第17話 甘く優しい囁き
とりあえず魔力なるファンタジーっぽ力が自分の中にあると分かっただけで、僕は何だか色々と、
『イケそうな気がするぅ!』
と気持ちが大きくなったので、ベッドから飛び起きたそのままの勢いで、
『あれから半月経ったから二回目にチャレンジだ!』
と、身支度を整えると錬金ギルドへ向かった。
到着した錬金ギルドにて、前回僕が不合格になり肩をガクッと落として帰ったのを錬金ギルドの職員さんも覚えてくれていたらしく、
「アルマ君だったね。 そろそろ来ると思ってたよ」
と言って朝イチで利用者のまばらな錬金ギルドの中で、一番静かそうな奥のカウンターに案内された僕は、
「見習い錬金術師試験をお願いします!」
と注文し、カウンターに受験料の銅貨五枚をヂャラリと置くと、前回も試験を担当してくれた男性職員さんが、
「おっ、今回は自信アリか? でも、あんまり意気込むと実力が出せないぞ」
とアドバイスをくれ、
「まぁ、アルマ君ぐらいの歳でチャレンジする子は希にいるけど、普通は学校の錬金術師学科を出るか出ないかぐらいの歳の子が受ける試験だからリラックスして気楽にね」
と言って、カウンターの向こう側の棚の中から前回も見た厚紙でサンドイッチされた紙の束を取り出すと、その職員さんはパラパラと中を確認し、
「よし、ページの抜けもなし」
と言いながら、僕の前にその厚紙のファイルを置いてから、
「二回目だから知ってると思うけど、試験用紙は終わった後に返却はしません。 何点だったかもお伝えしません。 合否のみの発表となります」
などと試験の注意点を説明すると、職員さんは流れるような慣れた動きで、カウンターの下から魔石式ランプを取り出し、
「はい、ではね。 このスライムの粒魔石の魔力がなくなって魔石式ランプの光が消えたら終了ですからね。 ランプ消灯後に一文字でも記入した場合は失格ですので、時間ギリギリまで記入しなくて良い時間配分で、後半は書き間違えチェックにあてるぐらいがオススメだよ」
と前回にはなかったアドバイスをくれ、この日の試験はスタートとなった。
スライムの粒魔石でランプが光っている時間は個体差で多少のズレはあるが、1時間程と聞いている。
全ての回答が書き問題のためにチンタラ記入しているとタイムオーバーでの失格の危険性もあるが、急いで書いて汚い文字だと、
『読めないからバツね』
と、なってしまう。
この見習い錬金術師試験には、読み書きという国語要素と薬の調合を使った計算問題まで入っている複合科目的な側面があり、嫌らしい事にテストの採点結果を教えてくれないので、
『字が汚かったのか』
『計算ミスだったのか』
『普通に勉強不足だったのか』
などの手応えがないままで、自分の苦手科目を重点的に頑張るという勉強方法が使えないのである。
『もう1から10まで穴が無いように繰り返す勉強の日々は今日で最後にしてやる!』
と、僕は時間に急かされながらも自分が書ける最大限に綺麗な文字を解答欄に書いては次のページへ進んでいく。
そして最後のページを書き終えると回答用に用意された羽根ペンを置いて見直しを開始した。
『よし、これでタイムオーバーでの失格はない! この問題も大丈夫、その次も自信ありだ!』
と、前回より確実に出来た感覚のある答案に無意識に笑みが出ていたようで、試験官である担当のギルド職員さんが、
「おっ、自信が有りそうだし、前回とは違ってだいぶ時間が余ってるっぽいね。 時間内に提出しても良いんだよ?」
と聞いてくれたのだが、やっぱり少し不安が残る僕は、
「いえ、もう一回見直します」
と答え、二回目のチェック中に魔石式ランプの明かりがジワジワ弱くなり、予告なしにフッと消えたのだった。
「はい、そこまで」
と試験の終了を告げる合図と共に、僕は、
『今回のこの手応えで失格だったらどうしよう?!』
と今頃になり不安が育ち盛りの子供より急激に大きくなり、その重みに潰されそうになる。
しかし、あとは結果を待つのみの僕は、カウンターの向こうのデスクで採点をしている職員さんの手元や答えと答案用紙を見比べる目線を、
『頼む、目線を止めて間違えているかなってじっくり確かめないで! スムーズに次の問題へ行って』
と祈りながら見つめる事しか出来なかった。
試験の時間はほぼ1時間で、僕の体感では数時間は格闘した気がする試験問題であったが、採点はサクッと終わったらしく職員さんは答案用紙から眼を離して無表情のままこちらを見つめる。
そして、永遠にも感じる数秒の後に彼は「ニカッ!」と太陽の様な笑顔になり、ぐっとと親指を上げて、
「合格」
