第9話 ありがとう
もし、この俺の行動を他人が見たのならば、あの神様が言ったとおりに「馬鹿」なんだろう。
真琴は他人だ。
家族でも友人でも、何でもない。
ただ、タイムスリップをしてしまった俺に優しくしてくれた、男まさりな女の子。
そんな赤の他人のために、また過去へ行くなんて──本当に、どうかしているよ。
「──!」
ハッと気がつくと、そこは、身が縮むような寒さの中だった。
見渡せばそこは、真琴と会話をしたあの公園。
ここが一九九九年の冬だと、すぐに理解した。
「今は……夕方?」
あたりは夕焼け色。黄昏時だ。
春から冬に飛ばされた俺は薄着のまま。
あの神様に文句も言ってやりたかったが、望んだのは自分なので仕方ない。
それに、俺がここに来た理由は……。
(真琴……真琴はどこだ!?)
俺は足を動かすと、寒い過去の公園を飛び出した。
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第9話 ありがとう
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すぐに真琴は見つかった。
公園を出た近くの交差点で、買い物袋をぶら下げ歩いている彼女を見つけたのだ。
相変わらず、少年に間違われやすいパンツスタイルだ。
「おい! 真琴!」
「え?」
真琴は振り返る。
そして同時に、俺は思い出す。
俺は神様の少女に「真琴が事故に遭う前に飛ばしてくれ」と頼んだのだ。
だから──あれは。
振り返った真琴の向こうに見える、あの車は。
猛スピードで走ってくる、あれが。
「……!!」
手を差し伸べた。
真琴の体に届くように、俺は飛ぶ。
その瞬間は、まるでスローモーション。
真琴の体を、引き寄せた瞬間。
いろいろな声が、聞こえた。
「冬休みのあの日、姉はいつものようにおつかいに行っていて、その帰りに車に……」
大丈夫だ、涼くん──君を天涯孤独になんか、させない。
「バカ、クビになりてぇのか! さっさと帰ってクソして寝ろ!」
波多野、悪い。
お前には迷惑ばかり、かけちまった。
「人の死は変えられぬぞ」
そんなのやってみないと分からないだろ? 神様。
「そっか。なら」
「未来は明るいね」
…………真琴!
ガンッ!
と、電信柱に叩きつけられたのは、俺の体。
背中を強く打ちつけて、近くを走り抜けた車の排気ガスにより目を閉じた。
「いってえ!」
「ぐえっ」
腕の中で、真琴はカエルが潰れたような声を上げた。
遠のく車からは、小さなクラクション音が鳴り響いていた。
きっと脇見運転をしていたことにようやく気づき、車内でまぬけに暴れているんだろう。
まわりでは通行人が、心配そうに遠巻きに俺たちを見ているが、声をかけることなく通り過ぎていく。
でも俺はそんなことよりも、腕の中の真琴が──まだ生きている真琴が信じられなくて。嬉しくて。
ただ呆然と、彼女の顔を見つめた。
「お兄……さん?」
「……大丈夫か?」
「えっ、何でここに? 帰ったんじゃなかったの?」
真琴は俺から体を離すと、目を大きく見開きながら聞いてきた。
助かった──助けられたんだ。
深く、息を吐く。
まだ答えられずにいる俺に、真琴は戸惑っている。
混乱しながらも腕を組んで、車が走り去った方向を見た。
「ていうか、さっきの車、なんだあれ! あっぶなかったよなー」
「……はは。本当に」
まさかあの車に轢かれるところだったとは、真琴は夢にも思わないだろう。
そんなこと、知らなくていい。
知らなくてもいいんだ。
「…………お前に言い忘れてたことがあって、戻ってきたんだ」
「え?」
俺はようやく電信柱から背中を離すと、真琴と向き合った。
前より髪が、少しだけ伸びている。
ちょっとだけ女の子らしく見えた彼女。
俺は、そう──言わなくちゃいけないことが、あるんだ。
「真琴……ありがとう」
「!」
「俺、お礼も言わずに帰っちまったから、気になって……またタイムスリップしたんだ」
「え、それだけのために? あはは! お兄さん律儀だなぁ」
真琴は無邪気に笑った。
「そんなに簡単にタイムスリップって、できるの?」
「いや、けっこう大変だったんだ」
「ふーん? そうなんだ」
もしかしたら、真琴は俺のタイムスリップの話なんて、半分くらいしか信じていないのかもしれない。
でも、いいんだ。
信じてもらえなくても──俺はただ、伝えたいだけなのだから。
「なぁ真琴。こっちではもうすぐ、平成が終わるんだ」
「えっ、そうなの!?」
「うん。でもな、俺……平成に生まれて幸せだなって、思うよ」
「?」
真琴は知らない。
未来に、日本で数々の大震災があることを。
目をつむりたくなるような、悲しい事件があることを。
格差社会だの監視社会だの、窮屈な世の中だなんて言われて、日本の未来は暗雲だらけだというような意見を、人々が口にすることを。
でも──でも俺も、知らなかったんだ。
暗く見えた世界にだって、明るく光差す場所は、いくらでもあるってことに。
まわりの人たちが優しくて、自分は多くの人に助けられていたってことに。
夢や希望を見ている子どもたちが、まだまだたくさん、いるってことに。
だから、未来は暗いなんて、決めつけちゃいけない。
きっと、どんな時代だって、辛いことも悲しいこともあるんだ。
自分が生きた時代だけを見て、不幸ぶるなんてもったいないよ。
見渡せば──優しくて温かいものも、きっとあって。
でも、そういった優しくて温かいものたちの声は、思慮深く潜んでいるから、届きにくくて小さくて。
でも──あるんだ。
確かに、そこに。
真琴。
君がそれを、俺に教えてくれた。
「だから、ありがとう。真琴」
「はあ」
真琴は、よくわかっていない顔をする。当たり前だよな。
俺は苦笑して、頭をかいた。
「じゃあ、俺は行くわ」
「えっ、もう戻るの? 久しぶりなんだから、もっとお話しようよ!」
その申し出は嬉しかった。
でも、これ以上真琴と一緒にいたらボロを出しそうで、俺は首を横に振る。
「駄目だ。これ以上ここにいると、未来に帰れなくなるんだ」
「そっかぁ……残念だな」
俺の嘘を簡単に信じて、真琴は寂しそうな顔をした。
俺は未練を断ち切るように、彼女に背を向けて歩きだす。
「じゃあな、真琴!」
「えっ、ちょっと、待っ……」
しかし。
俺は少し離れたところで立ち止まり、振り返って叫んだ。
「お前、少しは女の子らしくしろよな」
「! よ、余計なお世話だー!」
真っ赤になった真琴に笑って、俺は立ち去った。
さぁ────これから、どうしようか。
◇ つづく ◇




