最終話 さよなら平成
四月一日。
本日の十一時半に新元号の発表があるというのに、俺はまたしても仕事に追われている。
打ち込む資料データに一息ついたとき、背合わせで座っていた波多野が声をかけてきた。
「おい、そろそろ昼いかねぇ?」
「え? まだ昼休みになってないだろ」
「律儀に守るなよ。今朝の所長の話聞いてたか? みんなもほとんど出てるだろ」
「あ、いつの間に」
見渡せばほとんどの社員が、早めの昼休みに切り上げていた。
数日前に新たに就任してきた所長が、今朝の朝礼で「今日は新元号の発表なので、いつもより早く昼休みにしましょう」なんて言ったのだ。
気さくで柔和な考えのその人は、新しい風を吹き込むかのように、数日で着々と社内のシステムや就業改善に手をつけ始めた。
白髪も多く定年退職間際だというのに、新しいことに挑戦し続けるその姿勢に、俺も好感を持っている。
「さ、行こうぜ」
「ああ」
パソコンをシャットダウンして、席を立つ。
ふいに近くの上司と目があった。
「先、失礼します」
「…………」
返事ももらえぬことは分かっていたので、そのまま席を離れた。
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最終話 さよなら平成
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部屋から出ると、波多野がとなりで小さく「こえ〜」とつぶやいた。
「お前、肝座ってんなぁ」
「座らざるを得ないんだよ。今じゃチーム内が俺らのことで気をつかってるんだから、せめて俺だけでも、雰囲気を悪くしないようにとは思ってるんだ」
「事の発端の張本人が」
「うるさい」
そんなことを喋りながら社外へ出て、適当な定食屋へ入る。
すると案の定、奥につけられた壁付けテレビで新元号発表の中継が映し出されていた。
まだ、菅官房長官は出ていないらしい。
「お、間に合ったな」
「あそこに座るか」
店員に本日の定食を二つ頼み、テレビへと目を向ける。
もうすぐ、新元号の発表だ。
新元号になるのは五月一日からだが、もうすでに世間は新しい時代へと移り始めたかのように、ウキウキとし出している。
何が変わるわけじゃない。
ただ、元号が変わるだけ。
でも、それでも、崩御でないこの新しい元号の発表は、ちょっとしたお祭り気分を皆に持たせていたのだ。
その影で、平成という時代がそっと消えていく。思慮深く、息をひそめて。
「けっこう時間かかるなー」
「だな。平成になる時も、こんなんだったのかな?」
「さぁ。赤ん坊だったからわかんないねぇ」
暇を持て余していると、テーブルに置いていたスマホが震えた。
真琴からの着信だ。
「真琴、どうした?」
「あ、お兄さん! 今テレビつけてる?」
年上のくせに、真琴は俺への「お兄さん」呼びをやめなかった。というか、やめられないでいる。
「つけてるよ。そっちも昼休み中?」
「うん。せっかくだから、発表の瞬間を平成お兄さんと一緒に見ようと思って」
「はは。そうか」
無邪気に笑う彼女の声は、昔のままに屈託ない。
あれから俺と彼女は友人となり、連絡先を交換しあった。
母親を早くに亡くし、弟とも別々の親戚に引き取られた真琴。
彼女が生きている今の平成は、涼くんと話したときの平成とは違うのだ。
──今でも思う。
俺がしたことは、良いことでも正しいことでもなく、ただの自己満足ゆえのことだった。
彼女を死なせたくないという、その一心で、彼女の母親の寿命を削った。
故意ではないが、その結果はいたく俺の心を締めつける。
けれどきっと、俺はこのことを真琴には話さないだろう。
言う必要などないのだ。
訪れなかった、未来のことなど。
「…………」
しばらくすると、テレビ画面内で動きがあった。
ついに新元号が発表されるらしい。
「おい百瀬、始まるぞ!」
「おう。見てるよ」
俺はスマホを耳に当てたまま、波多野と同じ方へ視線を向けた。
菅官房長官が、緊張した面持ちで新元号の書かれた額を持っている。
