第16話 小さな喜び
午前中に軽く見習い錬金術師の試験勉強をしてから、お昼ご飯をどこかの屋台で買って、自分の屋台の準備をしながら食事を済ませて、おやつ時を狙って開店する僕のミルクムギチャの屋台の売上目標は1日に30杯で無くなり次第店じまいというスタイルにしている。
頑張れば50杯も行けそうであるが、お客さんたちに飽きられても駄目だと思うので、
『飽きない程度の商いを!』
というのを心がけ、
「えっ、終っちゃったの?!」
とか、
「明日はもう少し早く来なきゃ!」
と言われるラインをわざと目指しているのだ。
そして、常連のお客さんとは別に、どうやらウチ屋台を気に入ったらしく毎日の様に初日にお客さんを呼び込んでくれた招き猫少年のベン坊やが、今日も、
「いらっしゃいませぇ、甘くて美味しいですよぉ~」
などと客引きを手伝ってくれているので今日もマダムを中心にウチのミルクムギチャの屋台は商売繁盛である。
そんなマダムキラーな彼へのお駄賃は甘めのミルクムギチャ一杯と、鉄貨二枚と決めている。
一回のお手伝いとして5歳児に渡すお駄賃の現金にしては少し高いと感じるかも知れないだろう。
しかしこれはこの露店通りの少し先で僕みたいにパンの屋台を開いているベン坊やのお姉さんであるチカさんが、関係しているのだ。
彼女の仕事が終わる夕方近くまでは、僕がウチの屋台の片付け作業の片手間でベン坊やの数のお勉強やら、文字のお勉強を見て過ごすのも僕の見習い錬金術師の試験勉強の良い息抜きになっているので別に良いのであるが、
「今日もすみません、子守りをさせちゃって…」
と、ベン坊やのお姉さんのチカさんが自分の店が終わると僕の夜食用に売り物のパンを一つ差し入れしてくれるの為に僕は少し気を使ってしまっている。
チカさんはベン坊やの子守りの代金としてパンをくれるが、僕はそのパンの代金をベン坊や本人にウチの屋台のマスコットとして働いてくれたアルバイト代としてコッソリ支払っているという流れである。
そしてベン坊やに支払われた鉄貨はベン坊やの数の勉強用の教材として有意義に使われているのである。
おかげでベン坊やは、十まで数えられるのは勿論のこと、何と何の数で十になるかの簡単な計算もたまに指で確認するが、結構スパッと答えられる様になっている。
『うん、偉い!』
と個人的には思うが、前世の記憶が生えるまでの自分が計算が苦手だったのたので、ベン坊やが凄いのか、僕がアホ過ぎたのかという判断に困ってしまう。
まぁ、普通のお子さまの学力についても、集落の同年代は、
『勉強? それって強いの??』
みたいなオルス君と、
『お勉強なんて嫌い! オルス君のお嫁さんになるから遠くの学校なんて行きたくない』
などとグズっていたルーチェちゃんしか知らないので参考にならないので、
『まぁ、ベン坊やが賢い事にしておこう』
という事に落ち着いた。
そんなベン坊やは、毎日ウチの屋台に呼び込みのお手伝いに来れば二枚増える鉄貨を数え、十枚貯まれば銅貨に替えてあげたりすると完璧にお金の数え方をマスターしたので、早くにウチの屋台が店じまいになるとベン坊やを連れてちょっとした知り合いの露店で実際に買い物をさせている。
なので今ベン坊やがお気に入りで背負っている小さなリュックと暖かそうな小さな手袋は、僕の服を見繕ってくれたおばちゃんの古着屋の露店で購入され、支払いもちゃんとベン坊やがお金を数えて自分のお財布から支払っている。
ちなみにベン坊やのお財布である革の巾着袋は初日の屋台のお手伝いのお駄賃で僕が買ってあげた物で、貰ったお財布を自慢したベン坊やを見てチカさんは、
『弟がおねだりしたのかも!?』
と焦っていたので、僕から、
「ウチ屋台の呼び込みを手伝ってくれて大変助かりましたので、お駄賃がわりですから怒らないであげてください」
とお願いをして、お姉さんのチカさんには、
「ベン坊が居ると奥様方がベン坊目当てに来てくれて助かっているので、たまにお駄賃をあげても良いですか?」
と許可をもらっているので、リュックや手袋の時もチカさんは、
「いつもすみません」
と僕に礼を言ってくれ、ベン坊やには、
「ベン、良いの買ってもらったんだね」
