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第4話 原因

 真琴が帰宅して一人になった俺は、とりあえずまた、母校の小学校に来ていた。


 日も暮れ薄闇となった景色のなか、再びあの裏門と対峙している。


(この裏門を越えようとして、失敗して落ちて、気を失ったらタイムスリップしていたわけだが……)


 戻るならば、またこの裏門から落ちればいいのだろうか。


 俺は周りを気にしながら、裏門を見上げ、手をかけた。



■□■□■□■□■□■□


第4話 原因


■□■□■□■□■□■□



「ってえ!」


 ドスン! とまた尻を強く打ち付けて、俺は身悶えた。


 あれから何度も門からわざと落ちたりしたが、タイムスリップすることなどはなかった。


 門の上に登っては落ちるを繰り返す成人男性。

 もし他人が見ていたのなら、相当怪しい人物に思えただろう。


「気を失わなきゃ駄目なのか? でも、わざと気を失うなんてできないし」


 そもそも本当に、この裏門がタイムスリップの原因なのかもわからないんだ。


 どうしてこの世界に来てしまったのか。

 どうして過去に俺はいるのか。


「駄目だ……体が限界だ」


 もう今日はこれくらいにして、とにかくファミレスか漫画喫茶ででも夜を越そう。


 そう思い、道の端に置いておいたスマホと財布を、再びお尻のポケットに入れる。


 その時、あることに気がつく。


「あ。もしかして……」


 慌てて財布の中身を確認する。

 するとやはり、小銭はあと三十二円しかない。


 お札が使えないのは、さっきのタコ焼き屋で立証済みだ。


 福沢諭吉の一万円札もあったが、昔のデザインと違うこれを偽札だと疑われて、万が一警察でも呼ばれたりしたら……?


(カードなんてもちろん使えないし、やばいな……どうしよう)


 薄闇はいつの間にか、深い闇となりつつある。


 もうすぐ夜になる。


 過去の母校の前で、俺は情けなくも途方に暮れた。



・   ・   ・



 結局、またあの公園に舞い戻ってきてしまった。


 もう屋台も人もいないが、照明とトイレと水道だけあれば、なんとか一晩くらいはやり過ごせるだろう。

 今が春で良かったと思う。


(とは言っても、春の夜も寒いし……寝るときはあのすべり台下を寝床として、使わせてもらうか)


 象のかたちをしたすべり台の下が、中に入り込めるような空間となっている。

 とりあえずまたベンチに座ると、大きなため息を吐いた。


 何で、こんな事になってしまったんだ。


「……腹減った」


 ぐうう、と腹が切ない悲鳴を上げる。


 金はあるのに、役に立たない。

 これじゃあまるで、異世界みたいだ。


「もしかして俺、死んでるのかな……」


 ほら、いま流行りの異世界転生ってやつだ。


 もしかしたら俺は知らない間に死んでて、それでここに来たのかもしれない。


 門から落ちた時に、打ちどころ悪くて死んでてさ。


 タイムスリップってのも勘違いで、ここはひょっとして地球じゃない別世界だとか。


 だから、俺はもう、帰れなくて……。

 二度と、帰れなくて……。




「…………うわああああー! どうしようー!!」

「うわぁ!?」


 立ち上がって叫んだら、背後から違う叫びが聞こえて慌てて振り返った。


 真琴がいた。


「び、ビックリさせるなよー!」


「真琴!? お前どうして……」


「お兄さん、まだいるかなって。あとほら、差し入れ」


「!」


 真琴が持ち上げて見せてくれたビニール袋の中に、お菓子やパンが見えていた。


 俺の暗雲たる気分が、少し晴れやかになる。


「真琴、お前……いいやつだなぁ〜!」


「あはは。お腹すかしてたんだ」


 年下に助けられるのは面目ないが、空腹は人を弱くする。仕方がない。


 それに本当にここが過去なら、こいつは俺よりも年上だしな……と心で言い訳をして、ありがたく差し入れを受け取った。


 ベンチにまた真琴と並んで座り、今度はタコ焼きではなくお菓子やパンを広げる。


「助かったよ。よくよく考えれば、お札もカードも使えなかったからさ」


「うん。そう思って持ってきたんだよ」


「何だよ、わかってたのか」


「帰ってから気づいた」


 真琴は自分もお菓子を頬張ると、こちらを心配そうに見た。


「なんかお兄さん、ケガしてない?」


「ああ、実は門をまた落ちてみたんだけどさ。やっぱり帰れなくて」


「バカだなぁ。ほら、血ぃ出てるじゃん」


 真琴は絆創膏を、ポケットから取り出した。


 あまりにも自然なそれに、俺は目を瞬かせる。


「お前、絆創膏持ち歩いてるのか?」


「え。あー……うん。ケガよくするからさ」


 やんちゃだなぁ、と俺はつぶやいてそれを受け取った。


 擦れていた手の甲に貼った俺を見届け、真琴は言う。


「タイムスリップはさ、あの門が原因とは限らないんじゃない」


「それは俺も思ってるよ」


「他には何か、変わったことなかった? 気を失う直前とか、何か覚えてない?」


「変わったことって、言っても……」


 もう一度、あの時のことを思い出してみる。


 思い出してみる──が、何も浮かばない。


「わからない……」


「そっか」


 真琴はその返事をわかっていたかのように、じゃあ、と別の質問をぶつけてきた。


「お兄さんは何で、あの門を越えようとしていたの?」


「ああ、それは……」


 あることを思い出して、小さく苦笑が漏れた。


「くだらない理由だよ。飲み会で嫌なことがあって、むしゃくしゃしててさ。たまたまあそこを通りかかったら、懐かしかった母校の裏門が見えたんだ。そういえば昔はよく裏門破りしてたなー、なんて思い出して……。ま、酔っ払いの奇行だ」


「昔のことを思い出して……か。もしかしてそれも、一因なのかな」


「おいおい、念じれば過去に行けるって? それなら世界中タイムトリッパーだらけだ」


「わかんないよ。あくまでもそれは一因で、様々な原因が絡んで今回の現象が起きたのかも──」


「!」


 俺はそのとき、真琴の言葉よりも、彼が頭をかくために上げた腕に気を取られた。


 見えてしまった、袖口の奥の……。


「なんだよこれ!」


「!」


 真琴の腕をつかんだ。


 袖をめくれば、そこにはいくつもの痕が点在していた。


 まるで捻られたような、内出血。

 鋭い何かで打ち付けられたような、ミミズ腫れ。


 薄いものから濃いものまである。

 嫌なグラデーションが、一度でつけられたものではなく、何度も繰り返されたことによりできた痕だと──証明していた。






◇ つづく ◇

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