第21話 角ウサギの価値は
アディンさんからの誘いをキッパリと断って町に入る僕の背中を見送る彼から、
「えっ、アルマ少年?」
と、驚きと共に少し寂しそうなトーンの声が聞こえてきた。
しかし、今回の僕からの冷たい対応はアディンさんがフンドシ姿だった僕の事を面白おかしく触れ回ったからという理由も含まれているので自業自得である。
まぁ、あまりに切ないアディンさんの声にちょっぴり罪悪感を感じたが、
『さて、明日は角ウサギを狩って稼げると良いんだけど、とりあえず今日のご飯代を稼ぎに向かいますか!』
と気持ちを切り替えた僕は、いつもの屋台通りを目指してファベルの町の大通りを歩きながら、冬の寒さに負けずに行き交う活気に溢れた人々を眺めていると、
『それにしても人がこんなに居る町というのに、こんなに稼げないものかね?』
などと考えてしまう。
人が居るという事は経済活動だって大変お盛んなはずで、何かしら稼ぐ方法に出会えるチャンスがあって然るべきだと思う。
しかし僕はというと、かなり頑張っている方だとは思うが、まだ子供で力も弱く、スキルも無いというこの世界の感覚では少しハンディキャップがある状態なので選択肢が人より狭いのは確かである。
なんとか軌道に乗った屋台経営で、一杯鉄貨1枚という飲み物にしては此方の世界で少し高く感じるが自分へのご褒美感覚で買える値段の嗜好品であるミルクムギチャを昼からのおやつタイムを狙い数時間売って、だいたい三千円の稼ぎとなる計算だ。
時給としては駆け出し冒険者の草刈りや溝掃除などのお手伝いクエストよりは時給は高いが、この貧乏生活から抜け出せる程ではない。
依頼によっては一攫千金の夢が有る冒険者仕事ではあるが、僕みたいにスキルもない子供冒険者ではそんな稼げる依頼を達成するのも難しく、クエスト失敗の罰金を怖れて野良で狩りに向かったとしても冒険者ギルドの買い取りカウンターにて高く買い取ってくれる魔物なんて倒せるはずもないので、
『大丈夫かな? 来年の今ごろはイノシシ擦り付け事件の示談金代わりに集落に建ててもらった一軒家生活だけど、自給自足すら出来ずに冬の寒さに空腹のまま凍え死ぬとか…ないよね?』
と、将来が滅茶苦茶不安になってしまう僕は、
『とりあえず、材料代金は増えるけど夕方からの試験勉強からも解放されたから残業覚悟でミルクムギチャの一日の販売数を少し増やしてみるかな?』
と、今一番簡単に出来る収入増加方法を試してみる事に決めた。
そして、いつもの1.5倍の45杯分の材料を用意したその日の屋台が終わった結果、
『少し時間は掛かったが、この感じなら2倍の60杯は厳しいかも知れないけど、50杯ならなんとか売り切れるかも!?』
という手応えを掴み、今後の町での生活費について少しではあるが金銭的な安心要素が生まれた事で、グッスリと眠れる事が出来た。
そして待ちに待った翌朝、
「さぁ、罠はどうかなぁ!?」
と元気に飛び起きた僕は、よく寝た上に、
『これで角ウサギが順調に狩れるのであればショッピングの夢が広がる!』
という事で、やる気漲る物欲まみれのバキバキの目で鼻息も荒く、まだ薄暗い朝の門の前で僕と同じように冬の狩りや冒険者仕事に向かう冒険者さん達に混ざり列を作って開門時間を待っているのであった。
そして朝日が昇りきると同時に町の出入口の開門時間となり、冒険者達はみな思い思いの狩り場へと向かう中で、僕は昨日に罠を仕掛けた場所へと、
「今日は昨日より地面がバリバリに凍ってるから歩く分には沈まなくてまだ良いけど、これは滑って転けた時は痛そうだぞ」
