エピローグ
人がにぎわう、チェーン店のカフェの窓辺。
外では雨が降っていた。
春の雨だ。
雨粒がガラス窓を叩いている。
その音を聞きながら、俺は向かいに座る涼くんの言葉を待っていた。
「えーと、つまり、過去から戻ってきた理由は、過去の自分と会ってしまったから?」
「うーん……確証はないけど、そうだと思う」
俺はホットコーヒーをすすり、小さく息を吐いた。
そして、ずっと長い話を聞いてくれた目の前の彼に視線を送る。
「それにしても、こんなの聞いてて楽しい? いくらネタ提供とはいえ」
「え、楽しいですよ! ていうか、面白い。不思議ですよね。その過去では、僕が実家にまだ住んで天涯孤独になっていたなんて」
涼くんはそう言って笑いつつも、少しだけ遠い目をしてつぶやいた。
「そんな未来もあったかもしれない、てことですもんね」
俺はどう答えていいのか、わからない。
またコーヒーを一口、すすった。
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エピローグ
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大人になった真琴と再会をはたした俺。
未来が変わったそこでは、真琴は大人の女性へと変貌をとげ、涼くんは一人暮らしをして、フリーライターなんかになっていた。
真琴から俺の話を聞いた彼は興味を持ち、タイムスリップの取材をしたいだなんて頼んできた。
こんな与太話にも聞こえる話をどうして、とも思ったが、ライターなんてのはそういった面白い話を集めるのが好きなんだと彼は笑う。
あらためて会った彼は、前よりも明るく活発に見えた。
もしかしたらこれが、彼の本来の気質だったのかもしれない。
「ありがとうございます! やぁ、面白い話だった」
「涼くん、信じてないだろう」
「そんなことないですよ。時を操る神様だなんて素敵じゃないですか」
そして涼くんはおもむろに言った。
「それに三回のチャンスというのも、神様らしい」
「そうなの?」
「三貴神に三種の神器。昔から神様の世界には三という数字がやたら出るんですよ。それにこの世は、過去、現代、未来……この三つの時間世界で成り立ってる。三はすべてを司る数字ともいえます」
「何だか小難しいな」
講釈のしがいがない俺に苦笑して、涼くんは席を立つ。
今の俺の話をもとに、これから記事を書くそうだ。
「こんなんで、どんな記事書くの?」
そんな俺の問いに、彼は答えた。
「去りゆく平成。その中で見えた一筋の光──なんてね」
食えぬ表情で彼は笑い、お店から出て行った。
残された俺はまた一人コーヒーを飲み、ぼんやりと窓の外を見た。
そんな俺の耳に、近くに座る他の客の何気ない会話が滑りこむ。
「新しい年号、まだ慣れないよね」
「うん、つい平成って言っちゃう」
「なんかさあ、終わっちゃうと愛着わくよね、平成も」
たわいないやり取りになぜか、口元がほころぶ。
残りのコーヒーをすべて飲むと、俺も席を立った。
同時に、スマホに真琴からのメッセージが届く。
まだ友人関係の彼女だが、連絡だけは頻繁だ。
「涼の取材終わった? 早くごはん行こう!」
無邪気な真琴の言葉。
昔と変わらない、あけすけな言い方だ。
でも、ふと思う。
あの時出会った、レストランで働いているという大人しい涼くん。
先ほど対面していた、ライターとしてきびきび働いている涼くん。
後者が目の前にいるのなら、前者の彼はもういないのだろうか。
寂しげにうつむく彼は、もう。
そして。
事故で亡くなり、小学生で時を止めた真琴も。
「…………」
やまない雨を見上げる。
時を操る神様。
本当に時を操っていたのだろうか。
俺は過去を改変したのではなく、ただ、別の時間軸へ移動しただけなのだとしたら。
まだ悲しんでいる涼くんも、この世にいない真琴も存在するのかもしれない。
そんな考えが、なぜかするんだ。
俺は真琴との待ち合わせ場所へ向かうため、傘を開こうとした。
その際また、平成について語らう通行人の会話が聞こえる。
「今って平成何年だっけ」
「バカだなお前、今はもう新しい年号だろ。あれだよあれ、えっと──」
広げた傘の音で声はかき消える。
俺は水たまりの中へ、足を踏み入れた。
◆ 完 ◆




