第10話 過去と今
つくづく、俺の良くないところは、後先考えずに行動してしまうことだと思う。
過去へ行ったきり、戻れなくなってしまった。
帰り着く場所のない俺は、始まりの場所へと出向くことにした。
「よっと」
人目を避けて、母校の小学校の裏門へと来ている。
今度はスムーズに、乗り越えることができた。
卒業以来の裏門破りは、二回目の挑戦にてようやく成功したのだ。
「誰もいないな」
冬休みで、かつ夜になろうとしている今の時間には、人の気配などない。
うまく潜入した俺は、校舎裏へと周り込む。
(たしか、ここの鍵が壊れてるんだよな)
忘れられているように存在する、一階の角にある窓。
そこに手をかければ、からりと簡単に開くことは、一部の生徒だけが知っていた。
鍵が壊れていて、簡単に外れてしまうのだ。
俺が六年生のときに直されてしまったときは、ガッカリしたもんだ。
靴を脱ぎ手に持つと、窓を乗り越え校内に入る。
暗かったが、今日は満月だったので、月明かりであたりは見える。
ああ──懐かしの母校だ。
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第10話 過去と今
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「変わってないなぁ」
そうつぶやいた後に、気がついた。
「当たり前か。過去だもんな」
とりあえず、ゆっくりと廊下を進んだ。
靴下だから静かな俺の足音は、冬の澄んだ空気でも響かない。
ふと立ち止まって目を閉じれば、この場所で過ごした過去を思い出すことができた。
小学校時代──俺は何も考えずに、ただ、毎日を楽しく過ごしていたっけ。
それは中学も同じで、俺は、幸せな学生生活を過ごしていたんだ。
でも、大学を出て、社会人となってから、徐々に大切な何かを忘れた気がする。
忙しさに、社会でのストレスに、己を殺して。
いつの間にか笑うことも少なくなって、なんとなくただ漠然と生きるようになってしまった。
(だから、あの上司にムカついたのかな)
俺が生きた平成という時代と、そしてこれからを否定するようなことばかりを言っていたから、腹立たしかったのだ。
まぁ、今さら気づいたところで──何というわけでもないのだが。
そんなことを考えて、ボーッとしていたら。
「へーちゃん、やっぱりやめようよ、肝試しなんてさぁ」
「何だよ、言い出したのはそっちだろ」
(ん?)
子どもの声が聞こえた。
……肝試し?
(しかも……“へーちゃん”って……)
心臓が、大きく鳴り響いた。
振り返り、自分が侵入経路として使ったあの窓を見れば、そこに小さな手がかけられていることに気がつく。
誰かが……子どもが、入ろうとしている?
かけられた手がもう一つ増え、小さな頭が見え隠れした。
「おい、もうちょっと押してくれよ」
「んー……どう、いける?」
「よし! いけそー!」
へーちゃん。
肝試し。
夜の校舎に、侵入して……。
俺は、以前真琴に語った、オカルト系が苦手となった自分の情けないエピソードを思い出していた。
そうだ。
俺も昔、あんな風にあの窓から、肝試しをするために校舎に侵入したことがあった。
でもその時、とても怖い思いをしたのだ。
誰も信じてはくれなかったけれど、見たのだ。
闇の中で佇む幽霊を────。
(あれは……)
あれは──。
・ ・ ・ ・
あ れ は 俺 だ
「っあ!」
窓の向こうから顔を出した少年と、目が合う。
それは確かに、昔の俺で。
「!!」
ぐにゃり、とその顔が歪んで、視界が揺れた。
なんだこれ。
頭がくらくらして、気持ち悪い。
そしてこんなときに限って、真琴があのとき言った冗談を思い出してしまう。
「それに本人同士が会ったら何が起きるかわかんないよね。もしかしたら、鉢合わせしただけで死ぬかも……」
う……。
嘘だろぉ!?
