表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/12

第5話 真琴

 真琴は俺の腕を振り払うと、背を向けた。


「いじめ……か?」


「違うよ!」


「違わなくないだろ! それ、誰にやられた?」


「……母さん」


「なっ……! 何が理由でそうなるんだよ?」


「いろいろだよ。テストで悪い点取ったり、弟の面倒を見ずに遊んでると、こうなるんだ」


 何だよそれ?

 そんなの理由になってない!


「立派な虐待じゃないか!」


「虐待だなんて、大げさだよ」


「……!!」


「仕方ないんだ。父さんが死んで……母さんだけだし。手伝わなきゃいけないのに、遊んでたりしたから」


 違う。

 違うよ真琴。


 俺は真琴の腕を掴むと、ベンチから立ち上がった。

 つられて真琴も立ち上がってしまう。



「え? お兄さん、どこ行くの?」


「……」


「ちょ、ちょっと!?」




■□■□■□■□■□■□


第5話 真琴


■□■□■□■□■□■□



 俺は手のひらが痛くなるくらいに、右手を冷たいデスクに叩きつけた。



「なんで取り合ってくれないんですか!」


「だから、民事不介入。わかる? お家のことはこっちだって立ち入れないのよ」


 むかつくことに目の前の警察官は、ため息を吐いてそう言ってくれた。


 嫌がる真琴を交番にまで連れてきて訴えたのに、警察官はまともに取り合ってはくれなかった。


「だいたいねぇ、家庭のケンカまで警察沙汰にされちゃあ、困るんだよ。しつけの一環でしょうに」


「しつけでこんな怪我、させますか!?」


「や、やめてよ、お兄さん!」


 真琴の腕を見せようとしたが、彼自身に制されてできなかった。


 目の前の警察官は、のんきに茶なんかすすってやがる。


「怪我くらいするでしょう。僕だって昔は親父にゲンコツの一発や二発食らって、たんこぶ作ってましたよ」


「それとこれとは……!」


「なぁ坊主。きみは虐待されたって、思ってるのかい?」


「……思ってないよ」


「!」


「ほらごらん。本人も思ってないことを、他人のあんたが勝手に騒ぎ立てているだけでしょう。さぁ、もう帰りなさい。迷惑だ」


(そんな……!)


 しつけなんかで、煙草を押しつけるか?

 あんなに酷い痕を、子どもに残すか?


 真琴の痕をこのボンクラ刑事に見せてやりたかったが、本人が嫌がるのでそれもできない。


 なぜ真琴が見せたくないのか。

 それはもちろん、人に見せたくないというプライドや羞恥心があるからだろうが……でもきっと、それだけじゃない。


 わかっているからだ。

 この世界では、これが警察に取り合ってもらえることではないと、わかっているから。


「…………」


 本当に異世界にいるような気分になり、俺は愕然とした。




・   ・   ・




 結局、俺の身元まで疑い始めた警察官から逃げるように、俺たちは交番を後にした。


 夜道を真琴と歩き、またあの公園へ向かっている。


 真琴は何も話さなかった。

 俺も、何も話せなかった。


 しかし、あと少しで公園というところで、真琴が立ち止まったので振り返る。


「真琴?」


「……お兄さんみたいな大人は、初めてだったよ」


 少し離れた位置で、真琴はつぶやいた。


「これがしつけじゃないって。虐待だって」


「あ……当たり前だろ! これが未来だったらな、問題視されてるんだぞ」


「……そうなんだ」


 そうだ──そうなんだよ。


 やっとだけど。

 やっと最近、声が上がってきたところだけど。


 着実に、確実に──世論は動いている。


 ……未来では。


「そっか。なら……未来は明るいね」


「!」


「じゃあ、帰るよ。あ、これ渡しておくね」


 真琴は、一枚の紙切れを渡してくれた。


「なんだこれ?」


「うちの電話番号。何かあったら、電話してよ。公衆電話代くらいはあるんでしょ?」


「はは……家の電話番号、か」


 今……いや、未来だとほとんど使われなくなった固定電話。


 それが何だか懐かしくて笑ったら、真琴は怪訝な顔をした。


「何で笑うの?」


「いや……何でもない」



 そこで俺と真琴は別れ、再び俺は一人になった。


 もう、すっかり夜だ。


 俺は、勝手に寝床と決めた象のすべり台下に入り、尻を地面につけた。

 風もここでなら、防ぐことができる。

 一晩くらいなら大丈夫だろう。

 風邪はひくかもしれないが。


「……はぁ」


 まったく、何て一日だよ。


 タイムスリップなんてものが、自分に降りかかってくるなんて、思ってもみなかった。


(ただ酔って、気絶しただけなのに……)


 目を閉じる。


 タイムスリップしたときのことを、思い出そうとした。


 門から落ちて、体を強打して──気絶した。


(ん……?)


 気絶するまでの間。


 俺は何か、声を聞いていなかったか?


 うっすら、記憶の向こうから聞こえたあれは、何だった──?


「…………」


(駄目だ、集中できない)


 目を閉じていると、どうしてもいろいろなことがごちゃ混ぜになって、浮かんでくる。


 さっきの真琴のことだとか。


 タイムスリップしてしまった非現実さとか。


 真琴の痣や痕のことだとか。


 直前に聞いていた、あの上司のバカなご高説とか──。




「最近では虐待なんかも多くなってさぁ〜」

「今後を生きる若者たちは大変だよなぁ。可哀想に」



 思い出されるバカ上司の声。


「……知ったかぶりやがって」


 最近多くなった?


 違う。


 ようやく、表沙汰になっただけだ。


 それがしつけでなく虐待だと、ようやく気づいただけだ。


 世間もみんなも俺も──やっと目を向けた。



 被害はずっとそこに、あったのに。




 ズボンのポケットをまさぐって、紙切れを一枚取り出した。


 真琴からもらった、自宅の電話番号が書かれた小さなメモ用紙だ。


「……あの日に戻って、あの野郎に、言い返してえなぁ……」


 安全圏から見下ろして、関係ないくせに「可哀想」の烙印を勝手に押したあいつに、優しい真琴の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。


 今ならあのバカ上司に、歯向かって言ってやるんだ。


 お前に、お前なんかに────






「……いめ」


「……え?」



 なにか、声が聞こえた。


 顔を上げ、すべり台の外を見ればそこには、いつの間にいたのか和服姿の少女が一人佇んでいる。


(ゆ、幽霊……?)


 直感的に、なぜかそう思った。


 人成らざらぬ気配を少女に感じて、体が固まる。


 白い肌に、黒檀のような長い艶髪。

 何もかもを見透かすような不思議な瞳で、少女はこちらを見て、片手をあげた。


 手のひらを俺の顔にかざし、また何かをつぶやく。


「……二回目」


「え?」


「残りは一回だ。よく、考えろ」


(何を言って……?)



 しかし。


 そこで急に睡魔が襲いかかり、俺は気を失うように、眠ってしまった。






◇ つづく ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