第19話 疲れる1日
もうあの男たちのせいで、踏んだり蹴ったりで…いや、押されて転んだりかなだな。
まぁ、購入したばかりのミルクとハチミツは勿論、ついにボロボロな上に見習い錬金術師用の教本や問題集という中身までしっかりとハチミツまみれになったカバンまで、
『そろそろお別れの時か…中身ももう用済みだろうし、要らないかな?』
と諦める事になり、当面は市場の野菜などを入れる麻袋が僕のメインバッグになってしまった。
まぁ、今日のミルクムギチャの材料にミルクやハチミツを買い直したらそれしか鞄のかわりになる物が買えなかったというのが正直なところで、
『これは今日のミルクムギチャは売り切れても赤字かもなぁ』
と、屋台の開店前から気持ちが萎えるスタートであった。
待ってくれているマダムを中心とした常連さんがいるからと笑顔で屋台をオープンし、今日もベン坊やがご出勤してくれてマダム達をその可愛らしさで吸い寄せる。
『ならお姉ちゃんのパンの屋台にも呼び込み係で行ってあげなよ』
と思うのだが、チカさんの屋台の常連さんは彼女が既婚者と知ってか知らずか、男のお客さんがメインであり、マダムが増えるとチカさん目当ての常連さんは、ご近所マダムの前では恥ずかしくてチカさんに声がかけられないのか、いつもより男性のお客さんが減るらしく、
「終わるまで端っこで待っててね」
という流れでベン坊やは僕と出会ったらしく、今では僕が屋台をオープンさせると、ベン坊やは、
「仕事に行ってきます」
と、キリッとした顔でお姉さんに報告してからウチの屋台に出勤してくるらしい。
そんなベン坊や効果で本日もマダム達がウチのミルクムギチャを片手に、僕の屋台の側で、
「あっちの野菜が安かった」
とか
「あそこの肉は鮮度が悪かった」
などと、いつもの買い物談義を楽しんでいるのを、
『平和だねぇ、この分なら売り切れも間近かな?』
などと飲み終わったコップをバケツに汲んだ水を使い、
『ひぃ~、今日もキンキンに冷えてやがるゼ!』
と、時期的に嬉しくない温度を我慢しながら洗っていると、ウチの屋台には珍しい男性客が、
「俺にも一杯くれるか?」
と言って銀貨を一枚、ウチの屋台のテーブル代わりの木箱にコトッと置くのだ。
木箱の上の銀貨を見て思考が一瞬止まった僕だが次の瞬間にはジワジワと、
『ふざけんな、銅貨ならギリギリお釣りが出せるが銀貨なんて! 鉄貨一枚だぞ、大の大人が鉄貨も持ってないのか!!』
と、怒りにも似た文句が喉元から現実世界に飛び出しそうになる。
しかし、
『商売だよ。 お客様だよ。 はい、スマ~イル!』
と、土俵際で大人な自分が宥めてくれて、何とかそれを頑張って飲み下した僕は、落ち着いた口調で、
「すいませんが、お釣りがありませんので…」
と丁寧にお断りするが、本当は、
『鉄貨を出せよ! 無いなら帰んな』
という気持ちである。
しかし寒さからかフードを目深にかぶった男性は、
「釣りは不要だ」
などとキザなセリフを言いやがる。
『人が貧乏だと思いやがって、どこの金持ちだよ。 普段なら飛び付くだろうが今日の僕は嫌な事続きで、この後も面倒臭い予定が詰まってるんだよっ!』
と、出所が不明な反骨精神から、
『誰が貰ってやるものか!』
との気持ちから僕はその銀貨を突き返して、
「初めてのお客さんなら今回だけサービスしますよ。 その代わり気に入ってくれたらまた来て下さい」
と言ってミルクムギチャを一杯、この金持ち冒険者風の男性に奢ってやったのだった。
『ふっ、僕の勝ちだな』
と、僕が勝手に敵視して、僕が勝手に仕掛けた身勝手なルールの相手も気が付かない、
『成金さんからは絶対に金は受け取ってやらないし、むしろ奢ってやるぜ!』
という【平和的タイマン勝負】に勝った事で、僕という小物が少しだけ満足しただけの結果であった。
しかし、そんな事とは知りもしない男性は渋々であったが銀貨をポケットに仕舞い、
「すまんな、次は細かいのを持ってくる」
とは言ってくれたのを聞いて、完全勝利気分の僕であったが、ふと、
『あれ? もしかして、こういう手口の詐偽か?! 巧妙な…』
などと思ってしまった僕は、
「ははっ、無理に来なくても美味しかったらで良いですよ」
と、男性に対してちょっぴり素っ気ない返しをしてしまうと、それを見ていたベン坊やが、
