10話 ベイツの人命救助 *ベイツ視点
もしかしたら、俺はとんでもない迷い子を発見したのかもな。
咲耶の中に眠る力は、想像以上に大きい。
山の中腹付近の川で拾った時、彼女の身体は全身傷だらけの酷いものだった。流石に全てを見たわけじゃあないが、流木などによって生じた傷だけでなく、明らかに誰かに殴られたかのような打撲痕がいくつもあった。
天候のことを考慮しなくとも、魔物の蔓延る山の登山など危険極まりない。おそらく、咲耶は転移魔法陣によって、この地へ転移されたに違いない。記憶を目醒めさせる可能性もあるから、彼女自身には言わなかったが間違いないだろう。
そして、破れていた衣服類はかなり上質なものだった。
[上質な衣服][打撲痕][転移魔法陣]から推察すると、彼女は貴族だ。後々訪れるかもしれない危険性を考慮して、咲耶自身にも貴族であることを仄めかし危機感を匂わせておいたが、あのフェアリーバードが見守っている以上、俺が彼女の身辺を警護しなくとも問題ないだろう。
咲耶は、本当に不思議な女の子だ。
人間の世界では、その希少性から奪い合いの戦争になると言われているフェアリーバードと遭遇し、会話を少し交わしただけで気に入られ、精霊契約を成功させた。それに、猫とも会話し依頼を速やかに完遂させ、猫の抱えているもう一つの問題を鮮やかに解決、この街を牛耳る商人アマンガムさんに気に入られた。
普段、あの人は穏和な方だが、商売となると性格が豹変し、ベテランでも怒鳴られることが多々あるという。自分の猫に関わることとなると、特に厳しい目をするのに、咲耶はそんな彼の雰囲気に気づくことなく、自分のアイデアを現実的に話していく。
その話し方も、実に見事だ。
猫カフェを建築する場合、猫が生活しやすい環境、人がそんな猫に癒される環境、この2つを両立させる必要がある。また、建物の外装に関しても、周囲の建物とは異なるユニークなデザインにしないと、人は目を向けないとも言っていた。猫と人の両方を大切に考えていることが、俺やアマンガムさんの心に強く伝わった。だからこそ、咲耶が猫たちの教育者に選ばれたのだろう。おまけに、猫語も理解できるのだから、教育者として、うってつけの存在だ。彼女にとっては選ばれたこと自体が想定外だったのか、終盤くらいから身体を震わせていたな。
俺の視点で2人の会話を聞いた限り、あれは紛れもない商談だ。
咲耶の両親は、何故これほどの逸材を見捨てた?
人の良し悪しは、スキルだけで判断できない。
たとえ無能力であっても、才能というものは、その時の会話や行動で見え隠れするものだ。無能力と判断し、問答無用で山に捨てていく残虐行為、これだけは断じて許せん。
問題は、何処の貴族かだ。
距離的なことを考慮すれば、この街の貴族は論外。
ここから近い大きな街となると隣国になるが、その線も薄い。転移魔法陣を発動させるという行為がこちらに察知されれば、戦争とも受け取られかねない。そんな危険を冒してまで、やる必要性はない。
そうなると、国内でここから遠く離れた街の貴族ということになる。
咲耶は10歳で容姿も良いし、性格も穏やかだ。何より、彼女を見ていると、俺たちの心が和む。教育者の件にしても、そろそろ男の子にも興味が出てくる年頃だから、てっきり当時ギルド内にいた15歳前後の冒険者パーティーの誰かを指名すると思っていた。
そうしたら、あんなことを言われるとは思わなかった。
『ベイツさんは、私の命の恩人です。この3日間だけでも、様々なことを学ばせてもらいました。先輩としての視点、新人としての視点、両方の視点で捉えた際の注意点を教えてくれました。とてもわかりやすかったので、もっと絆を深めたいです』
あの言葉を聞いて、あの場にいる全員が咲耶を認めたんだ。
まだ、10歳なのに、あそこまで気配りできるとは俺も驚いた。
