14話 咲耶からの贈り物
その後、私たちはリビングへと移動する。
皆がソファーに座っていくので、それに倣い私も座ると、ふと大画面テレビの左端に、大きな写真立てが飾られていることに気づく。この位置には、マメルリハインコの《ルリルリ》の写真が置かれていたけど、今は大きな写真立ての中に、ルリルリと私の写真があり、その周囲には虹やハートマークなどの綺麗な可愛らしい紋様が描かれている。
私は軽く笑い、今の家族状況を聞いていく。
お父さんの職業はゲームクリエイター。今では部長職となっていて、面白いゲームを皆と協力して開発し、成功を遂げているようで、笑顔で会社の自慢を言うお父さんを見ていると、私も誇らしかった。
「これがお父さんたちの開発したゲームだ。130万本も売れて、会社の景気もいいんだ」
お父さんの開発したものは乙女ゲームと呼ばれるジャンルで、健気で天然な女の子が攻略対象となる男たちを次々と堕としていき、ハッピーエンドの中にはハーレムエンドもあり、すごく面白そうと思ったけど、現実にこんな女の子がいたら、虐めの対象になる気がする。
お母さんの現在の職業は小説家、私がいた時は専業主婦だったけど、現在ブームになっているネット小説に触発され、自分で考えた恋愛小説をネットに投稿したことで、それが大人気となり、書籍化や漫画化もされた。
「私の書いた小説がこれよ。ざまあ系恋愛小説なの」
そう言われても、意味がわからないので詳しく聞いてみた。お母さんは、お父さんたちの開発したゲームに登場するヒロインを気に入っていないのだけど、ご近所の主婦たちからの評価は母と違い、すこぶる高い。毎回毎回近所付き合いのため、その話を聞いていくうちに、ストレスが蓄積していき、その鬱憤を晴らすため、可愛げのない悪役令嬢が、男共を貪る屑ヒロインを完膚なきまでに叩きのめすという設定で物語を書いた。それが流行化して、世間一般では《ざまぁ》系小説と呼ばれているみたい。
小説のイラストをいくつか見た限り、私のいる異世界と近い世界観を持っていた。私がその事を話すと、三人とも興味を持ったのか、身を乗り出すように尋ねてきたので、私は今世の身に起きた出来事を全て話した。私が既に転生していたことに驚いていたようだけど…
「転生先の両親をぶん殴りたい!!」
「悠太と同じ気持ちだが、ある意味で感謝している。こうして咲耶と再会できたのだから」
「それは…そうね。でも、同じ親として許せないわ。咲耶、記憶が戻っても、絶対にその人たちのところへは帰ったらダメよ」
「姉さん、そういった連中は屑だ。生きていることを考慮して、暗殺者を放っている可能性だってあるし、姉さんに利用価値が生まれているとわかれば、必ず連れ戻しにやって来る場合もありうる」
「ベイツさんとルウリがいるから安心だと思うけど、気をつけるね」
「見つかってしまった場合、精霊ルウリとベイツさんに、必ず相談すること。迷惑を気にしてしまい、自分1人で行動することは厳禁だ」
なんか、悠太に先を読まれている。
一瞬、考えてしまったもの。
「そうだね。今の両親のもとへは絶対に帰りたくないから、必ず相談するよ。また、死にたくないもの。そういえば、あの時の災害で私以外にも、亡くなった人はいたの?」
私の問いに答えてくれたのは、お父さんだ。
「あの災害で亡くなったのは、咲耶だけじゃない。だが、転生先で両親に捨てられ、何の因果かわからないが、同じ10歳で再び水害に巻き込まれ死にそうになるなんて……前世と今世で似た不遇に見舞われたからこそ、神様も気の毒に思い、お盆を利用して、ここへ訪れる機会を与えてくれたのだと思う」
そういえば、ルウリもお父さんと同じことを言っていたよね。
10歳という時期に、二度も似た災害に巻き込まれることなんて、そうないもの。
一つ目は天災、二つ目は人災、私って水に嫌われているのかな。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お腹すいた。お昼まだ? あれ、仏壇に飾られている写真の女の子がいる。もしかして、私のお姉ちゃん?」
突然、リビング入口から聞こえてきた女の子の声、そこには6歳くらいの女の子がいた。どことなく、私に似ている気がする。そっか、あれから妹が誕生していたんだ。
