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冒険稼業  作者: マリオン
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第3話 迷い猫(後編)

 ゴドーの鍛冶屋を出て──バルドは裏通りを折れて、隣の大通りに出る。


 大通りには露店が並んでおり、ここがブロンダルの市場であろうか、と興味深く眺めるのであるが──どうにも品揃えがおかしい。食料は並んでいるものの、そのほとんどは保存食である。また、薬草の類も多く並んでいるものの、民がよく使う腹下しの煎薬などは少なく、代わりに裂傷に効く軟膏の揃えが多い。まるで、戦に出向くもののための露店のようであり──実際、それらを購入しているのは、冒険者と思しき連中がほとんどである。


「この通りは、何というか──ずいぶんと冒険者が多いな」

「そりゃあ、迷宮に通ずる──通称『()()()』だからなあ」

 俺の感想に、バルドは振り返ることなく答える。


「──迷宮?」

「古代人のつくりし迷宮ってやつだ。聞いたことないのか?」

「聞いたことがないわけではないが──おとぎ話だとばかり思っておった」


 俺の知るおとぎ話では──迷宮とは、かつて古代人が蛮族から身を守るために地底に隠れ住んだ折、蛮族の侵入を防ぐためにつくりあげたものである、と語られていたはずである。


「おとぎ話じゃねえ。迷宮は確かにあって、冒険者は日々、迷宮に潜る」

「迷宮に──なぜ潜る?」

 何でも屋であるという冒険者──迷宮に潜るからには、何らかの益があるのであろうが、とんと想像がつかない。


「ブロンダルの迷宮は、他の迷宮にくらべると、魔物が多い」

 バルドは、したり顔でそう返すのであるが、そう言われてみても、疑問は深まるばかりである。

「偉い学者先生に言わせると、魔物の召喚陣が多いってことらしいんだが──ま、一介の冒険者には、よくわからん話さ。とにかく、放っておくと、迷宮から魔物があふれる。それをふせぐために、冒険者は魔物を狩り──王より報酬を賜るってわけだ」

 魔物があふれる──バルドの言に、ブロンダルの城塞が何に備えているのか、俺はようやく悟る。

「まさか、ブロンダルの城塞は──」

「そう──外敵に備えたもんじゃない。魔物があふれたときに、内に閉じ込めるためのもんだって言われてる」


 なるほど──どうりで城塞のつくりに違和感があるはずである。都市の内側から、攻め出でる敵に備えているということは、通常の城塞都市とは真逆のつくりになっているということである。ブロンダルに滞在し始めて以来の違和感の正体が、ようやく知れる。


「それに、魔物退治も、そう悪いもんじゃない。魔物の身体っていうのは、意外と高値で取引されるんでね」

 バルドは、金になるという魔物の部位を、指折りながら教えてくれる。


 バルドの語るところによると、ゴブリンのような低位の魔物には、使いものになる部位がほとんどないらしい。より巨大な魔物の、角や牙──それこそ竜の鱗のようなものになると、目が飛び出るような高値で取引されるだろうと言うのであるが──残念ながら、ブロンダルで竜の素材が売りに出たことはないとのことである。


「迷宮の奥──古代都市を目指すわけではないのか?」

 おとぎ話のとおり、迷宮の奥深くに古代人の都市があるというのなら、そこには我らにとって財宝となりうるものもあるやもしれぬ。魔物の討伐で稼ぐよりは、古代都市を目指す方が、よほど迷宮探索らしく思えるのであるが。

「もちろん、そういう連中もいるさ。とはいえ、日銭を稼ぐには、魔物を狩って、その部位を売るのが手っ取り早いってこと。迷宮の奥を目指すのは、何もかも整った、上級の冒険者ってわけだな」

「バルド──お前も、()()()()()()なのではないか?」

 思わず口走った俺の言葉に、バルドの足が止まる。俺をして、ほとんど線の見えぬ、隙のない剣士──彼ほどの腕であれば、迷宮の奥深くまで潜っていても、何ら不思議はない。

「そう見えるなら──俺もまだ捨てたもんじゃねえな」

 バルドは、肯定とも否定ともとれぬ言葉を返して、再び歩き出す。


「迷宮は儲かる──とはいえ、すぐに潜るのは、おすすめはせん。迷宮に一人で潜る奴はおらんからな。仲間を得てから、考えるといい」

 慎重を期すべし、とは──バルドにしてはめずらしい。傲岸不遜が服を着て歩いているような男であるというのに──とはいえ、その彼をして、そう言わしめるほどに、迷宮は危険なのであろう、と思い直す。