とだけ伝えてくれたのだった。
僕はこの瞬間、今日という日まで聞いたこともない高名な錬金術師の名前や功績を必死で覚えた日々が思い出され、グッと込み上げる熱い感情に涙腺が崩壊しそうになるが、本当の意味で涙腺が崩壊したのは、担当の職員さんが、
「ではギルド証を作るから、登録料銀貨三枚ね」
の台詞を聞いた後だった。
職員さんは、
「ほらほら、勉強が大変だったのは分かるけど、男の子が泣くんじゃないよ…ズズッ」
と、僕の涙にもらい泣きしそうなのを鼻をすすって我慢しているが、僕の本音としては、
『違います…お財布の中身が危険水域まで来たから、今後の生活が不安になって涙が溢れただけです』
とは言えない。
僕は試験に合格する事に集中し過ぎて、登録料の事をすっかり頭の何処かにしまったままにしていたようで、
『そうだ、銀貨三枚だったよね』
と、不意打ちパンチを食らった気分で、合格の喜びが生活の不安に掻き消されてしまい、切ない気持ちから涙が溢れている。
それから手続きを無事に済ませて、錬金ギルドのネックレスタイプのギルド証を渡してもらい、担当してくれた職員さんに、
「ありがとうございました」
と必死で感謝の言葉を絞り出すと錬金ギルドを出たのであるが、大通りに立つ僕の視界はグンニャ~っと歪み、
「銀貨ゼロだよ…いや、銅貨は10枚あるから実質ギリギリ一枚分はあるけども、ミルクムギチャの材料の仕入れで1枚は必要だから今日も屋台を出すなら午後には無くなるよ。 たぶん日々の飯代はミルクムギチャの屋台を続ければ賄えるが、所持金は殆んど増えないんだよ!? それでは錬金素材や教材を買うために頑張った見習い錬金術師試験は何だったんだろうってなるじゃないか!」
と心の声がだだもれ状態の独り言をブツブツと焦点も合わない目のまま呟いていた。
まぁ、貧乏なのはムギチャの権利の登録やらミルクムギチャのレシピ登録料でゴッソリいかれたのが一番の原因だと理解はしている。
正直な話ミルクムギチャでは1日に材料費を抜いた儲けは銅貨二枚と少しであるので、
『元を取れるのはいつなのよ!』
とは僕も思っている。
なら冒険者仕事の方が稼げそうだが、この時期の依頼は食べ物が減って牧場を襲いに来た森狼の群れの撃退だの、秋蒔き小麦の畑が跳ね鹿やダッシュボアの群れに荒らされたから殲滅して欲しいだのと、武器を手に入れたがスライムしか倒した事のない僕には逆立ちしてもどうこう出来るものではない。
『なら、依頼を受けずに狩りをしたら成功報酬は無いが、失敗した時の罰金も無いから安心でしょ?』
と思うかもしれないが、そもそも僕が何とか倒せる小型の魔物なんて春まで冬眠して肉食魔物から隠れていたりしており、冬眠はしない小型の草食魔物である角ウサギなんて、あのスピードとジャンプ力に鋭い角と勝てる要素が無いのである。
「どうするのよ」
と、懐が寂しくて寂しくて僕が道端で震えていると、
「おっ、アルマじゃねぇか! どうした大通りで突っ立て…あっ、あれか女の子にでもフラれたか!? 死にそうな顔してるもんな」
などと、微妙に合っている部分もあり強く否定出来ないようなセリフを言いながら現れたのは冒険者ギルドの解体場の職員であるカサドルさんであった。
「カサドルさん、今日はお休みですか?」
と当たり障りの無い質問で心を落ち着けようとする僕に、カサドルさんは、
「バカ言え、今日も仕事だよ。 解体場なんて午前中に獲物を持ち込む奴は罠を使う狩人崩れだけだから、解体職人の本番は昼からだ」
などと言いながら僕の肩をガッチリホールドしたかと思うと、
「で、アルマよ、オイラとアルマはもう飲み仲間だよな」
と言って僕にニチャリと微笑みかけると、
「冒険者ギルドまで歩きながら《《その》》フラれた女の子の話を聞こうじゃないか、友よ!」
と完全に次にあの行きつけの酒場で酒の肴となる話題の香りを嗅ぎ付けたカサドルさんがグイグイと話を聞いてくる。
僕は、
「いや、失恋とかでは…」
と、はぐらかそうとしたのだが、どうやらカサドルさんは勘が鋭いのか、
「バカか!? 男があんな死にそうな顔してボーッとする時は、女にフラれたか、賭け事に負けて金が無いか、仕事でやらかした時ぐらいだ」
と全ての項目が当たりでは無いが、全体的にニアミスしている為に無意識にドキっとしてしまったらしく、その動揺がどうやら僕の顔に出ていたのだろう。
僕の肩に回されたカサドルさんの手にグッと力が入ると、
「ほれ、思った通りだ」
と言って、それはそれは眩しい笑顔になり、
「逃がさないぜ、アルマ」
とカサドルさんは僕の耳元で甘く、そして優しく囁くのだった。




