第4話 護衛(前編)
「この──護衛の依頼というのは?」
俺は、酒場の隅の柱を、ぐるりと眺めながら、一つの依頼に目を留める。
「ああ、商隊の護衛だよ。中原との貿易で財を成している、銀秤商会からの依頼」
「中原まで護衛するのか?」
クラウスの返答に、俺は問い返す。ブロンダルから中原までとなれば、海を越えねばならぬのであるからして、相当な長旅となる。
「いや、その依頼自体は、北のアルゲンティアまでだ。護衛に三日、帰りに三日ってところじゃないかねえ」
クラウスの説明に、俺は眉根を寄せる。合計六日──中原までの長旅を思えば短かろうが、それでもルシオンを一人にするには長すぎる日数である。
「ははあ──妹ちゃんが心配なんだろう」
「──なぜわかる?」
昼間から酒を飲んでいるバルドが、からかうように言って──俺は、内心を言い当てられたことに、少なからず驚く。
「お前はな、自分のことでそんな顔はしないんだよ」
からかうように言って、バルドはこれ見よがしに眉根を寄せてみせる。
心外である。ルシオンのことを大事に思っているのは事実としても、そんな過保護な兄のような扱いを受けようとは。
「ルシオンのことなら、心配せんでも俺が面倒をみるぞ──というか、もうすでに酒場の面倒をみられているわけだからな、大した嬢ちゃんだよ」
クラウスは、今もバルドに酒を給仕するルシオンを眺めながら、感心するように告げる。
そうであろう、そうであろう。ルシオンは、ベラトールの酒場でも評判の看板娘だったのである。酒場の主人たるクラウスからすれば、喉から手が出るほどの逸材であろう、と思う。
俺は、それならば、と決意して、護衛の依頼書を破り取る。
「ラガン──ちゃんと稼いできてね!」
それを見て、ルシオンは俺に手を振り、笑顔を見せる。
ルシオンは、一時よりも、朗らかになったように思う。もちろん、心の傷が完全に癒えたわけではあるまいが、忙しない日常に追い立てられて、落ち込む暇もないのであろう。それには、折れた剣亭の看板娘にまでなっていることも、一役買っているのであろうから、それを一概に責めることもできぬのであるが──兄に無断で妹を看板娘にまで押しあげたクラウスの手腕には、決して気を許してはなるまい、とも思う。
「任せておけい」
俺はルシオンに兄らしく返して──銀秤商会に出向く。護衛として雇うかどうかは、商会の担当者の判断によるのだという。
銀秤商会は、目抜き通りに大店を構える、ブロンダルでも有数の商会である。店の前には、雇われの護衛であろう、武装した男が客の挙動に目を光らせており──それだけ高価な品を扱っているであろうことが知れる。
俺は、店のものに声をかけて、護衛依頼を受けにきたことを伝える。店の前でしばし待つと、担当者を名乗る小男が現れて──いかにも商人然とした鋭い目つきで、品定めするように俺を見る。
「リメルスで傭兵をやっていた」
俺は堂々と告げる。
戦の盛んなリメルスの傭兵であれば、その腕も信用されるであろう、という打算である。実際には、傭兵として戦場に出たことはないのであるが、騎士としての戦働きの経験はある。それほど嘘はついていない。
「隻眼の剣士かあ」
しかし──担当者は、俺の潰れた左目を見て、溜息をつく。
剣聖の奥義に目覚めた経緯を思うと、担当者の反応は不本意である──とはいえ、常識で考えれば、隻眼では距離もつかみづらくなるし、死角も増える。彼がためらう気持ちもわからないではない。
「あんた、本当に腕は確かなのかい?」
担当者のその探るような問いに答えたのは──しかし俺ではない。
「──そこそこやると思うぞ」
俺が口を開くより前に、冷やかしについてきたバルドが、偉そうに答える。
「バルドの旦那!」
しかし、そのバルドの一言こそが、絶大な効果をもたらす。
「旦那がそう言うのなら、まあ──」
担当者は、半信半疑という顔で、俺の左目とバルドとを交互にみつめて──やがて、バルドへの信頼が勝ったようで、護衛の契約について、つらつらと語り出す。
契約の内容は、ごく当たり前のものに思えたので──俺はそれを聞き流しながら、隣でつまらなさそうに話を聞いているバルドに、ぼそりと耳打ちする。
「口添え、感謝する」
「気にすんな。報酬で酒でも奢ってくれ」