だからこそ、咲耶が記憶を取り戻したとしても、冷酷な行為を犯す両親のもとへ帰してはいけない。利用価値が生まれてしまうと、徹底的に搾取される恐れがある。出来る限り早い段階で、彼女の両親の情報が欲しい。俺がギルドマスターに、咲耶の件を報告して2日しか経過していないから、情報もまだ集まっていないだろう。今は、隣にアメリアもいる。ここでは咲耶の素性に関する話題は避けておこう。
ルウリに関しては《約束》もあって、ギルドマスターにもフェアリーバードと明かしていないが、やはり彼だけにはいつか言っておきたい。打ち明ける時期に関しては、ルウリと要相談だな。
【咲耶を不幸にした時点で、この街は炎に包まれる】
精霊の中でも高位とされているフェアリーバードを怒らせてしまった場合、必ずその街に不幸が訪れ、滅亡の道を辿ると言われている。そもそも、フェアリーバードは温厚ではあるものの、警戒心の強い精霊だ。人の外見ではなく、内面となる心の清らかな者にしか近づかないとも言われているし、咲耶の場合、出会って5分ほどで、精霊契約にまで至っている。
はっきり言って、これは異常だ。
だからこそ、ルウリには俺にだけ明してほしいと言ってはいるが、まだ警戒されているのか、現時点で何も教えてもらっていない。咲耶を育てていくにしても、まずはルウリの警戒心を解き、信頼してもらえることが第一歩だろう。
俺はアメリアと共に、【ギルドマスター・ガロード】の部屋へと入る。彼とは15年来の付き合いになるが、元Sランク冒険者だけあって、相変わらず筋肉質でごついおじさんのままだな。力を低下させないよう、鍛錬も怠っていないようだ。年齢は50歳くらいのはずだが、40前半に見える。
「アメリアとベイツか、突然どうした?」
「ギルドマスター、まずはこちらの依頼達成書と、アマンガム様からの手紙を拝見してください」
アメリアが、ガロードさんに書類を渡すと、すぐさま目を通す。
彼は読み進めていくごとに、目が険しくなっていく。
「こりゃあ、違う意味でたまげたな。2日前、咲耶は無能者で、鳥と会話できることをベイツから聞いていた。動物との会話に関しては、レアスキルとして実在しているから驚きも少ないが、猫を経由して、初日でこれほどの成果を上げるとはな。期待の新星じゃないか」
アマンガムさんも乗り気だから、今頃猫カフェに関する計画書を作成している頃だろう。もしかしたら、数ヶ月程度で販売に漕ぎ着けるかもしれない。
「猫カフェ・・・か。開店すれば、街も賑やかになるぞ。ベイツ、彼女を冒険者として、大切に育てろよ」
「ええ、咲耶はまだ幼い。道を踏み外さないよう、成人するまでは、俺がしっかり育て上げます」
「亡くした娘さんのことを思い出すのか?」
はっきりと言ってくれる。
俺に対して、ここまで踏み込んでくるのは、あんたとアマンガムさんくらいだ。2年前の天災で亡くなった俺の妻ミーシャと娘ティリル。咲耶とは全く似ていないが、彼女を一目見た段階から、何故かこの子を見捨ててはいけないと思ってしまった。もしかしたら、妻と娘が俺に『見捨てるな!!』と訴えていたのかもしれないな。
彼女を育てる上で重要なのは、フェアリーバード・ルウリの存在だ。
レアスキルの中には、特定生物の場所を正確に察知できる能力もあると聞く。王族貴族がそれを持っていた場合、ルウリの正体に辿り着く可能性もあるだろう。仮に、ルウリがフェアリーバードとして世間に広まった場合、様々な悪意が咲耶を襲うことになる。これは俺の個人的希望だが、彼女自身には人の悪感情に囚われることなく、この街でまったりのほほんとした生活を続けて欲しい。
咲耶には、心から信頼できる仲間が必要だ。
仲間・・・あの子がピッタリかもしれない。
うん、あの子なら、咲耶との相性もピッタリだろう。




