第29話 決闘(前編)
「余の顔を見忘れたか?」
寝起きで階下の酒場に下りてきた俺を待ち受けていたのは誰あろう──。
「見忘れるわけがなかろう」
ロラン王子である。
ブロンダルの第二王子ともあろうものが、こんな冒険者のたまり場のような酒場にくるものではない──そう思うのは俺だけではないのであろう、いつものように王子の後ろに控える近衛騎士のガレスが、めずらしく渋面をつくっている。
「それで──今度は何用で?」
俺は、無礼にもあくびを噛み殺しながら、王子の向かいの席に腰をおろす。
王子が酒場にくるということは、俺やバルドに用向きがあるということ──特に俺の素性を知られて以降、何かと便利使いされているように思えるのは、おそらく気のせいではあるまい。半ば強請りのようなものである。
「おぬしの評判を聞いて、ぜひとも力を借りたいと申すものがおってな」
言って、不気味に微笑みかける王子から逃れるように、あたりを見回す。
「バルドではいかんのか?」
必死に探してみても、こんなときにかぎって、バルドは酒場に顔を出していない。
「借りが一つ、あるであろ」
言われて、俺はその借りに思い至る。
先だって、リメルスに貸し出す予定の古文書を、無理を言って先に見せてもらったのである。一介の冒険者が王子に頼み事をしたのであるからして、確かに大きな借りであろう、と渋々納得する。
「それで──俺は何をすればよいのだ?」
あきらめて問いかける俺に、王子はにんまりと笑う。
「なあに、他愛のない──代理人よ」
ロラン王子に指示されて、俺は貴族街の屋敷──それも、ことさらに豪奢な屋敷を訪れる。何でも王族の遠戚の屋敷らしく、そんな大貴族のもとを冒険者風情が訪れてよいものか、と気が引けていたのであるが──意外や家主は気さくな男である。こう言っては失礼にあたるかもしれぬが、大貴族にしては威張ったところのない、どこか新米の文官めいた、ひ弱そうな男である。
「私はアルノーと申します」
「ラガンと申す」
互いに名乗りあったところで、家主──アルノーに勧められて、応接室の椅子に向かい合わせに座る。
「して──代理人とは?」
と、さっそく話を切り出すと。
「ロラン王子から聞いていないのですか?」
アルノーは驚きの声をあげる。
「まったく、王子の悪戯好きにも困ったものです」
アルノーの口調からは、本当に困っている様子がうかがえて──心中で、まったくである、と同意を示して──それだけで彼に好感を抱いてしまう。
「ラガン殿には、決闘裁判の代理人になっていただきたいのです」
「──決闘裁判?」
アルノーの語るところによると、事の発端はある貴族の急死にあるのだという。貴族の死により、その領地は相続されることとなったのであるが、彼には近しい身寄りがなかった。そこで、監察官が調べてみると、アルノーが遠縁であるということが判明し、相続問題は無事に解決──するかに思えた。
しかし、領地が相続される直前になって、別の貴族が名乗りをあげて、その領地は自らの一族が貸し与えていたものであると言い出したのである。それぞれの言い分の根拠となる古い証書が提出されて、裁判も行われたのであるが、結局のところどちらも正しく思えるということで決着がつかず──決闘裁判と相なったというわけである。
「裁判の事情はわかったが──何故その代理人を俺に?」
俺の問いに、アルノーは苦笑で返す。
「ラガン殿がアルネス殿を斬ってしまったことが原因で困っておりまして」
「──アルネス?」
聞き覚えのない名に、思わず問い返す。いくら俺とて、知らぬものを斬ることはないと思うのであるが。
「ブロンダルの剣術指南役です」
アルノーの言に、ああ、と納得する。
「しかし──辻斬りを斬って責められる謂れはなかろう」
「だから、責めているのではなく、こうしてお願いしているのです。私の代理人となるはずだったアルネス殿の代わりに、代理人になってほしい、と」
なるほど──ブロンダルの剣術指南役であったアルネスに代理人を頼むからには、決闘裁判の相手はよほどの強敵なのであろう。アルネスを斬った俺であれば、代理人の代理人にふさわしかろう、とわざわざロラン王子を経由して打診があったのも頷ける。
しかし、このアルノーという男、大貴族であるというのに、一介の冒険者にも頭を下げるとは──やはり、貴族らしからぬ好漢である。領主の嫡男であった頃の俺とならば、よい友人になれたのやもしれぬ、と思う。
「それで──相手は?」
俺はアルノーに問う。事情がどうあれ、すでに引き受けることは決まっている。
アルノーは、言いにくそうに口を開く。その様からするに、よほどの強敵なのであろう──となれば、俺としても張り合いがあろうというもの。
「砂漠の国──アスファダンの魔剣士です」