などと、文句を言いながら到着したのは昨日角ウサギらしき足跡が多く残っていた交差点的な場所の真ん中の罠である。
ここには大きめの岩が幾つかある場所の為に、少し身を隠して通れるらしく岩と岩の間に通り道が集中しており、そこで僕は、
『えっ、本当に掛かってる!』
という驚きと共に生まれて初めての罠での狩りを成功させたのであった。
ただ、草原の真ん中で罠に掛かった角ウサギは、がっつり挟まれて痛む後ろ足のまま地面に固定された罠から伸びた鎖を引き千切ろうと、かなり暴れていたようで、今は体力を失い、夜の冷え込みにより体温まで失ってしまったらしく、僕が見つけた時にはかなり衰弱していた。
しかし、弱っているとはいえ生きたままの野生の魔物を町に持って帰る訳にはいかず、聖剣・正雄を振るうしかない。
ほぼ無抵抗な少し大きくて角が有るだけの可愛らしいウサギさんの息の根を止める事は、
『可哀想だが僕も生きていく為だ!』
と頭では割りきって、真っ向正雄斬りの構えに入った僕が何とも言えない罪悪感を覚えてしまったのは、
『前世では小学校でウサギ小屋係だったなぁ~』
などと、一番の駄目なタイミングでピンポイントで間の悪い思い出が頭に過ってしまったからである。
しかし、僕は、
「これはお金、これはお金…」
と、今思い返すと自分でもどうかと思うような最悪なおまじないを唱えながら、振り上げた状態で構えたままの聖剣・正雄という愛称の鉈状の大型ナイフを
「セイッ!」
と、気合いと共に振り下ろして弱りきった角ウサギを倒したのであった。
事切れた獲物の足から罠を外し、獲物の肉を高く買い取ってもらう為に集落一番の狩人だったキゴニスおじさんのマネをして、
「たしか、キゴニスおじさんの狩った獲物はこの足先がナイフで切ってあったっけかな?」
などと、その場で血抜きを施してみる。
しかしすぐに、
『あっ、こんな角ウサギ達の良く通る交差点の真ん中で血の匂いをさせたら他の角ウサギがもう通らなくなるかも!』
と、罠での狩りの激アツポイントを自ら1つ潰したかも知れない事に気がつき、
『はぁ~、他のポイントを探すか…』
と諦めた僕は、
「次は巣穴の入り口だからヘマはしないぞ!」
と口に出して、トドメは仕方ないにしても血抜きは別の場所で行う事を自分に言い聞かせながら、
『あの山が見えるあの木の近くの…』
と、足バサミの罠を仕掛けた巣穴を目指したのであるがそこには僕の予想して居なかった光景が広がっていたのであった。
それは無惨に壊された足バサミの罠と、バリバリに固まった雪に残された複数の血の跡と、力任せに掘り返されて崩れた巣穴であった。
「なんじゃこりゃ!?」
と思わず刑事ドラマで殉職する刑事みたいなセリフを吐いてはみたが、たぶん足バサミの入れ歯のようなギザギザパーツ部分に血のついた白い角ウサギの足パーツの先っちょが、ちょこっとだけ残っていた為に、
『罠に掛かった角ウサギを見つけた肉食魔物が美味しく召し上がったついでに、罠の横の巣穴も襲撃したんだろうな』
と簡単に予想がついた。
「食い難いから掛かった角ウサギごと咥えて振り回して引き千切ったのか…あと、昨日最初に壊れた1個もそうだったけど、このロイター板みたいな正式名不明は壊れやすいのか? これもポッキリ折れてやがる」
と壊れた罠を拾い上げて、角ウサギの肉球が残る足先パーツを壊れた罠から外して、ペイッとそこら辺投げ捨てた僕は、
「どうすんのさ!」
と文句を言いながら壊れた足バサミの罠を取りあえずマイバッグにしている麻袋に回収し、麻袋の中に有るまだ壊れていない最後の1個を見つめて、
