3話 幸福を呼ぶ青い鳥との遭遇
お父さん、お母さん、悠太。
今、私はベイツさんと一緒に樹海の中を歩いています。
早朝なので、周囲も明るく怖くないけど、靴が即席で作られたものだから、足底が少し痛いです。
あの質問以降、彼は私を冒険者として育てると宣言しました。その理由を聞くと、私も納得しました。正直、信じられない話だけど、ここは異世界[アステリアス]と呼ばれていて、なんとスキルと魔法が存在しており、魔物が世界中に蔓延っているそうです。
今は、ベイツさんが強者の気配を表に出して追っ払っているようで、私も安心して歩を進めるのですが、今いる樹海と日本の樹海で何かが違います。鬱蒼と木々が蔓延り、周囲から変な声も聞こえ、漂う空気も何か違うの。
一番気掛かりなのは、《私》というか、この女の子の存在。
私の今いる場所は、スムレット山麓に位置する樹海奥地。
昔、この山は霊峰と呼ばれていました。
山から放たれる聖なる力で、魔物を全く寄せ付けず、沢山の精霊が住んでいました。でも、今から約80年前、その力が何らかの原因で弱まってしまった。全ての精霊が山を離れた影響で、聖なる力を完全に失い、現在では強い魔物が沢山棲み、危険地帯とされています。
そんなスムレット山一帯で、豪雨が4日間も降り続き、山の近辺で土石流などの水害が発生したという報告が、街にもたらされた。自然災害が魔物に棲む山で発生した場合、魔物たちの生態系に、大きな狂いが生じるそうです。ベイツさんはその変化を調査するため、ここスムレット山の奥地に踏み込んだ。
雨自体は2日前に止んでおり、私はその山の上流から折れた木々と一緒に流されていたところを、ベイツさんに助けられました。ここまではいいのだけど、私は魔物の蔓延る山に、どうやって行ったのでしょう?
全然記憶にないので、余計に怖いです。
ベイツさん曰く、「君は貴族の令嬢だろう。10歳と考慮すれば……いや、それはまだいい。今は、ここを抜け出すことに専念しよう」と言われました。とりあえず、私は記憶喪失なので、自分のことを《咲耶》と呼んでほしいと、ベイツさんにお願いしました。
それにしても、この女の子が貴族の令嬢?
違う姿をしているから、これって《憑依》て言うんだよね?
あの大きな災害に巻き込まれたせいか、魂が幽体離脱して、異なる世界の知らない女の子に取り憑いちゃった。この子自身に問いかけても、何の返答もないから離脱する方法もわからない。早く元の姿に戻って、家族に会いたい。野菜多めで味の薄いスープと固いパンを朝食として食べたおかげで、お腹も膨れて元気になったけど、先行きが不安です。
「ピピピ」
今、鳥の声が微かに聞こえたような?
あ、青白い小さくて綺麗な鳥が木の枝に止まって、こっちを見てる。
「ベイツさん、あそこの枝に止まっている綺麗な鳥はなんて名前なんですか?」
ここから鳥までの高さは、3メートルくらいあるかな?
青白い紋様が、とても綺麗だわ。
「あれは……ハミングバードだな。警戒心の強い野生の鳥が、何故こんな危険な場所に1羽だけでいるんだ?」
あの小さな鳥は、ハミングバードて言うんだ。
昔、お母さんが飼っていたマメルリハインコのルリルリに、ちょっと似てる。
お母さんはルリルリを大切に育てていたけど、老衰で結婚前に死んじゃったと聞いている。大きな写真がリビングに飾られ、ほぼ毎日日課のように、ルリルリとのエピソードを聞かされていたから、私も良く覚えている。
『人間って、どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。僕は野生のハミング種から精霊化したフェアリー種なのに。僕の擬態、完璧!!』
え、鳥が喋った‼︎
この世界の鳥って喋れるの!?
