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第6話 リピート

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。


 まるで強烈な磁力に引っ張られた砂鉄のように、俺の意識はどこかへ流れ、運ばれていく。


 ジェットコースターにも似た浮遊感と、目眩。


 そして、ハッと意識を取り戻した俺の目の前に現れたのは──。




「──ちょっと平成、いい加減起きなさい!」


「!!」



 か、母さん!?



 慌てて身を起こした。


 するとそこは、なんと俺の部屋で、俺はベッドでどうやら寝ていたようなのだった。


 パジャマを着ている。

 母さんが開けるカーテンから、日差しが差し込んでまぶしかった。


 壁の時計を見ると、針は七時を指している。


「え……ここ、俺の部屋?」


「あんた、まだ寝ぼけてるの? 早く朝ごはん食べちゃいなさい」


 呆れた声を出して、母さんは出て行った。


 どういうことだ。

 俺は公園で寝ていたんじゃないのか?


 慌てて手元を探りスマホを見る。

 日付は二〇一九年三月二十二日──俺が、タイムスリップをした日だ。


 そして今は、その日の朝……。


「戻ってきた?」


 と言うよりも、一日の始まりに戻ったのか。


「時間がさかのぼった……?」


 その時、カサリとベッドの上で音がした。


 それは、ぐしゃぐしゃになった紙切れ。


 真琴からもらった家の電話番号が書かれたメモ用紙が、俺の手の下で潰れていた。



■□■□■□■□■□■□


第6話 リピート


■□■□■□■□■□■□



 夢かと思った過去へのタイムスリップは、真琴のメモで現実だったと思い知らされた。


 しかし、悲しきかな社畜の習性で、そんな日でも俺は通常どおりに出勤してしまう。


 やはり勤務中はうわの空で、小さなミスを何度もしてしまった。


「お前、今日調子悪いな」


 同僚の波多野(はたの)に、心配されてしまった。


「そうか?」


「そうだろ。あ、もしかして、今日の飲み会トンズラする気でわざとやらかしてるか?」


「そんなわけないだろ」


「はは、冗談だよ。ま、無理するなよ?」


「ああ。ありがとう」


 飲み会──そうか。

 またあの飲み会に、参加しなくてはならないんだ。


(次は、違う席に座るようにしよう)


 あのバカ上司は今、会議中だから席を外している。

 今の俺の失敗の数々を見ていたら、またネチネチと言われていたに違いない。

 もうあのバカ上司に付き合うもんか、と心に誓う。


 そんなことを考えつつも、頭の中はタイムスリップをしたことや、真琴のことばかりを考えていた。


 真琴、あの後どうしたんだろう。


 何も言わずに消えちまったから、悲しんだかな。


 いや、俺のタイムスリップなんて嘘だと思って、付き合ってくれていたのかもしれない。


 あいつは優しいやつだったから。


 優しい子──……だったのに。





 脳裏に浮かぶのは、痛々しい彼の傷跡。



「…………」


 やっぱり、気になる。


「……ちょっと、営業回ってきます」


 俺は席から立ち上がると、ホワイトボードに適当な得意先名と帰社時間を書きこんだ。


「お、急にやる気になったか」


「行ってきます」


 のんきに手を振って見送ってくれた同僚に、悪いなと思いつつも、足は急く。


 俺はスーツのズボンポケットを叩いて、真琴のメモがきちんとあるかを確認し、社外に出た。




・   ・   ・




 とりあえず会社から離れた俺は、適当な公園に入ってベンチに腰を下ろした。


 大きなそこは、子ども連れの主婦や老人が多く、無邪気で明るい声が満ちている。


「……繋がるかな」


 取り出したメモを広げ、スマホにその番号を打ち込んでいく。



 もし。


 もし、真琴とのことが現実ならば、あいつはこっちの世界では俺の二つ上──三十二歳だ。


(想像つかねぇな)


 少し笑って、発信ボタンをタップする。

 呼出音が、聞こえだした。


「……」

(あれ、そういえば……)


 こんな平日の昼に、家に人なんているのか?


 と、考えたとき。



「……はい」


「!」


 予想に反して、電話を取る人物が現れた。


 男の声──まさか。


「あ、あの。百瀬と申しますが、塩崎さんのお宅ですか?」


「……そうですが」


「真琴さん、いらっしゃいますか?」


「……え?」


 男の声色が、変わった。


「あの。あなた、姉とどういったご関係で?」


「へ?」


 次は、俺の声色が変わった。


 あ……ね?

 姉……?



「…………ええ! 真琴って女だったのか!?」


「!?」


 思わず大声を出してしまった俺は、受話器向こうで男性がびっくりしたことに気がついて、慌てて弁解した。


「ああ、す、すみません! えーと。俺、小さい頃真琴さんに助けてもらったことがあって。今日たまたま、彼女からもらった電話番号の紙が出てきたもんだから、懐かしくなって、かけてみたんです! でも俺、彼女を彼だと勘違いしてて……その、すみません」


「…………」


 敬語も吹っ飛んだ俺は一気にまくし立てた。


 嘘は言ってない。

 会ったのは小さい頃なんかじゃなく、ついさっきだが。


「……あははっ。確かに姉さん、男によく間違われてたもんな」


「!」


「大丈夫、信じますよ」


「あ、ありがとう」


 必死さが伝わったのか、弟さんはそんなふうに言ってくれた。


 真琴に似た優しい口調で、言葉を続ける。


「……電話、ありがとうございます。姉もきっと喜びます」


「あ、ああ。それで、真琴さんはいま、仕事でしょうか? またかけ直すか、良かったら携帯の番号教えていただけたら、そちらに」


「姉は携帯、持ってないんです」


「え?」


 弟さんはしばしの沈黙の後──教えてくれた。



 

「姉は、亡くなりました。……二十年前に」






◇ つづく ◇

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