「ああ、そうだよ。光希と俺の姉さんだ」
光希か、もし私が生きていたら、14歳差の姉妹になるんだね。
「お兄ちゃん……なんか雰囲気がいつも以上に優しい。そっか、この人が私のお姉ちゃんなんだ。変なの、お兄ちゃんの方が歳上みたい」
ふふ、10年の時が経過しているもの。
そっか、悠太がお兄ちゃんになるんだ。
「私は咲耶、10年前に死んじゃったお姉ちゃんだけど、やっと家族とお話しできる機会が作れたの。光希、よろしくね」
さっきまでお昼寝していたのか、とろ~んとしていたけど、急に目が覚めたのか、光希が私のもとへやって来る。
「私より少し歳上のお姉ちゃんだ!! やった、やった、いっぱい遊ぼう!!」
光希が目を輝かせながら、私の手を掴みリビングの端の方へ移動すると、片付けられていた人形などのおもちゃを、箱から次々と取り出していく。懐かしいな、私もよく一人で遊んだから、光希の寂しさもわかるわ。うん、いっぱい遊ぼう!!
「そうか、光希と悠太は歳の離れた兄妹だし、悠太も女の子の遊びに参加しなかったな。光希も、歳の近い咲耶と遊びたいんだ。母さん、昼食に関しては少し遅いが、午後1時30分に食べよう。私は夕食用のバーベキューを、今から買い込んでくる。今日は庭でキャンプだ」
「あら、いいわね!! 咲耶を連れて外に出れば騒ぎになっちゃうかもだし、家限定であれば、何の問題もないわ。せっかくだから、今ある食材を使って、昼食も豪華にしましょう」
「いいね。母さん、俺は庭にキャンプ道具を出して、今のうちに準備を進めておくよ」
「悠太、任せたわよ」
家族全員が笑顔だ。今日は忙しくなりそう。
私は幽霊だから、みんなとカラオケに行きたくても行けない。防犯カメラにどう映るかわからないし、下手に心霊映像のようなものが撮れてしまったら大騒ぎだ。庭でのキャンプは初めてだな。
○○○
楽しい時間というのは、あっという間だよね。光希と遊んで、豪華な昼食を食べて、そこからはみんなでテントを設営したり、パーティーゲームで遊んだり、太陽が沈んでから、望遠鏡を物置から引っ張り出して、空に浮かぶ星々を観察したりもした。お月様を観察した時、光希が凄く驚いていたのが印象深いわ。
夕食は国産牛の肉が勢揃いしていて、私は久しぶりに家庭の味を楽しんだのだけど、私も家族も今更になって、幽霊でも食事できるんだと思い、みんな大笑いしてしまった。
そして、遂にお別れの時間がやって来た。光希は夜10時になったら、力尽きてしまい、今はテントの中の寝袋で熟睡している。彼女を除く三人はお別れの時間が近づいていることもあり、神妙な顔つきで私を見ている。
「お父さん、お母さん、悠太、これは私からのプレゼント。ゲームや食事の合間を使って描いたの。私がこの日この時間にいたことを、どうしてもこの世界に残したくて描いたものだよ」
私は、一枚のA4サイズの紙をお父さんに渡す。
「これは……私たちの……あのゲームをしていた時の光景を描いたものか。この2羽の鳥は? 左端はルリルリだが、右端にいるのは?」
「そっちは、異世界で仲間になった精霊のルウリだよ。その子が出会って早々、精霊契約してくれたから、私も凄く助かっているの」
ルウリには家の中で、一度だけフェアリーバードに戻ってもらったことがある。その時の姿が神々しく綺麗で、今でも鮮明に記憶に残っているから、せっかくなので絵に描いてみた。
「ちょっと待って!! この子…」
お母さんが、不意に私の絵をじっと見つめる。
「もしかして…いえ、きっとそうだわ」
「お母さん、どうしたの?」
お母さんの両目から、涙が溢れ出てくる。
「ルリルリが亡くなって以降、私の夢にちょくちょく出てくる綺麗な鳥にそっくりなのよ。夢の中でも、ピピピピと良く話しかけてきたわ。多分、ルウリはルリルリの転生した姿よ」
「ええ!?」
お母さんの言葉に、私は驚きの声をあげてしまう。
「母さん、その可能性はきっと当たっているよ。伝説上の鳥がすぐに精霊契約したこと、特別に姉さんを日本へ連れてきたことを考慮すれば、辻褄が合う」
悠太の言葉に、言葉が出てこない。
ルウリって、ルリルリだったの?