『残り1個の罠だけで運用するか?』
と考えるが、
『空振りの可能性も有るのに明日の朝、1個の罠の為に草原エリアに来るのは効率が悪いな…』
と脳内の会議で意見が出たので、本日は罠を仕掛けずに帰る事にしたのであった。
『最悪獲物の横取りは相手も冬を乗り切る為に眼を瞑るが、罠をブッ壊す事だけは止めて欲しかったよ』
などと、心の中でブリブリと文句を言いながらも、一匹は狩れた角ウサギの買い取り金額が楽しみでもある僕は、
『折角カサドルさんからもらったのに3つ中2つが壊れてしまったから、この角ウサギの買い取り額にもよるけど、魔石式ランプ貯金より先に罠を直すか新しいのを買わないとダメかもな』
などと捕らぬタヌキならぬ捕らぬ角ウサギの皮算用で、
『今回2つ仕掛けて2つとも獲物は掛かった計算だから、これが3つだと仮定して、春までに狩りにチャレンジ出来そうな回数としては…』
などと、捕らぬタヌキや取らぬ角ウサギを集めて、脳内でふれあい動物園が開園できそうな程に勝手な妄想を膨らませながら町に帰ってきたのであった。
そして、ウキウキの僕が冒険者ギルドにて丸のままの角ウサギを提出すると、
「はい、角ウサギですね」
と、買い取りカウンターの職員さんが、獲物の状態を確認し、
「毛皮の状態も問題ないので…」
と満額の査定を出してくれた。
買い取りカウンターの職員さんから聞いた話では、この時期の角ウサギは毛皮だけで銅貨5枚という夏場の3倍近い価値が冬毛の毛皮についており、肉や角や前歯などの素材は肉質など多少個体差などもあり値段が前後するが、夏も冬も変わらず銅貨3枚程度で、家庭用の魔道具によく使うサイズの角ウサギの魔石が1個が銅貨一枚程度で、ギルドの解体場に支払う手間賃を差し引いても銅貨8枚程はかたい獲物なのだそうだ。
それを聞いた僕の脳内では取らぬタヌキ達が頭に葉っぱを乗せてポムンと銅貨8枚に化けてゆき、
『そこら辺にかなり数が居る角ウサギ = 八千円…これは勝つる。 メイン獲物キタ!』
と、あれだけ遠くて険しく感じた魔石式ランプ購入までの道筋がハッキリと見えた気がしたのだが、すぐに、
『でもその角ウサギを狩る罠が、壊滅状態だったかぁ』
と悲しい現実を思い出し、
『あっ、そうだまだ午前中だから解体場にカサドルさんが仕事来る前かも!』
と閃いた僕は、目の前にいる買い取りカウンターの職員のお姉さんに、
「今日って、解体場の職員のカサドルさんって来ますか?」
と聞くと、職員のお姉さんは、
『なんでカサドルさんに?』
みたいな顔をしていたが、弱そうな僕が角ウサギを持ってきた事から、
「あぁ、カサドルさんに罠をオススメしてもらってチャレンジしてるのかぁ。 なら罠のコツとか聞きたいのかな? 彼は昔はこの町でもちょっと有名な狩人だったからねぇ」
というと職員さんは、カウンター奥にあるボードをチェックして、
「もうすぐお昼の定時で来るから裏で待ってたら会えるよ。 なんなら遅くなるかもだけど仕事終りに待ち合わせるなら伝言するわよ」
と言ってくれたお姉さんに、
「いえ、カサドルさんに貰った罠が壊れちゃったから直したり買い直せる場所を聞くだけなので、チャチャっと聞いてその足でそこに行くつもりですから裏で待たせてもらいます」
と、買い取り金で少し余裕のできた財布にしている革袋をクイッと持ち上げて、
『お金は入りましたから』
みたいな顔をする僕に、ギルド職員のお姉さんは、
「なら早く罠を直して、狩りを頑張らなきゃだねっ!」
と笑顔で応援してくれたのであった。




