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第8話 願い

「何も知らずに、勝手に決めつけてんじゃねーよ!!」



 口は止まらなかった。


 俺は上司に向けて、心の奥底から湧き出る言葉を、勢いのままにぶつけていた。


「平成が暗かったって……これからも暗いって、お前が決めつけるな!」


 平成に生きて、平成で死んだ真琴。


「明るい未来を夢見ていたやつも、いるんだ!!」


 優しくて、自分が傷ついているくせに、他人の俺に優しかった真琴。


「お前が……俺たち大人が……! 暗いとこばっか見てるから、子どももそっちを見ちまうんだろ!!」


 どうして。


 どうしてお前が今、未来ここにいない!?




■□■□■□■□■□■□


第8話 願い


■□■□■□■□■□■□



「お前……誰に向かって口きいて……!」


「あんただよ! あんたみたいな奴がいるから、世間がなぁ」


「わ……わー! 百瀬、お前、熱あるんだろ!?」


 波多野が急に割り込み、俺のおでこに手のひらを押しつけた。


「うわ、あちち! やっぱり熱い! ほら、帰った帰った!」


 ぐいぐい背中を押されて、俺は困惑して振り返る。


「波多野、俺は熱なんか……!」


「バカ、クビになりてぇのか! さっさと帰ってクソして寝ろ!」


 どうやら、波多野は俺を庇ってくれたらしい。

 その背後でまだ上司がこちらを睨みつけていたが、俺はそれよりも、まわりの他のメンバーの視線にハッとなった。


 そうだ。

 今日は、お世話になった先輩の送別会で……。


「……失礼しました。帰ります」


 やっと平常心を取り戻した俺は、いたたまれなくなりその場をあとにした。


 カバンを手に取り、お金を多めにテーブルに置き、店の出口へと向かう。


 その時。


「お兄さん、おにーさん!」


 一人の若い店員に、声をかけられた。


「やるねぇ、俺、スカッとしちゃった! あいつの言うこと聞いてたら俺もムカついてさー。あのままだと、ビールぶっかけちゃうところだったもん」


「……ははは」



 きみ、本当にビールぶっかけるよね。 


 そう言いかけたのをやめて、俺は居心地の悪くなった店を出る。

 外の空気を、思いきり吸い込んだ。




 夜だ。


 まだ少し、酔いがあの時ほどではないが回っている。


 ああきっと、怒鳴ったせいだ。


「本当にクビに、なっちまうかもなぁ」


 夜風のおかげでいくぶんか冷静になった俺は、今後のことを考えてうなだれた。

 でも、心はスッキリしている。


 あーあ……バカだよなぁ、俺は。


(今度、波多野に礼を言わなくちゃな)


 上司には恵まれなかったが、同僚には恵まれていたのだ。


 そう認識して、今まで自分の視野がどれほど狭かったのかを、あらためて実感する。




 世間は──世界は、広い。


 自分のまわりのことだけで、すべてを決めつけるなんて愚かだ。


 でもその愚かさに、人は気づかない。


 だって、気づくにはあまりにも日々が目まぐるしくて──忙しくて。




 でも。



 確かに存在する。

 自分の目から見るものとは、違う世界が。





「……ん……桜?」


 気がつくと俺は、近所の裏通りまで来ていた。

 小さな神社前を通り過ぎようとしている。


 石段の上り階段先に鳥居があり、その向こうからチラホラと白い花弁が落ちてくる。


 夜の黒に、白が舞う。


(桜が散るには、まだ早くないか?)


 まだ満開でもないのに。


 しかしこの風景に、俺の脳内がちかちかと反応していた。


 これはそう──既視感。


 そうだ。


 俺はあの日……タイムスリップをした日も、小学校へ行く前に、ここを通ったんだ。


 べろべろに酔っ払っていたから、今の今まで忘れていたけれど、確かに思い出した。


 その時も俺はこうして、桜が舞っていたのを見上げて──。


「……あ!」


 鳥居の向こうから、人が現れた。


 着物を着た、色白の少女。


 それはまさしく、過去の最後に見た、あの少女だった。


「お前……」


 少女はすぐに背を向け、神社の奥へ入ろうとする。


「待て!」


 俺は石段を駆け上ると、鳥居をくぐり神社へと飛び込んだ。


 するとそこに、まるで俺を待っていたかのように、あの少女が一人で立っていた。


 彼女のまわりで舞い踊る、桜の花弁。


 でも神社の桜はまだ、つぼみのままだ。 


「……何だ」


「何だって……きみ、何者なんだよ!?」


「私は私。何者でもない」


「!?」



 何だこいつ。

 何を言っているんだ?



「……しかし、お前たち人間から見ればきっと、神という位置に存在するのであろうな」


「……はぁ、神ぃ!?」


「そうだ」


 もしかしてこいつ、やばい奴なのか?

 頭、狂ってるんじゃねーのか?


 でも──……狂っているのは、俺なのか?


 こいつの言葉を、信じそうになっているなんて……。



「……あと、一回だ」


「え?」


「お前には、三回、時間を操るチャンスを与えている」


「時間を……操る?」


「そうだ」


 少女はおもむろに、袖のたもとから巾着を取り出した。


 大切そうにも、雑に弄んでいるようにも見える手つきで、それを揺らす。


「お前は最後の願いを、どうするのであろうな?」


「……!」




 もし。


 もし、この少女の言うことを信じるのであれば。



 俺が二十年前にタイムスリップしたのは、過去に戻りたいと無意識に願ったから?


 今日という日に戻ってきたのは、あの上司に言い返してやりたいと願ったから?



「………………それなら」



 もし、本当に。


 俺に時間を操るチャンスを、まだ与えられているのなら──。



「それなら、真琴にまた会わせてくれ!」



 まだ生きている真琴に。


 事故にならないように、忠告をできたのなら。


「……それが最後の願いか?」


「ああ。えっと、さっきみたいな春だと忠告しても忘れられたら困るから……冬! 真琴が死ぬ前に……」


「人の死は変えられぬぞ」


「!」


「変えようとすれば代償は大きい。それに、その願いを叶えたらお前はもう、こちらには戻れない」


「そ……んな」


 もう、戻れない?


 過去へ行ったまま、それきりになるのか?


「…………」



 でも。



「……っ」




 でも俺は──バカだから。




「それでもいい! 過去へ──真琴が事故に遭う直前に、飛ばしてくれ!」



 そうとしか、言えないんだよ。



「いいのか?」


「いいよ、ちくしょう! 早く飛ばせよ!」


 その時、少女が笑った気がした。いや、笑われたのか。


 しかしそんなのを確認する暇もなく、少女にまた手をかざされ、俺は時空を再び超えていく。


「わかった。これが最後だ」



──意識が、遠のく中。




「……なあ。お前ほど……馬鹿と言えるやつは、見たことがないよ」




 そんな少女の、言葉が聞こえた。




 ……ったく。

 一言多い、神様だ。






◇ つづく ◇

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