝ぐらにしていた辺りが既に更地になっており、今年の冬までに長屋のような町営の共同住宅が並び、来年の春頃に正規の住民税が納められるスラムの者からその住宅に安い家賃で住めて、働けなかったり、税金分の収入が見込めない者が町から出されると、残りのスラム地区の開発が本格的に始まるという方針に決まったのだそうだ。
そうなればイースお兄ちゃんやタルバくんとルアちゃんの冒険者組や、僕がスカウトしたミルクムギチャ組の三人娘は何とか大丈夫だとしても、目の前の子供達や、たまに依頼される裁縫の仕事で細々暮らしていた顔役のおばちゃんですら正規の金額の税金を納められるかというと些か疑問である。
そうこうしていると、森ネズミを2匹ぶら下げたイースお兄ちゃん達が帰って来て、
「おう、アルマ! どうした、寂しくなって帰って来たのか?」
などと笑っていたのだが、僕が再開発の件を聞くとイースお兄ちゃんは少し暗い表情になり、
「アルマ…正直今回ばかりは俺もどうしたら良いのか」
と弱音を吐いている。
それもそのはずで、いくらこの周辺の住人が家族の様に支えあって暮らしていたとしても、今後は元気ではあるがバリバリ仕事が出来る歳では無い年寄りやら、小さ過ぎてまだ冒険者登録も出来ない子供達の分の税金を払って家族として守るにはイースお兄ちゃんとタルバくんとルアちゃんの三人ではどうとも出来ず、お金の為に稼ぎの良い冒険者仕事にチャレンジする事も現実的ではなく困っているらしい。
僕としても新たな実家の様なこの周辺の皆さんの力になれたらと、
『そうか…猶予は一年で、その間に皆を稼げるようにするか、追い出されても大丈夫な居場所を用意か…なかなか厳しい条件だなぁ』
と知恵をしぼるが、そもそも本人が稼げてないので難しい。
しかし、住む場所の事だけ考えると、
『ウチの集落に家なら近場の森を切り開いたら今なら無料で土地は手に入るし、牧場のスタッフなら子供でもお手伝い出来るかも』
と少し解決の為の光が見えた気がした僕は、イースお兄ちゃんに、
「すぐに全員って訳にはいかないけど、ド田舎で良かったら住む場所だけは何とかなるかもしれないから夏頃まで少し時間をくれないか?」
というと、イースお兄ちゃんは、
「アルマも力を貸してくれるんなら心強いよ。 このスラムから町に戻れた兄貴達に泣きついたら無理してくれそうで相談も出来なかったから」
と、彼は彼なりにガキ大将ポジションとして先輩ガキ大将に泣きつく事だけは避けて自分で抱え込んでいたらしく、そんな責任感の強いイースお兄ちゃんを追い込まない様に回りの住人達も気を遣っていたそうで、いつもの様に冒険者組の狩った獲物を解体して炊き出しを作り始めると、さっきの僕の話を小耳に挟んだ三人の昔レディー達が料理のお手伝いの合間に、
「アルマちゃんのところで洗濯とかお掃除係で雇ってくれないかい?」
とか、
「お料理係って募集しているかな?」
とか、もう一人なんかは、
「私、歌えます!」
などと、イースお兄ちゃんの負担にならないように自ら我が家への就職を求めてアピールしているので、僕は、
『女性からこんなに求められたのは人生初だな…』
と思いながら現在、僕をコーナーへと追い詰めて取り囲んでいる三人の昔レディー達に、
「家は有り難い事に一人で使うには広すぎですからお手伝いさんが居ても良いですが、何しろ僕にお給料が出せる財力がないので、すぐには返事は出来ませんが、もしもここを追い出されたとしても雨風が凌げる場所ならウチがあるので安心して下さい」
とだけ伝えておいたのだった。