そしてそれを、ゆっくりと上げた。
「──お!」
「──へぇ」
「わぁ……」
三人の声が重なった。
綺麗で、美しい元号だと思えた。
平成はもうすぐ終わりを告げる。
喜びも、
悲しみも、
怒りも、
優しさも、
間違いも、
すべてを飲み込んで。
さよなら「平成」。
そして──よろしく「 」。
◆ 終わり ◆
【後書き】※2025.5年に書いたものをそのまま記載
平成31年、私の気分は高揚していた。
なぜなら、平成という時代が終わり新たな年号発表という、滅多にお目にかかれないイベントが差し迫っていたからだ。
昭和末期に生まれた私にとって、平成となった瞬間の記憶は薄い。
黒縁眼鏡をかけたおじさんが「平成」と掲げているニュースを見て、「何かすごいことが変わったんだなあ」とのんきに思っていた。それでも、どこか興奮めいた大人たちの雰囲気は感じ取れて、明るい空気もあったように思う。
その後私の人生は、ほぼ平成を過ごすことになる。
そしてまた平成が終わりを告げ、新たな年号へと移る。
昔と違い大人となった私は、あの頃の大人たちのようにやや興奮していた。
どこかお祭りごとめいた高揚感。
ただ年の数え方に、新たな名前をつけるだけのことなのに。
どうしてだろうと考えた。
きっと、何かが生まれ変わるような気がしたのだろう。
平成から新たな何かに。
暗い時代から、明るい時代に。
でもふと思った。平成ってそんなに暗いことや悪いことばかりだったろうか。
バブル崩壊後の失われた30年とよく言われ、凶悪犯罪や少子化などたくさんニュースで取りざされたが、実際平成時代を過ごした私からは、明るいことだってたくさん見えた。
だから、何だか平成という時代を庇いたくなった。
きみ、そんなに悪くなかったよって。案外楽しかったよって。
だから、平成31年2月に平成にちなんだ話を書いてみようと思った。
昔から案があったプロットを組み直して、平成初期の懐かしさも盛り込んで。
そうして生まれた百瀬平成と真琴。
平成31年と平成11年を生きる人物として書いた。
彼らも今は6年歳を重ねている。
この作品は当時あった、アイコン式ノベルが書けるサイトに投稿したが、今は閉鎖されている。
置き場のなくなったこの作品をずっとしまい込んでいたのは、令和となって起きたコロナ禍のせいだった。
がらりとすべてが変わった気がする。
生活も価値観も生き方も世界も。
この「さよなら平成」の空気もどこか浮くような気がして、しばらく投稿できなかった。登場人物はコロナなど知らないのだ。
それでも令和も6年以上経ち、また投稿したい気持ちになったのは、令和の不安な空気を感じ取ったから。
病気や戦争。
物価高に新たな犯罪。
ネットでは令和になってから世の中おかしくなったなんて意見も見えている。
まるでノストラダムスの大予言に怯えていた、世紀末感の再来だ。
でも、でもちょっと待ってよ、と私は言いたい。
そんなに悲観するなよ。
そんなに悲惨なことばかりかい?
と。
平成だって散々言われたことを、令和も言われるのかと思ったら、今度は令和を庇いたくなった。
きみ、そんな落ちこむなよ。まだ始まったばかりだろう。令和になってから好転したこともたくさんあるじゃないか、と。
だからこの作品をアップしたくなった。
令和という、新たな時代に。
さてさて長々と書いたわけだが、本作品では「令和」という文字は一度も登場しない。
なぜなら年号発表前日に書き終えたからだ。
一日待って書き加えずに最終話であえて空欄としたのは、令和を知らないという執筆時のライブ感を残したかったから。
そしてあともう一つは、また違う未来へ、彼らは進んだのかもしれないという可能性を秘めたかったから。
そんな思いを込めたエピローグを書き加えた。6年越しに書いた百瀬平成のちょっとした日常。ぜひよければ読んでみてください。
最後に、ここまで読んでくださりありがとうございます。
読者の皆さまも、これから素敵な令和生活が送れるよう、いのりを込めて。
猪野 いのり




