第4話 原因
真琴が帰宅して一人になった俺は、とりあえずまた、母校の小学校に来ていた。
日も暮れ薄闇となった景色のなか、再びあの裏門と対峙している。
(この裏門を越えようとして、失敗して落ちて、気を失ったらタイムスリップしていたわけだが……)
戻るならば、またこの裏門から落ちればいいのだろうか。
俺は周りを気にしながら、裏門を見上げ、手をかけた。
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第4話 原因
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「ってえ!」
ドスン! とまた尻を強く打ち付けて、俺は身悶えた。
あれから何度も門からわざと落ちたりしたが、タイムスリップすることなどはなかった。
門の上に登っては落ちるを繰り返す成人男性。
もし他人が見ていたのなら、相当怪しい人物に思えただろう。
「気を失わなきゃ駄目なのか? でも、わざと気を失うなんてできないし」
そもそも本当に、この裏門がタイムスリップの原因なのかもわからないんだ。
どうしてこの世界に来てしまったのか。
どうして過去に俺はいるのか。
「駄目だ……体が限界だ」
もう今日はこれくらいにして、とにかくファミレスか漫画喫茶ででも夜を越そう。
そう思い、道の端に置いておいたスマホと財布を、再びお尻のポケットに入れる。
その時、あることに気がつく。
「あ。もしかして……」
慌てて財布の中身を確認する。
するとやはり、小銭はあと三十二円しかない。
お札が使えないのは、さっきのタコ焼き屋で立証済みだ。
福沢諭吉の一万円札もあったが、昔のデザインと違うこれを偽札だと疑われて、万が一警察でも呼ばれたりしたら……?
(カードなんてもちろん使えないし、やばいな……どうしよう)
薄闇はいつの間にか、深い闇となりつつある。
もうすぐ夜になる。
過去の母校の前で、俺は情けなくも途方に暮れた。
・ ・ ・
結局、またあの公園に舞い戻ってきてしまった。
もう屋台も人もいないが、照明とトイレと水道だけあれば、なんとか一晩くらいはやり過ごせるだろう。
今が春で良かったと思う。
(とは言っても、春の夜も寒いし……寝るときはあのすべり台下を寝床として、使わせてもらうか)
象のかたちをしたすべり台の下が、中に入り込めるような空間となっている。
とりあえずまたベンチに座ると、大きなため息を吐いた。
何で、こんな事になってしまったんだ。
「……腹減った」
ぐうう、と腹が切ない悲鳴を上げる。
金はあるのに、役に立たない。
これじゃあまるで、異世界みたいだ。
「もしかして俺、死んでるのかな……」
ほら、いま流行りの異世界転生ってやつだ。
もしかしたら俺は知らない間に死んでて、それでここに来たのかもしれない。
門から落ちた時に、打ちどころ悪くて死んでてさ。
タイムスリップってのも勘違いで、ここはひょっとして地球じゃない別世界だとか。
だから、俺はもう、帰れなくて……。
二度と、帰れなくて……。
「…………うわああああー! どうしようー!!」
「うわぁ!?」
立ち上がって叫んだら、背後から違う叫びが聞こえて慌てて振り返った。
真琴がいた。
「び、ビックリさせるなよー!」
「真琴!? お前どうして……」
「お兄さん、まだいるかなって。あとほら、差し入れ」
「!」
真琴が持ち上げて見せてくれたビニール袋の中に、お菓子やパンが見えていた。
俺の暗雲たる気分が、少し晴れやかになる。
「真琴、お前……いいやつだなぁ〜!」
「あはは。お腹すかしてたんだ」
年下に助けられるのは面目ないが、空腹は人を弱くする。仕方がない。
それに本当にここが過去なら、こいつは俺よりも年上だしな……と心で言い訳をして、ありがたく差し入れを受け取った。
ベンチにまた真琴と並んで座り、今度はタコ焼きではなくお菓子やパンを広げる。
「助かったよ。よくよく考えれば、お札もカードも使えなかったからさ」
「うん。そう思って持ってきたんだよ」
「何だよ、わかってたのか」
「帰ってから気づいた」
真琴は自分もお菓子を頬張ると、こちらを心配そうに見た。
「なんかお兄さん、ケガしてない?」
「ああ、実は門をまた落ちてみたんだけどさ。やっぱり帰れなくて」
「バカだなぁ。ほら、血ぃ出てるじゃん」
真琴は絆創膏を、ポケットから取り出した。
あまりにも自然なそれに、俺は目を瞬かせる。
「お前、絆創膏持ち歩いてるのか?」
「え。あー……うん。ケガよくするからさ」
やんちゃだなぁ、と俺はつぶやいてそれを受け取った。
擦れていた手の甲に貼った俺を見届け、真琴は言う。
「タイムスリップはさ、あの門が原因とは限らないんじゃない」
「それは俺も思ってるよ」
「他には何か、変わったことなかった? 気を失う直前とか、何か覚えてない?」
「変わったことって、言っても……」
もう一度、あの時のことを思い出してみる。
思い出してみる──が、何も浮かばない。
「わからない……」
「そっか」
真琴はその返事をわかっていたかのように、じゃあ、と別の質問をぶつけてきた。
「お兄さんは何で、あの門を越えようとしていたの?」
「ああ、それは……」
あることを思い出して、小さく苦笑が漏れた。
「くだらない理由だよ。飲み会で嫌なことがあって、むしゃくしゃしててさ。たまたまあそこを通りかかったら、懐かしかった母校の裏門が見えたんだ。そういえば昔はよく裏門破りしてたなー、なんて思い出して……。ま、酔っ払いの奇行だ」
「昔のことを思い出して……か。もしかしてそれも、一因なのかな」
「おいおい、念じれば過去に行けるって? それなら世界中タイムトリッパーだらけだ」
「わかんないよ。あくまでもそれは一因で、様々な原因が絡んで今回の現象が起きたのかも──」
「!」
俺はそのとき、真琴の言葉よりも、彼が頭をかくために上げた腕に気を取られた。
見えてしまった、袖口の奥の……。
「なんだよこれ!」
「!」
真琴の腕をつかんだ。
袖をめくれば、そこにはいくつもの痕が点在していた。
まるで捻られたような、内出血。
鋭い何かで打ち付けられたような、ミミズ腫れ。
薄いものから濃いものまである。
嫌なグラデーションが、一度でつけられたものではなく、何度も繰り返されたことによりできた痕だと──証明していた。
◇ つづく ◇




