第3話 明るい未来
「未来……ねぇ」
ただでさえ、タイムスリップをしたということで俺の頭は混乱していた。
そしてこの少年の、無垢な問いに苛立ちを覚えたのも事実だった。
輝く目をそんなに向けたって。
明るい未来なんて、ありゃしないんだよ──。
「消費税が八パーセントになってるぞ」
「へ?」
「しかもすぐに、十パーセントにあがる」
「げげっ、マジ?」
「ああ。給料は上がらずども支出は増える。ともすりゃ手取りは減るばかり」
「はぁ」
「格差広がる就労世帯。終身雇用の崩壊に、核家族化による孤立老人の増加。保育所も足りずワンオペ育児。老老介護。おまけにネット炎上のモラル低下だ」
「後半何言ってるか、さっぱりわかんねぇ……」
目をパチパチと瞬く真琴。
後半は俺も、ヤケになっていた。
「なんかわざと悪いことばっか、言ってない?」
「あ、ばれた?」
「………」
「──ってえ!」
ギリッと、腕の肉を捻られた。
地味にいてぇじゃねーか!
「意地悪するなよ」
「したのはそっちだろ!」
しかし、わざと嫌なことを言った自覚があった俺は、真琴からの攻撃でいくぶんか冷静さを取り戻す。
ああ、ちくしょう。
これは、あのバカ上司の悪影響だ。
顔を上にあげてみれば、そこにはただ、春の青空が広がっていた。
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第3話 明るい未来
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真っ青な空──快晴だ。
少しだけ強い風が吹いて、俺に冷静になれよ、と言っているようだった。
なんだろう。空気が美味しい気がする。
二十年前の空気だもんな。
また、違うのかもしれない。
「…………そうだなぁ」
暗い出来事──ばかりだった、か?
「……宇宙に日本から、はやぶさが飛んだんだ」
ぽつりと、最近観た映画を思い出していた。
「はやぶさ? 鳥?」
「そうじゃない。小惑星用の探査機でな。ちゃんと無事に帰還して、小惑星のサンプルを持ち帰ったんだ」
「え、すげえ! 誰が行ったの?」
「無人なんだ。機械だけ」
「そんなことできるの!? すごいじゃん!」
真琴の顔が、一気に輝き出した。
分かりやすいやつめ。
でも──そうだな。
何も悪いことばかり、言わなくてもいい。
話そう。明るい未来を。
「スポーツの世界だと、日本人もかなり強くなったぞ」
「そうなんだ!?」
「今だと野球も、メジャーは野茂くらいだろ?」
「え、それ以外でってことは……まさか」
「松井もイチローも、行ったぞ」
「うおお! まじかー!」
どうやら真琴はスポーツが好きらしい。
そのことに気を良くした俺は、思いつく限りの情報を語る。
「女子サッカーも強くてな。ワールドカップ優勝。なでしこジャパンなんて、言われたな」
「優勝!? 嘘みたい」
「それだけじゃない。最近じゃあ、女子テニスプレイヤーが世界ランキング1位にもなってるんだ」
「未来の女、すっげぇじゃん!」
明るい未来を、話そう。
「日本のアニメは評価されて、世界中で愛されるし」
「へー、ジブリか?」
「ジブリ以外もだ」
「すごい!」
小さいけれど、ささやかだけど。
明るい出来事を。
「あとな、インターネットもかなり発達して、すぐに連絡が取れるんだ。世界中の人と、すぐに繋がれる」
「じゃあ、転校しても終わりとかじゃないんだ?」
「そうだな。ネットのおかげで、どこにいても話せるよ」
「なら、寂しくないな」
見落としていた、便利さと、当たり前を。
「あとガンも、治らない病気じゃなくなった。早期だったら、治る可能性も高いんだ」
「うわぁ、そうなんだ。……すごいなぁ」
先人が頑張ってくれた、恩恵を。
「そうだな。すごいな」
話すうちに、なんだ、嫌なことばかりじゃなかったじゃないか、と思えてくる。
忘れていただけだ。
俺も──あの上司も。
「あとは、そうだな」
「………」
「ドラえもんの声が変わった」
「嘘でしょ!?」
今日一番の声をあげた真琴に、俺は思わず笑ってしまった。
・ ・ ・
夕暮れも深まり、あたりが暗くなったので、俺は真琴に帰るよう促した。
しかし、真琴はまだ話し足りない様子で渋っている。
「なぁ、本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。大人なんだから、なんとかするさ」
この時代にだって、漫画喫茶や二十四時間営業のファミレスくらいあるだろう。
それに、俺はちょっと試してみたいこともあったのだ。
「……お兄さんさ。もしかして、昔の自分に会おうと思ってる?」
「!」
「やっぱり。でも、やめといた方がいいと思うよ?」
「何でだ?」
俺の考えを見透かしていた真琴は、けっこう鋭いやつなのかもしれない。
食えない表情で、こう言った。
「SF好きでよく読むんだけどさ、過去に介入するのはあんまり良くないんじゃなかったっけ?」
「別に話しかけようとするわけじゃ……」
「でもさ、ちょっとした事で未来が大きく変わる、なんてあるかもよ」
「…………」
「それに本人同士が会ったら、何が起きるかわかんないよね」
「何がって……」
「もしかしたら、鉢合わせしただけで死ぬかも……」
「それ、ドッペルゲンガーじゃねえか!」
「あれ、そうだっけ?」
真琴はあっけらかんと笑った。
「あはは、冗談だよ、ジョーダン!」
「やめろよな。俺、オカルト系だめなんだから」
「男のくせに、なっさけないなぁ」
「いや、昔な、肝試しをしていたら幽霊にあったことがあってな……」
「何それ!?」
結局そこからまた、俺のくだらない過去の話をする羽目になったので、俺は自分に会いに行くことをやめた。
別にビビったわけでは──断じてないぞ。
◇ つづく ◇