「バルド──お前を仲間にすることはできんのか?」

 俺は、何とはなしに、問うてみる。これほどの剣の達人で、しかも冒険者という稼業にも詳しいとくれば、最適な人材であるように思えるのであるが。

「俺は──もう迷宮に潜る気はない」

 バルドは、彼にしてはめずらしく、きっぱりと断る。


「とはいえ──金さえもらえれば、二層までの案内くらいなら、頼まれてもいいぜ」

 しかし、迷宮の案内の方は、散歩にでも出かけるような気軽さでもって提案するのであるからして、わからぬ男である。彼にとっては、迷宮の二層に潜ることなど、ちょっとそこまで散歩に出かけるのと、さして変わらぬということなのかもしれぬ、と思う。


 俺は、ふむ、と思案する。仲間になってもらえないのは残念であるが、迷宮の案内もこの男に頼むのが確実であろう。しかし──今回の案内で、手持ちはすでに尽きている。


「そうか──では、金を稼いだら、お願いすることにしよう」

「楽しみに待ってるぜ」



 バルドは迷宮通を途中で折れて、また裏通りに入る。


「ラガンも知っておくといい。逃げ出した猫は、だいたいここにいる」

 バルドは、他の奴には内緒だぞ、とおどけながら、裏通りの突き当たりの、ぽっかりと開けた広場に出る。


 広場の真ん中には噴水があり、その脇には大樹がそびえている。なるほど、この広場であれば、噴水の水も飲めるし、大樹の木漏れ日も楽しめるということであろう──確かに、そこかしこで、猫がまどろんでいる。


「依頼書には、首輪のある白い小猫とある」

 バルドは依頼書を取り出して、広場をぐるりと見渡す。

「ああ──あれだな。のぼったはいいが、下りられなくなったと見える」

 そして、大樹の枝に目を留めて──そこには、その枝の高さに脅えていると思しき小猫の姿がある。


「のぼるか?」

 バルドは大樹を顎で指して、楽しそうに俺に問う。

「──いや」

 俺は首を振って、左目を閉じて──腰の曲刀の柄に手をかける。そして、一息に曲刀を抜いて──大樹の枝の中ほどに見える線をなぞる。小猫は、枝が斬られたことに気づくこともなく、そのまま、すとん、と俺の懐に落ちてくる。


「──やるねえ」

「ま、このくらいはな」

 言って、曲刀を鞘におさめる。胸に抱いた小猫は、にゃあん、とのんきな鳴き声をあげる。



 俺は小猫を抱いて、バルドと連れ立って、宿に戻る。あちらこちらと歩き回っているうちに、すでに昼を過ぎており、酒場は食事に訪れた客で満席に近い。気の早い連中など、すでに酒を飲み始めており、これが折れた剣亭の日常なのであろう、と思う。


「お待ちどうさま!」

 と、聞き覚えのある快活な声が響いて──見れば、ルシオンが酔客に給仕をしている。

「ルシオンちゃん、こっちにも酒のおかわりを頼むよ」

 常連客など、すでにルシオンちゃん呼ばわりである。


「クラウス殿──なぜに、ルシオンが働いている?」

 俺は思わずクラウスを問い詰める。

「あの娘の方から、何もすることがないから、働きたいって言い出してね」

 ちゃんと給金は払う約束だぜ、と彼は悪びれることなく答える。


「しかし──こんな荒くれどもの中で、年頃の娘を働かせて、危険ではないのか?」

「あんたの妹だろ? あんたはバルドに認められたんだ。そんな男の妹に手を出すような愚か者は、うちにはいないよ」

 クラウスにそう言われて──俺はバルドに認められているのだと初めて知って、少なからず驚く。


「俺は──バルドに認められているのか?」

「あいつが仕事抜きで()()を許したところなんて、他に見たことないぜ」

 クラウスの言葉に、いつもの席に向かうバルドの背中を見やると──彼は振り返ることなく、鷹揚に手を振り返してみせるのであった。

「迷い猫」完/次話「護衛」

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