第2話 ポロリ
朝からせっせと摘んで冒険者ギルドに買い取ってもらう予定だった薬草を鞄から取り出して、
「薬に加工してないから気休め程度だけど、仕方ないか…」
と、近くにあった石を使い薬草を全て擦り潰して自分の傷口に塗ると、イノシシにより破られたズボンの裾をナイフを使い裂いて包帯がわりにして応急措置をする。
それからイノシシ魔物がダイブした崖から大きく迂回して安全に崖下のイノシシさんの亡骸の所に僕が到着した時には跳び箱チャレンジから軽く一時間以上経っていた。
命懸けで倒した魔物なのでグチャってる肉は無理でも、せめて魔石ぐらいは回収しないとやってられないのもあるが、一番の狙いは奴の皮である。
奴の皮は崖からダイブした事で肉同様にかなり損傷しており売り物としての価値は無さそうであるが、今の僕には絶対に必要なのだ。
なぜなら跳び箱チャレンジの際に僕のズボンは奴の牙に引っ掛かりズタボロに裂けてしまい、そして腕などの傷をしばる包帯として裾を使った為に僕の一張羅のズボンは、ほとんどズボンとしての体裁を保っていない。
そして残念な事に奴の牙は僕のお股の際どい所を掠めるように刺さったらしく、下着も同様に裂けた…というよりか大事な所の布を挘り取られたようになっているのだ。
カテゴリー的にポロリというよりは正々堂々と普段は布で隠れている下半身の一部が常時「こんにちは」しており、太陽の光を浴び、そよ風に吹かれている状態である。
『あれっ、お日さまの暖かさや、風の爽やかさを息子さんが感じている!? これって案外嫌じゃないかも』
などと、露出の癖に目覚めそうになりながらも改めて無惨に破けている下着やズボンを引っ張ったりしながらイノシシの牙の軌道を予測して、
『ひぃ~、これはもう少しで未使用の息子さんに先立たれるところだったぜ』
と胸を撫で下ろしてはみたものの、局部辺りの布が壊滅的に無い姿で町に戻るというのは、いくらお子さまの可愛らしいイチモツ(自分調べ)だとしても問題しかないのだ。
『せめて腰巻き程度の皮が取れると良いんだけど…それが無理ならそこら辺の草で腰ミノって手も有るけど、ここら辺の草ってトゲがチクチクしたり汁が痒くなるヤツばっかりだしなぁ』
ということで、このあと僕の一人息子は、良くても剥がしたての生皮で股間を隠すか、最悪なら痛みや痒みで数日ダメージが残る腰ミノを覚悟するしかない。
丸出し状態のまま到着した崖の下で薬草摘みにも使っている町のスラム地区横にあるゴミ置場で拾った少し刃こぼれのある小ぶりなナイフを握りしめた僕は、
「う~ん、角ウサギとか森ネズミ程度なら近所のキゴニスおじさんが狩ったやつをお裾分けでもらって家で解体だけはした事があるけど…イノシシかぁ」
と呟くが、目の前に有るのは普通のイノシシ魔物ではなく落下のダメージで色々とスプラッシュしているイノシシ魔物というレアケースである。
イノシシ魔物の解体経験にカウントして良いのかすら怪しい前世も今世も通して初めての経験であり、あまりの大きさとグロさに一瞬怯んでボヤいてみたが、前世の大人な自分が、
『やったことないけど、たぶん大丈夫だよ。 なんか魔石って内蔵の所にあるんだろ? ほら、殆んど中身出ちゃってるから解体の手間も少ないだろう…しらんけど』
と気楽に語りかけてくる。
自分でも凄く変な感じではあるが、新たな脳内会議の議員である前世でオッサンだった自分が思いの外冷静でいてくれているおかげで、こんなとんでも状況でも子供である自分が落ち着いて行動出来ている事だけは確かであり、前世の知識から、
『ズボンの腰ヒモは切れてないから、最悪手拭い程のサイズのイノシシの皮を剥げば、腰ヒモに挟んで前掛けみたいに垂らすか、フンドシみたいにすれば隠せそうだな』
などとナイスな閃きも与えてくたりする。
『おばぁちゃんの知恵袋ならぬオジサンの玉…いや止めておこう』
と、残念ながらオジサン的なダジャレも閃いてしまう副作用も有るようだ。
自分としては前世の記憶が生えたおかげで先程のピンチを乗り越えられたのは確かだし、それ自体には感謝もしている。
しかし、
『それならばあのピンチを乗り越えられる程の強いスキルを最初っから授けて下さいよ神様!』
と思ってしまうのは贅沢というものだろうか?