「ベイツさん、あの鳥が悪口を言ってますよ」
「悪口って、咲耶は鳥の言葉がわかるのかい?」
「何故か理解できました。それと《自分はハミング種から精霊化したフェアリー種だ》とも言ってますよ」
「フェアリー種だって!? あはははは、ないない。あの鳥は確かに綺麗だが、フェアリー種は精霊化した鳥類の中でも、紋様が色鮮やかで惹きつけるものがある。俺たちの間では、ハミングバードは《細やかな幸せを運ぶ青い鳥》、フェアリーバードは《大いなる福音をもたらす伝説の霊鳥》と呼ばれている。そんな精霊が1体だけで、聖なる力を失った山に戻ってくることなんてありえないよ」
目覚めて以降、鳥さんを見るのは初めてだ。
1体だけ、何故ここにいるのだろう?
あれ? あの鳥さんが私をじ~っと見ているような?
『君、《無能者》のくせに、僕の言葉がわかるの?』
鳥が囀っているだけなのに、私にはそれが言葉として聞こえる。
無能者って言われたけど、これって悪口?
「あの…私…やっぱり鳥さんの言葉がわかるみたいです。何故か、《無能者》って言われました」
「え!? 俺にはピピピピとしか聞こえなかったが?」
ベイツさんは、私と鳥さんを交互に見て驚いているけど、自分でもどうして理解できるのかわかりません。
あ、鳥さんが私のところに飛んできた。
どんどん近づいてくるんだけど?
『左腕を地面と平行にして』
「え!?」
私は言われるがまま、反射的に左腕を出すと、鳥さんが私の腕に止まった。
あ、思ったより軽い。
『君、名前は?』
「一応、咲耶っていう名前があるよ。水難事故で記憶喪失中だから、本当の名前は不明だけどね」
『咲耶ね…これは…なるほど、そういう事か』
鳥さんは、私をジロジロと見てくる。普段なら嬉しいのだけど、会話が成立していることもあって、じ~っと見つめられると、なんだか恥ずかしい。
『君は、生まれたての転生者だね。だから、魂が不安定で無能者なんだよ。でも、スキルが目覚めつつあるようだ』
生まれたての転生者?
魂が不安定?
この鳥さんは、私がこうなった原因を知っているの?
鳥さんは転生者と言ったけど、私のことを何処まで知っているのかな?
そもそも《転生》って、生まれ変わることを指す言葉だよね?
私の場合、転生じゃなくて憑依だよね?
「鳥さん、私の身に何が起きたのか教えて」
左腕に止まる鳥さんは、なんて答えてくれるかな?
『え、嫌だよ。こんな場所で真実を話したら、君はショックで一人で突っ走る可能性がある。ここを抜け出て、一人で暮らせる力を身につけたら教えてあげる』
うう、即答で却下されちゃったよ。
私は、早く家に帰りたいのに。
『君の魂は不安定だけど、綺麗だね。面白そうだから、君と行動したい。いいかな?』
一緒に行動……良いかもしれない。私が一人前になったら、私の身に何が起きたのか教えてくれるって言ってくれたもの。
「いいよ。その代わり、一人前になったら、キチンと話してね」
早くお父さんたちに会いたいけど、今は鳥さんやベイツさんを信じよう。
『わかった、約束する。僕はルウリ、宜しくね』
「こちらこそ宜しく、ルウリ」
私にとって、鳥さんのお友達は2羽目だ。
1羽目は、勿論飼っているルリルリだ。
『咲耶、契約を結ばなくていいの?』
「契約? なんの?」
『僕を【フェアリーバード】とわかっていて、その反応。こりゃあ、重度の記憶喪失だ。今から、契約方法を教えるよ』
何故か呆れられたわ。
ベイツさんは、私と鳥さんとの会話に呆気に取られているのか、口をあんぐりと開けたままでいる。普通の人間は、鳥さんとお話しできないのだから無理もないわ。でも、この力が元の姿に戻った後でも持続しているのなら、インコのルリルリともお話しできるかもしれない。
そう考えると、ワクワクしてきた。




