第8話 願い
「何も知らずに、勝手に決めつけてんじゃねーよ!!」
口は止まらなかった。
俺は上司に向けて、心の奥底から湧き出る言葉を、勢いのままにぶつけていた。
「平成が暗かったって……これからも暗いって、お前が決めつけるな!」
平成に生きて、平成で死んだ真琴。
「明るい未来を夢見ていたやつも、いるんだ!!」
優しくて、自分が傷ついているくせに、他人の俺に優しかった真琴。
「お前が……俺たち大人が……! 暗いとこばっか見てるから、子どももそっちを見ちまうんだろ!!」
どうして。
どうしてお前が今、未来にいない!?
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第8話 願い
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「お前……誰に向かって口きいて……!」
「あんただよ! あんたみたいな奴がいるから、世間がなぁ」
「わ……わー! 百瀬、お前、熱あるんだろ!?」
波多野が急に割り込み、俺のおでこに手のひらを押しつけた。
「うわ、あちち! やっぱり熱い! ほら、帰った帰った!」
ぐいぐい背中を押されて、俺は困惑して振り返る。
「波多野、俺は熱なんか……!」
「バカ、クビになりてぇのか! さっさと帰ってクソして寝ろ!」
どうやら、波多野は俺を庇ってくれたらしい。
その背後でまだ上司がこちらを睨みつけていたが、俺はそれよりも、まわりの他のメンバーの視線にハッとなった。
そうだ。
今日は、お世話になった先輩の送別会で……。
「……失礼しました。帰ります」
やっと平常心を取り戻した俺は、いたたまれなくなりその場をあとにした。
カバンを手に取り、お金を多めにテーブルに置き、店の出口へと向かう。
その時。
「お兄さん、おにーさん!」
一人の若い店員に、声をかけられた。
「やるねぇ、俺、スカッとしちゃった! あいつの言うこと聞いてたら俺もムカついてさー。あのままだと、ビールぶっかけちゃうところだったもん」
「……ははは」
きみ、本当にビールぶっかけるよね。
そう言いかけたのをやめて、俺は居心地の悪くなった店を出る。
外の空気を、思いきり吸い込んだ。
夜だ。
まだ少し、酔いがあの時ほどではないが回っている。
ああきっと、怒鳴ったせいだ。
「本当にクビに、なっちまうかもなぁ」
夜風のおかげでいくぶんか冷静になった俺は、今後のことを考えてうなだれた。
でも、心はスッキリしている。
あーあ……バカだよなぁ、俺は。
(今度、波多野に礼を言わなくちゃな)
上司には恵まれなかったが、同僚には恵まれていたのだ。
そう認識して、今まで自分の視野がどれほど狭かったのかを、あらためて実感する。
世間は──世界は、広い。
自分のまわりのことだけで、すべてを決めつけるなんて愚かだ。
でもその愚かさに、人は気づかない。
だって、気づくにはあまりにも日々が目まぐるしくて──忙しくて。
でも。
確かに存在する。
自分の目から見るものとは、違う世界が。
「……ん……桜?」
気がつくと俺は、近所の裏通りまで来ていた。
小さな神社前を通り過ぎようとしている。
石段の上り階段先に鳥居があり、その向こうからチラホラと白い花弁が落ちてくる。
夜の黒に、白が舞う。
(桜が散るには、まだ早くないか?)
まだ満開でもないのに。
しかしこの風景に、俺の脳内がちかちかと反応していた。
これはそう──既視感。
そうだ。
俺はあの日……タイムスリップをした日も、小学校へ行く前に、ここを通ったんだ。
べろべろに酔っ払っていたから、今の今まで忘れていたけれど、確かに思い出した。
その時も俺はこうして、桜が舞っていたのを見上げて──。
「……あ!」
鳥居の向こうから、人が現れた。
着物を着た、色白の少女。
それはまさしく、過去の最後に見た、あの少女だった。
「お前……」
少女はすぐに背を向け、神社の奥へ入ろうとする。
「待て!」
俺は石段を駆け上ると、鳥居をくぐり神社へと飛び込んだ。
するとそこに、まるで俺を待っていたかのように、あの少女が一人で立っていた。
彼女のまわりで舞い踊る、桜の花弁。
でも神社の桜はまだ、つぼみのままだ。
「……何だ」
「何だって……きみ、何者なんだよ!?」
「私は私。何者でもない」
「!?」
何だこいつ。
何を言っているんだ?
「……しかし、お前たち人間から見ればきっと、神という位置に存在するのであろうな」
「……はぁ、神ぃ!?」
「そうだ」
もしかしてこいつ、やばい奴なのか?
頭、狂ってるんじゃねーのか?
でも──……狂っているのは、俺なのか?
こいつの言葉を、信じそうになっているなんて……。
「……あと、一回だ」
「え?」
「お前には、三回、時間を操るチャンスを与えている」
「時間を……操る?」
「そうだ」
少女はおもむろに、袖のたもとから巾着を取り出した。
大切そうにも、雑に弄んでいるようにも見える手つきで、それを揺らす。
「お前は最後の願いを、どうするのであろうな?」
「……!」
もし。
もし、この少女の言うことを信じるのであれば。
俺が二十年前にタイムスリップしたのは、過去に戻りたいと無意識に願ったから?
今日という日に戻ってきたのは、あの上司に言い返してやりたいと願ったから?
「………………それなら」
もし、本当に。
俺に時間を操るチャンスを、まだ与えられているのなら──。
「それなら、真琴にまた会わせてくれ!」
まだ生きている真琴に。
事故にならないように、忠告をできたのなら。
「……それが最後の願いか?」
「ああ。えっと、さっきみたいな春だと忠告しても忘れられたら困るから……冬! 真琴が死ぬ前に……」
「人の死は変えられぬぞ」
「!」
「変えようとすれば代償は大きい。それに、その願いを叶えたらお前はもう、こちらには戻れない」
「そ……んな」
もう、戻れない?
過去へ行ったまま、それきりになるのか?
「…………」
でも。
「……っ」
でも俺は──バカだから。
「それでもいい! 過去へ──真琴が事故に遭う直前に、飛ばしてくれ!」
そうとしか、言えないんだよ。
「いいのか?」
「いいよ、ちくしょう! 早く飛ばせよ!」
その時、少女が笑った気がした。いや、笑われたのか。
しかしそんなのを確認する暇もなく、少女にまた手をかざされ、俺は時空を再び超えていく。
「わかった。これが最後だ」
──意識が、遠のく中。
「……なあ。お前ほど……馬鹿と言えるやつは、見たことがないよ」
そんな少女の、言葉が聞こえた。
……ったく。
一言多い、神様だ。
◇ つづく ◇




