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前世の記憶が生えたとて、スキルなしには厳しいです  作者: ヒコしろう


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第1話 いきなりクライマックス

何となく違和感みたいな物は前からあった。


だが、何もこんな状況でこの違和感の理由を知る必要性があったのかは些か疑問である。


というのも僕は現在、ヤバい奴とお見合い状態…というか、既に相手方から何度かの猛アタックを受けてフラフラであり、体力的にも立ち位置的にも【人生最大の崖っぷち】なのだ。


僕だって恋に落ちるのなら文句も無いが、物理的に故意に崖から落とされるのは全く別の話である。


急遽開催されたこのお見合いにて、相対しているのが女性ならどんなに良かったか分からない。


しかし、僕に向かい鼻息も荒く猛アタックを仕掛けているのは、僕の様な年下の駆け出し冒険者にのみ威張りちらしているイケ好かない先輩冒険者のグループに擦り付けられたイノシシの魔物である。


勿論、魔物の擦り付けなんて冒険者としてあるまじき行為であり、殺人未遂とも言える卑劣な行いである。


だが、冒険者の中には平気でそれをやってしまうクズがいるのも事実なのだ。


しかも多人数のパーティーが僕の様な一人で薬草を摘んでいる冒険者に魔物を擦り付けた場合は、擦り付けた相手が死んだら自動的に証拠がなくなり、万が一生き残って町に帰ってきても自分たちが口裏さえ合わせていれば、


『アイツは俺たちに嫌がらせがしたいから森で怪我したのを良いことに、魔物の擦り付けをでっち上げたんです』


と言い逃れが出来てしまう。


それに、薬草摘みのライバル達を避ける為に僕が他の冒険者が少ないエリアで活動していた事も災いして目撃者も望めないとなると、


「あのクソガキどもが!」


と文句の一つも言いたくなる。


年上の先輩冒険者を【クソガキ】というのには、先程奴等から半笑いでイノシシ魔物を擦り付けられた瞬間に、元より嫌な奴等ではあったが年上の先輩冒険者として微妙に持っていたハナクソ程度の敬意すら全くのゼロ…というかマイナス域まで到達してしまったのと、あと一つは、僕の目の前に居るイノシシさんからの猛アタックを必死に避けようとしたが、


【バチン!】


という衝突音と共に軽く吹っ飛ばされて【死】を覚悟した瞬間に前世の記憶を思い出したからでもある。


残念ながらあまりパッとしない前世だったが、あんなガキ共よりは人生経験だけはある大人だった記憶から奴らをクソガキと断言出来るだけの知識は有った。


しかし、そんなどうでも良い判断能力よりも今まさに必要となる【イノシシ魔物の対処法】などという知恵は思い出した前世の記憶の中にも見当たらず、


「どうするんだよっ!?」


と半ギレ気味に、何処にもぶつける先の無い文句を垂れ流すしか出来ないのだ。


しかも先程のアタックにより牙で引っ掛けられて裂けた左腕の傷がジンジンと痛み、さらにイライラしながらも、


『これ以上左腕から出血しない様に』


と、前世の知識を使い左腕の太い血管が有りそうな辺りを右手で圧迫しながら森の木々を縫う様に逃げ続けたのだが、最終的に前方にはヤル気満々のイノシシ、後方は崖っぷちという2時間サスペンスのクライマックスで船越さんに追い詰めらた犯人のポジションに自分が居る事を知った瞬間に、


『何だよ、今回の人生だけじゃ走馬灯の尺が足りないから前世分をサービスしてくれたとかか? 神様よぉ!』


と、前世の記憶が生えたところで、にっちもさっちも行かない現状に怒りにも似た感情が溢れ出しただけだった。


まぁ、生まれてからずっとボンヤリと有った自分の人生が他人事の様に感じる様な違和感の正体が前世の記憶の欠片のせいだった事が分かったのだけはスッキリした気分であるが、この危機的状況を打破するには、


【そこら辺にいる独り身のオッサン】


という人生を歩んだ前世と、


【盗賊に集落を襲われて両親を亡くした少年】


という今回の人生の知識の全てを総動員しても答えはなく、サスペンスドラマなら一番の見せ場の崖っぷちシーンだというのにCMをまたがずこの後すぐ、どうしてお怒りになっているかは知らないが大変ご立腹のイノシシ魔物さんの突進にて、どうやら僕は腹を牙でえぐられて死ぬか、崖から突き落とされて死ぬかの二択を迫られているらしい。


その二択以外の選択肢となると、勢い余ってイノシシが崖からダイブする事を祈って突進をかわすぐらいであるが、イノシシは案外速いし、そこそこ小回りもきくのを前世で田舎育ちだった記憶から知っているから、そもそも避けきれるかすら不安である。


それに、突進を運良く左右のどちらかにかわして逃げたとしてもイノシシが崖をオーバーランして落ちない事には先程までしていた鬼ごっこの繰り返しで、森から外れたこのあたりでは隠れる木々も周囲にはなく、見晴らしの良い平原にて原付並みの速さで走るイノシシ魔物にいずれは轢き殺されるのがオチだろう。


