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第9話 ありがとう

 もし、この俺の行動を他人が見たのならば、あの神様が言ったとおりに「馬鹿」なんだろう。


 真琴は他人だ。


 家族でも友人でも、何でもない。


 ただ、タイムスリップをしてしまった俺に優しくしてくれた、男まさりな女の子。


 そんな赤の他人のために、また過去へ行くなんて──本当に、どうかしているよ。





「──!」



 ハッと気がつくと、そこは、身が縮むような寒さの中だった。


 見渡せばそこは、真琴と会話をしたあの公園。


 ここが一九九九年の冬だと、すぐに理解した。


「今は……夕方?」


 あたりは夕焼け色。黄昏時だ。


 春から冬に飛ばされた俺は薄着のまま。

 あの神様に文句も言ってやりたかったが、望んだのは自分なので仕方ない。


 それに、俺がここに来た理由は……。


(真琴……真琴はどこだ!?)


 俺は足を動かすと、寒い過去の公園を飛び出した。



■□■□■□■□■□■□


第9話 ありがとう


■□■□■□■□■□■□



 すぐに真琴は見つかった。


 公園を出た近くの交差点で、買い物袋をぶら下げ歩いている彼女を見つけたのだ。


 相変わらず、少年に間違われやすいパンツスタイルだ。


「おい! 真琴!」


「え?」


 真琴は振り返る。


 そして同時に、俺は思い出す。


 俺は神様の少女に「真琴が事故に遭う前に飛ばしてくれ」と頼んだのだ。



 だから──あれは。



 振り返った真琴の向こうに見える、あの車は。


 猛スピードで走ってくる、あれが。



「……!!」





 手を差し伸べた。





 真琴の体に届くように、俺は飛ぶ。






 その瞬間は、まるでスローモーション。






 真琴の体を、引き寄せた瞬間。




 いろいろな声が、聞こえた。







「冬休みのあの日、姉はいつものようにおつかいに行っていて、その帰りに車に……」






 大丈夫だ、涼くん──君を天涯孤独になんか、させない。







「バカ、クビになりてぇのか! さっさと帰ってクソして寝ろ!」








 波多野、悪い。

 お前には迷惑ばかり、かけちまった。








「人の死は変えられぬぞ」








 そんなのやってみないと分からないだろ? 神様。













「そっか。なら」



「未来は明るいね」









 …………真琴!











 ガンッ!


 と、電信柱に叩きつけられたのは、俺の体。


 背中を強く打ちつけて、近くを走り抜けた車の排気ガスにより目を閉じた。


「いってえ!」


「ぐえっ」


 腕の中で、真琴はカエルが潰れたような声を上げた。

 遠のく車からは、小さなクラクション音が鳴り響いていた。


 きっと脇見運転をしていたことにようやく気づき、車内でまぬけに暴れているんだろう。


 まわりでは通行人が、心配そうに遠巻きに俺たちを見ているが、声をかけることなく通り過ぎていく。


 でも俺はそんなことよりも、腕の中の真琴が──まだ生きている真琴が信じられなくて。嬉しくて。


 ただ呆然と、彼女の顔を見つめた。


「お兄……さん?」


「……大丈夫か?」


「えっ、何でここに? 帰ったんじゃなかったの?」


 真琴は俺から体を離すと、目を大きく見開きながら聞いてきた。


 助かった──助けられたんだ。


 深く、息を吐く。


 まだ答えられずにいる俺に、真琴は戸惑っている。

 混乱しながらも腕を組んで、車が走り去った方向を見た。


「ていうか、さっきの車、なんだあれ! あっぶなかったよなー」


「……はは。本当に」



 まさかあの車に轢かれるところだったとは、真琴は夢にも思わないだろう。


 そんなこと、知らなくていい。


 知らなくてもいいんだ。



「…………お前に言い忘れてたことがあって、戻ってきたんだ」


「え?」


 俺はようやく電信柱から背中を離すと、真琴と向き合った。


 前より髪が、少しだけ伸びている。

 ちょっとだけ女の子らしく見えた彼女。


 俺は、そう──言わなくちゃいけないことが、あるんだ。


「真琴……ありがとう」


「!」


「俺、お礼も言わずに帰っちまったから、気になって……またタイムスリップしたんだ」


「え、それだけのために? あはは! お兄さん律儀だなぁ」


 真琴は無邪気に笑った。


「そんなに簡単にタイムスリップって、できるの?」


「いや、けっこう大変だったんだ」


「ふーん? そうなんだ」


 もしかしたら、真琴は俺のタイムスリップの話なんて、半分くらいしか信じていないのかもしれない。



 でも、いいんだ。


 信じてもらえなくても──俺はただ、伝えたいだけなのだから。



「なぁ真琴。こっちではもうすぐ、平成が終わるんだ」


「えっ、そうなの!?」


「うん。でもな、俺……平成に生まれて幸せだなって、思うよ」


「?」




 真琴は知らない。


 未来に、日本で数々の大震災があることを。


 目をつむりたくなるような、悲しい事件があることを。


 格差社会だの監視社会だの、窮屈な世の中だなんて言われて、日本の未来は暗雲だらけだというような意見を、人々が口にすることを。



 でも──でも俺も、知らなかったんだ。



 暗く見えた世界にだって、明るく光差す場所は、いくらでもあるってことに。


 まわりの人たちが優しくて、自分は多くの人に助けられていたってことに。


 夢や希望を見ている子どもたちが、まだまだたくさん、いるってことに。


 だから、未来は暗いなんて、決めつけちゃいけない。


 きっと、どんな時代だって、辛いことも悲しいこともあるんだ。


 自分が生きた時代だけを見て、不幸ぶるなんてもったいないよ。


 見渡せば──優しくて温かいものも、きっとあって。


 でも、そういった優しくて温かいものたちの声は、思慮深く潜んでいるから、届きにくくて小さくて。




 でも──あるんだ。

 確かに、そこに。




 真琴。


 君がそれを、俺に教えてくれた。



「だから、ありがとう。真琴」


「はあ」


 真琴は、よくわかっていない顔をする。当たり前だよな。


 俺は苦笑して、頭をかいた。


「じゃあ、俺は行くわ」


「えっ、もう戻るの? 久しぶりなんだから、もっとお話しようよ!」


 その申し出は嬉しかった。

 でも、これ以上真琴と一緒にいたらボロを出しそうで、俺は首を横に振る。


「駄目だ。これ以上ここにいると、未来に帰れなくなるんだ」


「そっかぁ……残念だな」


 俺の嘘を簡単に信じて、真琴は寂しそうな顔をした。


 俺は未練を断ち切るように、彼女に背を向けて歩きだす。


「じゃあな、真琴!」


「えっ、ちょっと、待っ……」


 しかし。


 俺は少し離れたところで立ち止まり、振り返って叫んだ。


「お前、少しは女の子らしくしろよな」


「! よ、余計なお世話だー!」


 真っ赤になった真琴に笑って、俺は立ち去った。




 さぁ────これから、どうしようか。






◇ つづく ◇

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