──そして視界は、暗転した。
・ ・ ・
死んでいないな、と気がついたのは、俺の頬に柔らかな風が当たったからだ。
死んだ人間に五感なんてないだろう。
いや、死んだことがないから、わからないけれど。
「うっ……」
うっすら目を開けると、そこに星空が見えたので、夜の野外だと理解した。
(生きてる……)
「……寒くない……」
のっそりと上半身を起こす。
そんなに寒くない。肌寒くはあるが、緑の香りを少し含んだ、柔らかな風だ。
そこは、あの神様少女と出会った神社だった。
「戻ってきた……?」
スーツからスマホを取り出し、確認する。
時刻はエラーになっておらず、きちんと平成最後の三月を表示していた。
「なんで……?」
戻ってこれないんじゃなかったのか?
呆然としている俺はまだ、尻を神社の参道につけていた。
目の前にある賽銭箱やら鈴がぶら下がっている本殿を見つめていたら、背後で人の気配がした。
「…………お兄さん?」
「え?」
振り返る。
座り込んでいたから、その人物を見上げるかたちになった。
夜の闇に溶け込んでいたその人物は女性で、ロングスカートを夜風になびかせて近づいていた。
「……ふふ。初めて会った時と同じポーズだ」
女性は口角を上げる。
それはとても──嬉しそうに。
「過去へ行ってきたんだね?」
「え……」
風がなびく。
彼女の長い髪を揺らして、どこか懐かしい目元の笑顔を、見せてくれた。
「二十年、待ったよ」
「……きみは……」
「本当は会いに行きたかったけど、運命を変えたくないから、我慢してた」
「…………まさか、真琴!?」
驚き声を出した俺に。
「ははっ! おかえりなさい!」
女性は──真琴は、とびきりの笑顔で俺の胸に飛び込んできた。
「……ま、こと? 本当に、真琴なのか?」
「お兄さんの年齢も超えちゃったけど、正真正銘、本人だよ。面影、ない?」
「……ある。ある……けど」
長い髪に、メイクがほどこされた綺麗な女性。
それでも勝ち気な瞳が、何かをたくらんでいそうな悪戯っ子のような口元が、さっきまで一緒にいた真琴とかぶる。
真琴だ──たしかに、真琴なんだ。
そして今更ながらに、密着している彼女の体温に気づいて身を離した。
彼女の肩に手を添えれば、柔らかな体から伝わる体温。
真琴が──生きている。
(未来に帰ってこられた……)
なぜなのかは分からない。
でも、もしかしたら。
(過去の自分に会ったから……?)
あの時、過去の自分と顔を合わせた瞬間、何かに体も意識も弾かれるような感覚がした。
それはあの神様少女によりタイムスリップさせられたときと、似たようなものだったと思う。
あいつ──あの、不思議な少女。
彼女は知っていたのだろうか。
過去の自分と出会えば、戻れるということに。
「あの後……お兄さんがいなくなってから、いろいろ大変だったんだ。母さんが死んで、親戚に預けられたりして」
え?
「弟とも離ればなれになっちゃったけど、お兄さんが未来のことをたくさん話してくれたから……私、生きてこられた気がする」
「ちょ、ちょっと待って」
「え?」
「お母さんが死んだって……病気で?」
確か、真琴の母親は数年前に癌で亡くなられたはずだ。
でも、さっきの真琴の言い方では、つい最近ではないようなニュアンスが感じられた。
真琴は視線を伏せ──かぶりを振った。
「ううん……事故で。駅の階段から落ちて、打ちどころが悪かったみたい」
「……!」
「でもそれも、だいぶ昔のことだから……今は大丈夫。大丈夫だよ……」
真琴の声を聞きつつ、俺は彼女の背後の遠くに立っている、あの少女の存在に気づいていた。
俺を過去へ飛ばした、あの少女。
人成らざらぬ彼女はやはり、不思議な雰囲気をその身にまとい、俺の視線を釘付けにさせる。
そして思い出すのは、過去に飛ばす前に言われたあの言葉──
「変えようとすれば代償は大きい」
あれは──こういうことだったのだろうか。
「…………そうか……」
俺はただ、小さくそうつぶやき、目の前の真琴を抱きしめた。
「わっ」
腕の中の彼女は小さく驚いて、でもまた静かに俺の腕におさまってくれる。
守りたかった存在。
そのために犠牲となった存在。
俺が、犠牲にさせた存在……。
「真琴……真琴」
それだけしか、繰り返せない俺の胸の中で。
「……お兄さん?」
真琴の、柔らかい声が響いた。
◇ つづく ◇