と言っていたので、まさかベン坊やが自分で稼いだ分の自分のお小遣いで、実際に買い物が出来るまでに成長しているとはお姉さんであるチカさんも気がついていないご様子である。
そんなベン坊やからは、
「数はだいぶ数えられるようになったけど、文字が全部読める様になるまでは内緒にしててね。 お姉ちゃんとガトーお兄ちゃんをビックリさせるんだから!」
と、口止めをされているので、チカさんにネタばらしをするのはまだもう少し先の話になると思うが、
『いつまでベン坊やのお勉強熱が続くかだな…そのうち飽きて来なくなるかもしれないし』
と急な別れを考えて、この姉弟にあまり深入りしない様に自分に言い聞かせる僕であった。
『ほら、僕って冒険者だし、春には集落に帰っちゃうし…うん…絶対にチカさんがもう既婚者だからとか、ぜんぜん関係無いんだからねっ!』
という事で、冒険者の子供として暮らしだったチカさんとベン坊やは三年前にお母さんが病気で倒れ、パパさんが冒険者仕事をがむしゃらに頑張って薬代を稼いでいたのであるが、残念ながらママさんは病気で虹の橋を渡ってしまい、心にポッカリ穴が空いた様になったパパさんは普段しないようなミスをして依頼で挑んだ魔物に返り討ちにあってママさんを追っかけて虹の橋を渡ってしまったらしい。
そして姉弟二人となり、住む家すら失った時に支えてくれたのがガトーお兄ちゃんというパン職人さんで、パン窯つきの家を買う為に今は節約に節約を重ねた生活で、数ヵ月前に結婚したガトーお兄ちゃんとチカお姉さんは結婚パーティーも我慢してガトーお兄ちゃんの師匠のパン屋さんの部屋を間借りしてベン坊やと暮らしているのだそうだ。
だから服装まで手が回らず、初めて僕がベン坊やを見た時にスラムっ子と見間違えた理由がそれである。
パン屋の窯の空いているタイミングでガトーお兄ちゃんが焼いたパンをチカさんが売っているという…
『はい、そうだよっ! 僕のこの世界での淡い初恋は始まる前に強制終了しましたよっ!!』
というオチである。
あんな若いお嬢さんにドキドキしたのは子供であるアルマ君の感性なのか、オッサンも惚れてしまう程の姉としてベン坊やを守る母性にやられたのか、今となってはもうどうでもよくなった僕は、
『あぁ~あ、見習い錬金術師試験だけに集中しよっかな…うん、そうしよう!』
とまぁ、ヤケクソ気味に勉強に打ち込む決意をしたのだった。
そんな事があり片手間でミルクムギチャの屋台をやって、夕食後に試験勉強をして、寝る前に魔術の練習で水を作り出そうと紙に書いた魔方陣の中心に置かれたコップを見つめながら集中を繰り返す。
『本当はこの魔方陣も錬金ギルドで売ってる特殊なインクで書けば魔力を魔方陣の形に流し易くて良いらしいんだけど、そのインクも見習いに合格しないと売ってくれないからなぁ~』
などと心の中で文句を言いながら、
『どうせ今日も無理だろう』
と諦めかけたその時に、
「チョロ」
と水っぽい音が聞こえ、
『おや、冬の雨か?! 明日は屋台は休みだな』
と考えた僕は、
『なら午前中に麦茶を作らなくても良いな…ならもう少し頑張るか!』
と魔方陣の中心に置いたコップに手をかざして、
「ふん、ヌヌヌっ」
と、魔力とやらは何処に力を入れて絞り出せば良いかまだよく理解していない僕は、全身に満遍なく力をいれつつ集中すると、
「チョロ、チョロチョロチョロ」
とかざした手の少し先の空中からコップに向かい水が注がれていたのだった。
「やった!? マジで?!」
と一番本人が驚いてしまっているが、
『魔法だ、魔法が使えた!』
と、最近良いことがなかった僕に久しぶりに訪れた嬉しい出来事がコレである事に少し寂しくて泣きそうな自分が居たが、それよりもキレの悪いオシッコの様に、
「チョロ、チョロロっ…チョロリッ」
と聞こえる水音に、
『ヤバい、嬉し涙じゃなくてオシッコに行きたくなってきた!』
と、危うく冒険者ギルド宿の部屋にて嬉ションをかましそうになりながら、ダッシュでトイレへと向かい、帰ってきた自室にて、
『また水が出せるかな?』
と再び水生成魔法を試して、再びキレの悪いオシッコみたいに空中から生み出される水音に、
『やべ、またトイレに行きたいような気がする』
という流れをあと二回してから疲れて眠りについたのだった。




