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運命の人と幸せな記憶  作者: 霜月聖


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思い出はそのままではいられない


さて、なんと謝ったらいいものか。


一通りの家事を終え、一息ついたところでスマホとにらめっこを開始した。

昨日喧嘩別れした彩芽に送信するメッセージは打っては消し、打っては消しを繰り返し一向に送信するに至らない。

あの時は彩芽の言い方にカチンときてしまいつい言い返してしまったが、冷静になると自分にも非があるのだ。

彩芽はバツイチで、前の夫の浮気が原因で離婚している。

そんな事情も考えずに旦那の愚痴なんて言ってしまったのだから嫌味の一つでも言いたくなるだろう。

そんなことを考えながら打ち込んだ文章は言い訳がましく、謝罪にもならないようなものばかりだ。

悩んだ挙句送信したのは

『昨日はごめんね。愚痴ばかりで嫌だったよね。またご飯行こうね。』

こんな簡潔な文章にしかならなかった。


でも謝罪したことでもやもやは解消された。

せっかくいい気分で朝を迎えたのだから嫌なことを引きずるのはよくない。


買い物にでも出掛けようといつも使っているバッグを手に取る。

今日の夕飯の献立を考えながら外に出ると空は雲一つない晴れ模様だ。

初夏の日差しを感じ日傘を差そうとバッグの中を探る。そのとき『ブチッ』と嫌な音がした。

バックについているファスナーに日傘の骨が引っ掛かってしまい、バッグの生地が破けてしまったようだ。

このバッグは幸太郎と付き合って初めての誕生日にプレゼントしてもらった思い出の品だ。大事に使ってきたが経年劣化で生地がもろくなってしまっていたのだろう。

物はいつか壊れるものだ。それは仕方のないことでも、思い出も傷ついたような気がして、とても悲しい気持ちになった。

壊れた部分を見てみると幸い大きな破損でもない。

よく見ると所々塗装が剥げ、色あせてしまっている。

美咲は自他ともに認める物持ちの良さで、人から、特に幸太郎からもらったものは失くしたり壊したりしたことはなく、しっかり手入れをしていた。

これを機にバッグをリペアに出すのも悪くないかと気を取り直す。

物を入れる分には支障はないため、そのまま買い物へと向かった。


________


夕方になり夕食の準備をする。

ピロンっとスマホの通知が鳴り、時間的に幸太郎がそろそろ帰ると連絡をしてきたのかと見てみると、幸太郎ではなく彩芽からのメッセージが届いていた。


『こっちこそごめん。ついカッとなって言い過ぎた。』


学生時代からの友人である彩芽とは喧嘩することも多かったが、お互いの悪いところを謝って仲直りしてきた。

今回も仲直りできてよかったと安心していると、幸太郎から今から帰るとメッセージが入っている。

2人のメッセージにそれぞれスタンプで返信し、夕食の支度を再開した。


________


幸太郎が帰宅し、一緒に夕食を摂る。


「そういえば今日、幸太郎からもらったバッグがちょっと壊れちゃったの。」


そういえばとバッグについての話題を出した。


「入れたものが落ちるとかではないし、今度修理にでも、、」

「それさ、もう捨てていいんじゃない?」


修理に出すと伝える前に幸太郎からそう言われた。

捨てる?

言われた言葉が予想外すぎてぽかんと口を開けて固まってしまう。

そんな私に気付きもせずに、スマホを触りながら幸太郎は続ける。


「バッグっていつも使ってるやつでしょ?だいぶ古いし寿命じゃない?別に新しいの買えないわけでもないんだからさ。なんなら好きなバッグ買ってあげるよ。そんなに高いものでもないのに修理までして使うなんてなんか貧乏くさいし。」


なんでそんなことを軽々しく言えるのだろう。

あなたに買ってもらったバッグだからこそ、ここまで大切にしているのに。

思い出がたくさん詰まっているのに。

新しいものが欲しいとかそういうことじゃないのに。


言いたいことはたくさんあるのに、そのどれもが喉につっかえて言葉にはならない。

私にとってすごく大切なものをあっさり否定されたことがすごく悲しかった。

黙っている私に気付いた幸太郎が「どうしたの?」と聞いてくる。

様子が変だと気付いてもその原因には思い当たらないようで、心底不思議そうな顔をしているのがさらに私を悲しくさせる。

何年も一緒にいるのに分かち合えないことがあると突きつけられているようだった。


「ううん、なんでもないよ。」


それだけ言うので精いっぱいだった。どうせ言ってもわかってもらえない。言っても無駄だ。

無理やり作った笑顔を浮かべて食事を再開する。

幸太郎はめんどくさそうな顔をしている。

ほらね、自分が私の機嫌を損ねたと分かっているくせに深堀するのはめんどくさいなとでも思っているんでしょうね。

私はあなたの考えていることが手に取るようにわかるのに、あなたは何にもわかっていないのね。


心でそんな悪態をつきつつ、さっさと食事を終わらせた。


________


その夜また夢を見た。

あのバッグをもらった時の夢だ。

幸太郎は最初、サプライズで違うバッグを用意していた。

当時流行っていた小さいサイズのバッグで、いろいろ調べて買ってくれたことがうれしかった。

でもそこで問題が起きた。私は基本心配性で持ち物が多く、財布も長財布を使っていたためほとんどの荷物がバッグに入らなかったのだ。

せっかくプレゼントしてくれたものを使うことが出来ない。どうしようかと悩んだがその後のデートで幸太郎にバッグを使わないのかと聞かれてしまった。

趣味に合わないものをプレゼントしたのではないかと落ち込む幸太郎に、私は正直にバッグの大きさが小さすぎると話した。

すごく申し訳なくて、持ち物を整理するから大丈夫だと伝えると幸太郎は首を振り、スマホで何かを調べ始めた。そしてどこかに電話をかけて、それが終わると笑顔で私に言った。

「同じデザインでサイズが大きいバッグもあるみたい!それ、今から買いに行こう。在庫もあるみたいだから。小さいほうのバッグは美咲のものだしそっちも好きに使って!普段美咲の使ってるものとかちゃんと見てなくてごめんね。」

その優しさにびっくりするやら、さらに申し訳なさがこみ上げるやらで泣いてしまって結局幸太郎を困らせてしまった。

そのあと最初にもらったバッグは返品し、すこし大きな使い勝手のいいバッグを再度プレゼントしてもらったのだ。


________

いつも通りの朝、朝食を用意しコーヒーを淹れる。

頭に寝癖を付けてあくびをしながら起きてきたあなたに「おはよう」と声をかける。

目玉焼きを載せたトーストを食べるあなたを見ながらお弁当を包んだ。

「行ってらっしゃい」と声をかけ、カバンを渡す。


いつもと変わらない朝なのに幸太郎はどことなく気まずそうだ。

私と目を合わせないようにこそこそと準備をしている。

何をそんなにおびえているのか。喧嘩したわけでもあるまいし。


幸太郎を見送ってから、明日の朝食用のパンが切れているため買い物に出かける。

お財布に、キーケース、日焼け止め、、、

荷物をまとめて大きめのトートバックに入れる。

古ぼけたバッグが目に入ったが、買い物には向かないなと思いクローゼットにしまった。


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