こちらの世界では7歳になる頃に神様からスキルと呼ばれる能力を授かる。
知らないうちに授かる為にこの辺りの子供達は8歳になると近くの教会にて祝福の儀というスキルチェックを兼ねた儀式を受ける決まりだ。
僕の祝福の儀の時は、僕の生まれた開拓中の集落が書類上で所属しているマーキオ村に、このファベルの町の教会から派遣された神官さんが領主の部下の方々とやってきて、将来国の為に役立ちそうな良いスキルを授かった人材を探しに来ていた。
そんなスキルの中でも大当たりの部類なのは複数の能力の詰め合わせである【職業スキル】であり、そんな職業スキルなんかを授かれば領主様からの計らいで入学金や授業料免除で学校に通えたり、エスカレーター式に騎士団や文官としてお城勤めになれたりと将来安泰な勝ち組になれる。
その次は【魔法スキル】や【ウエポンスキル】に【体術】や【身体能力強化】など戦い向きな単独スキルであり、これらを授かると兵士や冒険者などとして役立ち、安定して魔物も倒せる為に強くなる近道となる。
勿論、単独スキルの中にも当たりハズレは存在するが、どんなハズレスキルでも有るだけで少しは強くなるだろうからマシだと思う。
その他は機能系の【鑑定】や【感知】などの便利スキルで、これは何かと応用が利いて稼ぐのには持ってこいな羨ましいスキルなのだ。
しかし、世の中にはそんなスキルを授けてもらえない人間もいる。
『そうです、何を隠そうこの僕です』
世の中にスキルなしの人間はちらほら居るらしいので、僕だけ特別に神様に嫌われて意地悪をされている訳ではない…と、信じたい。
そして、スキルなしの者は残念賞として他の方々より基礎能力にオマケされているらしく、他人より握力が強いだとか、毒に強いだとか、色々と有るには有るのだが、どう考えても上位互換の【筋力強化スキル】や【毒無効スキル】なんて物が有る世界では焼け石に水である。
スキルなしの中でも【運】の値がプラスされている者はある意味でヘタなスキルより良い場合もあるが、残念な事に生まれた村を盗賊に襲われて両親を無くし、そしてこの町のスラムに流れついた自分に運があるとは思えない。
どんな項目にプラスが振られているか調べる為に教会にて高いお布施という名の鑑定料金を支払えば、詳しい鑑定が出来るのではあるが、そんな無駄遣いが出来る筈もなく今に至っているので、
『何かは知らんが僕にだって取り柄はあるはず!』
と自分に言い聞かせて、盗賊に襲われ親を亡くし、家まで燃やされ、身寄りもない僕は仕事を求めて生まれ育った集落からかなり離れたこの町に流れ着き、コツコツと素材集めメインの底辺冒険者家業でスラム地区の片隅にて何とか暮らしていた。
しかし、今日はアイツらがこのイノシシを擦り付けてくれたおかげで、朝から頑張って集めていた薬草も僕の体の大きめの傷の応急処置に全部使ってしまった。
だから何としてもコイツから魔石を取り出さないと、気休め程度の応急措置では完治はしない傷を町で治療する事はおろか、新しい下着とズボンを手に入れる事すら出来ずに露出狂の疑いで兵士の方々に捕まって人生が詰む可能性まである。
「頼むから魔石は無事でいてくれよ。 バラバラに砕けていたら買い取りすら怪しいからな」
などと、ブツブツ言いながら本来なら魔石が有るであろう辺りの臓器部分を探して飛び出したり、飛び出さなかったりしているイノシシ魔物の中身の具材を必死に探っていると、それは綺麗な形のまま見つかり、
「ヨシ、これでパンツが買える!」
と思わず声を出し、先程己のスキルについて少し愚痴った神様に向けて、
「ありがとうございます神様!」
などと、今度はお礼の祈りを軽めに捧げることとなったのだった。
幾らになるかは知らないが、使ってしまった薬草よりも高値にはなりそうな魔石をあれだけ暴れたわりに新たな破れが見つからない案外タフ拾い物のボロ鞄にソッと入れた僕はすぐに、
「あっ、そうだ! イチモツ隠し用の皮だ」
と、現在まだ幼い息子をさらけ出したままだった事を思い出し、急いでイノシシの皮の回収に取りかかる。
本来であればコイツの牙も素材として売れるが、片方の牙は落下の衝撃でベッキリ折れているし、残りの牙もどういう構造なのか抜けそうな気配すらなかったので諦める事にして、
『まぁ、今必要なのは皮だから。 さぁ、どこら辺が皮を剥ぎ取り易いかな?』
と落下の衝撃で破裂して具材がはみ出ているお腹側を諦めて、比較的綺麗な背中側の皮を、
『こっから、ここまで四角く剥げばフンドシになるかな?』
などと吟味していると、僕はイノシシ魔物の尻あたりに傷が有るのを発見したのだった。
その傷口には木の様な物が刺さっており、
「何だ?」
と、手に持ったナイフで傷口を切り広げると中からポロリと折れた金属製の矢じりが出てきた。
「結構深くまで刺さってたんだな、でも金属製の矢なんて贅沢な代物だよ」
などと呟きながら取り出した矢じりを確かめてみると、なんとご丁寧なことに僕にコイツを擦り付けた冒険者チームの物らしき印まで刻印されている。
「はっ、は~ん。 新調した弓ならコイツが倒せるとチャレンジして見事に失敗して逃げ出したってところか?」
と推測した僕は、矢じりをどうせもう大事な所を何も守れなくなっている破れたズボンの残った裾をナイフで切ると、
「こんなのそのまま入れたら鞄に新たな穴を空けられちゃうよ」
と、切った裾でクルクルっと巻いて鞄に仕舞い込み、
『物的証拠があれば、後で口裏を合わせて僕の言い掛かりだと騒いでも簡単には逃げ切れないだろう』
という事で、
「これは持って帰ってギルドに報告だな。 まぁ、あの感じなら奴らは擦り付けの常習犯かも知れないし…どうなりますやら、フフフッ」
などと悪い笑みを浮かべたまま、べちょりとした感触の生皮のフンドシを着用した僕は、
「右よし、左よし! では出発」
と、はみ出しチェックの後、何ともいえない下半身の不快感も気にならないぐらい軽やかな足取りで町へと帰ったのであった。