『さぁ! なら、どうするんだい!?』


と自分に聞いてみるが、脳内の自分たちは軒並みパニック状態で、まともな意見など出てこない。


しかし、僕を証拠や推理ではなく物理で追い詰めるイノシシ魔物(ニセ船越さん)は空気を読まずにあたふたしている僕を嘲笑うかの様に地面をカッカと足で掻いたかと思うと、どうやら僕をカチ上げて崖から落とす選択をしたらしく頭を低くしたまま突進してきたのだった。


僕がいよいよ、


『もうダメだ!』


と思ったのと同時に、前世の記憶からなのだろうが頭の中には、


『頭を低くしてると跳び箱みたいだなぁ~』


などと、呑気にイノシシのフォルムについての感想を言っている自分もいる。


しかしそれは前世での人生経験分だけ肝が座っただけであり、状況的に余裕が有る訳ではない。


相変わらずこちらに向かって突進してくるイノシシ魔物に自分の目のピントが集中し周囲の視界の色が消え、必要でないのか辺りから聞こえる筈の音が一切消えて無音になり、そして走馬灯の上映が脳内で開始されるかという正にその時、


『どうせ死ぬならチャレンジしてやれ!』


というヤケクソ気味な意見が賛成多数で脳内会議にて可決され、ここに、


【崖っぷちギリギリでのイノシシ跳び箱チャレンジ!】


が走馬灯の上映の代わりに開催される事になったのである。


急遽決まったチャレンジの為に練習は勿論のこと何の準備もしていないが、前世の記憶から、


『突進してきているけど、跳び箱の二段か三段ぐらいの高さだろ? イケるイケるぅ! だって六段ぐらい平気で飛べたから』


と変な自信が湧いてきた僕は、前世の子供時代の記憶を引っ張り出し、


『目は跳び箱の向こう』

『手は出来るだけ奥』

『怖がらずに勢いのまま』


などと、おまじないの様に頭の中で跳び箱のコツを繰り返しながら、ギリギリまで迫りくるヤツを待ってから自らもイノシシに向かい走り出す。


まさか獲物である僕の方からも突進してくるとは思わなかったのかイノシシの表情が一瞬動揺した様にも見えたが、あちらとしても些細な事だったのかすぐに突進に集中し直す事にしたらしい。


しかし、驚いて一瞬速度が落ちたその刹那を逃さなかった僕は、


「どりゃあぁぁ!」


と、威嚇の声を上げながらイノシシ跳び箱の前で全力で踏み切り宙に舞う。


奇声と共に予想外の動きをする僕に再び驚きながらもイノシシは低くしていた頭をカチ上げて牙で僕の体を串刺しにしようとするが、その時の僕は既にイノシシの腰辺りに手をついて体を振り抜く段階に移ろうとしていた。


だが、順調にチャレンジは成功に向かっている様に見えるかもしれないが、僕の方も大きな誤算があり、実は空中にてかなり焦っていたのである。


それは、『ロイター板無いじゃん問題』だ。


思い出補正もあり華麗に飛んでいた跳び箱の記憶も、ロイター板の助けがあればこそで、普通の地面からのジャンプではイメージしていた高さまで体が浮かずタイミング的にもズレてしまって、


『ヤバい、ヤバい、ヤバい!』


と頭の中ではチャレンジの失敗を危ぶむ警報が鳴り響き、なんとか空中にて体制を保ちながら、


『踏み切り板が無くても勢いだけは十分だからっ!』


などと、今回は自分だけではなくて跳び箱側も助走をつけて向かって来てくれている事で、


『滞空時間が少なくても向こう側に飛べる筈だ!』


と希望にも似た予想を根拠に自分に言い聞かせている己の声を信じて、やや低空飛行ながらグイッとイノシシ魔物の腰近くに着いた手に力を入れて体を振り抜く為に足をピンと開脚させる。


だが、そんな低空飛行の跳び箱チャレンジを黙って見逃すイノシシ魔物ではなく、空中で開かれた人間の急所でもあり太い血管が通る内腿辺りに牙を食い込まそうと奴が頭を振り上げると、


「ビッ!」


という短い音と共に僕の体が空中で失速するのを感じた。


『何か破けた?!』


とは思うが、得に痛みは感じておらず、減速はしたが完全に勢いが死んだ訳では無い事から、どうやらズボンが牙に引っかかっただけらしい。


だが、失速して空中にて完璧にバランスを崩した僕は、イノシシを飛び越える事には成功したが予定外の位置に胴体着陸する羽目になり、既に怪我をしている左腕など気にならないぐらいにあちこち擦り剥いて、地面に強か打ち付けた各所から痛みの信号が脳に届きはじめているが、


『それよりも!』


と、僕はボロボロのままで飛び越えたイノシシを確認するが辺りに奴の気配は無い。


「おや?」


と、頭を高く上げて更に遠くを確認しようとした瞬間に、


「ドベシャ!」


という何とも汁っぽい衝突音が崖の下の方から聞こえたのだった。


痛む体を引きずる様に恐る恐る崖の縁まで這っていき下を覗きこむと、そこにはつい先程までイキイキと走り回っていたイノシシ魔物が変わり果てた姿で横たわっており、ピクリとも動かない…というかむしろ動いた方が不思議なぐらいにクラッシュしたイノシシ魔物を確認した僕は、やっとそこで、


「助かった…」


と、己の生の喜びを噛み締めていたのであった。



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