「絶対甘くって、いい匂いで美味しいから、お友達も連れて買いに来てね」
と可愛くアピールしてくれていたのだった。
『そうだよな、まだ詐偽と決まった訳ではないもんな、ただの金持ちで銀貨と金貨しか持ち歩かないタイプかもしれないしな!』
と反省した僕は、商売人としての自分を見つめ直し、
「またのお越しをお待ちしていま~す」
とミルクムギチャを飲み終わった男性を元気に見送り、その後は気持ちも新たに真心を込めた商売を続けたのであった。
そんなこんなで完全にオープン前より財布の中身と鞄のランクもダウンした僕が屋台を片付けて待ち合わせ場所の解体場の裏口に到着した時には、楽しみなあまりに仕事を定時きっかりに仕上げたカサドルさんがテッカテカの笑顔で、
「おう、やっとお出ましか!」
と待っていたのであった。
正直なところ今日は朝一番から色々と有り過ぎてもう部屋で眠りたいというのが本音であるが、ミルクムギチャ売りだけで財布の中身を充実させるのはかなり大変で今日みたいなトラブルがあれば財布だけでなく精神的ダメージまで負ってしまうリスクまである。
だから、
『罠を無料で貰えるなら!』
と魂を売ったつもりでカサドルさんの自宅を経由して例の飲み屋へ向かったのであるが、
渡された足バサミなる罠を見た僕は、
『トラバサミじゃないか! アニメとかゲームで見た事があるけどこんな仕組みなんだぁ』
と感心しながら足バサミの罠を眺める横から、カサドルさんが、
「アルマの力なら片手でグイッとやるのは難しいだろうから、この両方の板を足なんかで踏んで下に下げて、噛みつく部分を広げてからこの中心の板の所にストッパーの…」
などと初めは丁寧に説明してくれていたのだが、結局早く僕の淡く散った恋バナに話題を変えたいカサドルさんは、
「あぁ、もう面倒だ! オイラがアルマぐらいの頃にウチの親父から教えてもらった説明はな」
と言うと、彼は小さなトラバサミを指差し、
「これがチ○コだとして、皮を剥いて毛を1本巻き込むと痛いが皮は戻らないだろ? アレと一緒! あと、男なら使い方は体で覚えるんだ以上!」
とだけ言うと、
「おい、みんな聞いてくれよ!」
と本題に入ってしまったのであった。
僕としては前世の記憶が有るから《《アレ》》の痛さも原理も理解しているが、果たしてこの罠がその原理と一緒かと言うと少々乱暴な説の気もする。
『あと、アルマ君はまだその痛みを知れる年齢ではない』
しかし、残された小さなトラバサミは、ウサギなどの大きさの魔物の足ぐらいしか挟めず『足バサミ』というのが一番しっくりくる。
カサドルさんのアノ説明でも分かるちゃあ分かるが、簡単にいうと、獲物に噛みつくための入れ歯のようなパーツの奥歯辺りの連結部分に跳び箱の踏み切り板のようなパーツがついていて、それを押し下げてから入れ歯を開ける。
そして、開ききった入れ歯パーツを花に例えると雌しべのあたりにある板にカサドルさん曰く【毛】というストッパーのピンを入れ歯パーツを押さえるように外側から雌しべに固定すると入れ歯が開いたままで固定されセット完了となる。
あとは獲物が真ん中の雌しべポジションを踏むと、チ○毛がはずれて入れ歯パーツがたたまれる仕組みだ。
ロイター板みたいな金属板を押し下げる事により根本に蓄えられていた反発力が入れ歯パーツの起動と共に解放されてアレの皮のように元の位置を目指して入れ歯パーツを絞り上げながら上部にせり上がり、最終的に獲物の足ごと入れ歯パーツを閉じた状態でホールドする。
『って、カサドルさんのおかげで自分なりに綺麗にまとめて理解しようとしたのに所々でチ○コが頭を過るじゃないか!』
などと僕が一人で悶々と足バサミの機構を理解しようてしている横では、既に僕が既婚女性にトキメキ散らかしたというかなり盛った話が楽しげに話されており、店の親父さんまで、
「アルマ…今日は腹一杯食え」
と、煮込みやらなんやら詰め込む飯を僕に提供してくれ、盛り上がる常連さん達に囲まれて、僕一人だけ失恋レストラン状態で半泣きで飯を掻き込んだ。
そして、罠も貰い、腹も満たされ、そして精神をすり減らした僕は、
「お先に失礼します」
とだけ言い残して、僕の話題でキャッキャウフフしているカサドルさん達を残して店を去ったのであった。
『もう帰って寝ます! なんならちょっと泣くかもしれないけど、ふて寝してやりますからっ!』