「そう…ね。咲耶、姿が!?」
お母さんに言われて、自分の手を確認すると、半透明から少しずつ薄くなっているのがわかる。
「あはは、時間切れが近いみたい」
お母さんの目からも、涙が溢れ出てくる。
「せっかく、家族5人で…そんな…いかないで…いかないで…咲耶」
今の私たちは、5人家族。だから私は、家族全員がパーティーゲームを楽しむ光景を絵に描いた。私が描いたものと証明するため、右下に日付とサインも入れてある。
「お父さん、お母さん、悠太、絵を大切にしてね」
「咲耶も光希も悠太も…子供たちが勢揃い…みんなが笑顔…私たち夫婦が待ち望んでいたものだ…別れたくない…別れたくないが」
お父さんが、お母さんを抱きしめる。
ごめんね、お父さん、お母さん。
それは叶えられそうにない。
私は、もう死んでいるから。
私だって、家族とずっと一緒にいたいよ。
10年前に戻りたいよ、でも時間は戻せない。
時間が戻ってくれたら、どれだけ嬉しいことか。
「母さん、父さん、泣くな。姉さんも…辛いんだ。笑って…笑って、異世界へ行かせてあげよう」
悠太も拳をきつく握りしめ、必死に泣くのを我慢しているわ。
「そう…だな。時間は有限、残り時間も少ない以上、笑顔にならないとな。咲耶、これを持って行け。向こうへ持っていけるかわからないが、役立つものを買ってきた」
お父さんが3つの大きい箱を持ってきて、床にどんと置いた。中身を確認すると、全て猫と鳥関係のオモチャや餌、缶詰、おやつ類など、それらがぎっしりと敷き詰められていた。
「お、お父さん、これって…」
「鳥を飼っていると聞いたし、猫カフェを作るとも言っていたろ? それなら鳥と猫のおもちゃや餌類が必須だ。なあに、神様も人と関係ない鳥と猫のおもちゃや餌程度なら、異世界への搬出も許してくれるさ」
許してくれるかな?
物は試しに、これらに触れたまま消えてみよう。
「あはは、父さん。何を大量に買っていたのかと思えば、まさか全部鳥と猫関係とはね」
「本当に呆れるわ。あなた、他になかったの?」
これを異世界に運べれば、ルウリやミケーネたちも喜んでくれるわ。
「お父さん、ありがとう。異世界への運搬が成功していたら、みんなと協力して生産できるように動いてみる」
私の返答に、悠太もお父さんもお母さんも笑っている。さっきまで悲嘆に暮れていた雰囲気が、一気に明るくなった。もしかしたら、お父さんはこうなることを想定して、わざと猫と鳥ばかりのお土産にしたのかな?
「姉さん、俺からまだ言ってないことがある」
「悠太、どうしたの?」
先程までの和やかな笑い顔から一点、悠太は真剣な顔になっている。
「俺の将来についてさ。俺の夢は、医者になること。俺は、姉さんを救えなかった。俺にとって、それが一番懺悔したいことなんだ。でも、時を戻せない以上、その罪を背負って生きていく。そして、医者となり、大勢の人々の命を救おうと思っている。その夢を叶えるためにも、俺は高校生の間にアルバイトをいくつもこなし、コミュニケーション能力を向上させ、良い友人関係を構築できた。残りの高校生活でやるべき事は、国公立の大学医学部に受験して合格すること」
悠太は真剣な物言いで、自分の夢を語っている。その目からは私への罪滅ぼしではなく、自分自身で見つけた夢だということを切実に訴えているわ。
「悠太、私は転生しているから、もう傍で見守ることもできないけど、異世界からあなたの成功を心から祈っているね。頑張れ」
そう言うと、悠太が優しく微笑む。
「ありがとう。今日、姉さんと出会えてよかった。俺は、今日のことを生涯忘れない。カメラとかも用意したけど、多分デジタルもアナログも映っていないだろう。だから、姉さんの描いてくれた絵を家宝にするよ」
家宝って、少し大袈裟な気もするけど…あ、身体がどんどん透けてきてる。
もう時間切れなんだ。
「「咲耶!?」」「姉さん!!」
「もうお別れの時間だね」
三人が、一斉に私に抱きついてきた。
「咲耶、生まれてきてくれてありがとう。異世界に行っても頑張れよ」
「咲耶、あなたとの10年間幸せだったわ。私たちは、生涯あなたを忘れないからね」
「姉さん、今度は俺が兄として光希を守る!! 絶対に、光希を幸せにさせるから!!」
みんなの言葉が、私の心を刺激させる。
泣かないよう我慢していたけど、やっぱり無理だ。
「ありがとう…ありがとう…私・倉木咲耶はこの家族のもとで生まれて幸せでした」
そう言った直後、私の意識が途絶えた。
○○○ 悠太視点
姉さんが、俺たちの前で消えた。
だけど、あの時とは違う。
俺を含め、父さんや母さんも、これまで言えなかった言葉を全て出し切ったこともあって、晴々とした表情をしている。あの災害以降、俺たち家族の中には姉さんに対する申し訳なさがずっと残っていたけど、それを今乗り越えることができたんだと、改めて強く実感する。
「あら? 3つの箱が無くなっているわ」
「え!?」
「本当か!?」
母さんの言葉に、俺も父さんも驚きを隠せない。
まさか、本当に持っていけるとは思わなかった。
「母さん、悠太……神様って、本当にいるんだな。私たちは、あの災害もあって、神という存在をどうしても信じられなくなっていたが、信じざるをえない現象に立ち会ってしまった」
「きっと、ルリルリが異世界と地球の神様にお願いしてくれたのよ」
父さんや母さんと同じ意見だ。この10年、俺は姉さんともう一度だけ会いたいという願いを神社仏閣で祈っても叶うことはなかったんだが、今日になって、それが叶った。俺も、神という存在を信じよう。
神様方が亡くなった姉さんの魂を、ルリルリのいる世界へと導いた。そして、死にかけている姉さんを救うべく、ベイツさんとルリルリに出会わせてくれたと考えるのが妥当だろう。
ただ、そうなった要因を聞くと、胸糞悪くなる。今の姉さんにとって味方なのは、ルウリに生まれ変わったルリルリと、ベイツというAランク冒険者の2人しかいない。正直、生きていく上で心許ない。これから先の未来で、姉さんの両親が絡んでくる可能性も十分にありうる。
神様、俺は姉さんに肉体的な強さを望みません。
俺の望む願いは、【友情の絆で結ばれた仲間との出会い】。
今の姉さんには、それが必要だと思います。もし、姉さんにスキルが与えられるのなら、その願いに準じたものにしてくれませんか?
俺は夜空に浮かぶ星々を見ながら、必死に姉のことを思う。姉さんは、もう手の届かないところにいる。今の俺にできることは、こうして天に祈りを捧げることしかできない。
日本の神様、どうかこの願いが異世界の神に届きますように。
俺が天に向かって、再度祈りを込めると、一筋の流れ星が流れ落ちていった。




