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冒険稼業  作者: マリオン
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第29話 決闘(後編)

「お前、魔剣士と戦うんだってな!」


 いつものように折れた剣亭で酒を飲んでいると、酒場に顔を出したばかりのバルドが、俺とロルフの間に割って入る。


「さすが、耳が早いな」

 言って、注文せずとも給仕されたバルドの酒杯と、自身の酒杯を打ち合わせる。


「しかも、音に聞こえるアスファダンの魔剣士だってんだから、見応えがあらあな」

「──見応え?」

 バルドの言に、思わず問い返す。


 決闘裁判のことがバルドに知れていても不思議はない──が、見応えとは何のことであろう。特段、バルドの前で戦うつもりもないのであるが。


「貴族の決闘──しかも代理人による決闘なんて、見世物になるに決まってんだろ」

「そういうものか」

 返して、俺は自らの酒杯を飲みほす。


 剣は見世物ではない。そういうことであれば、代理人など引き受けなかったものを──と、後悔しかけたところで、どちらにしろ断れぬ依頼であったことを思い出して、俺は小さくため息をつく。


「そもそも、魔剣士って何なんだ?」

 俺とバルドのやり取りを、興味なさげに聞いていたロルフが、そういえば、といった様子で問う。俺も知らぬ。助けを求める顔でバルドを見る。


「嘘か真か──魔(・)法(・)を(・)使(・)う(・)剣(・)士(・)のことだという」

「ほう」

 意外な答えに、知らず俺は感嘆の声をあげている。


 魔法使いと言えば、当然、魔法を使うものであり、剣を使うものではない。ゆえに、魔法と相対することなどなかろうと思っていたのであるが、まさか魔法を使う剣士などというものが存在しようとは。アスファダンの魔剣士と言ったか──世界は広いものである。


「まさか──そんなことも知らずに代理人を引き受けたのか?」

「まあ、断ることもできなんだからな」

 あきれるバルドに、俺は苦笑でもって返す。


「まあ、お前なら何とかなるだろうさ。前祝いに奢ってくれや」

「むしろ、俺の勝利を祈念して、奢るべきではないのか?」

 バルドのずうずうしいたかりに、俺は苦笑しながら返す。俺たちは、顔を見あわせて笑って──決闘裁判を前にしても、夜は変わらず更けていく。



 そして、当日──決闘裁判は、市場で執り行われるという通達を受けて、俺は宿を出る。あんな、ところ狭しと露店の並んだ場所で、どうやって剣を振るえばよいのか、と思案しながら歩いていると──。

「これはこれは──」

 不意に、目の前に現れた光景に、思わずつぶやいてしまう。


 市場からは露店が撤去されている。見慣れたはずの市場も、こうも何もないと広く見えるものである。市場の真ん中は、丸太と板とで囲われている。おそらく、あの中で戦えということであろう、と思う。


 柵のそばには、貴族のための見物席であろう、よく見えるよう桟敷(さじき)が設けられている。見れば、桟敷にはすでに貴族の子女もいるようで──このような血生臭い死合いなど、子どもの見るものではあるまいに、と眉をひそめる。


 一方で、桟敷に座れぬ身分のものたちは、すでに柵の際まで詰めかけている。物見高い群衆は、決闘裁判の始まりを、今かいまかと待ちわびているのである。


 ただ、代理人として剣を交えるだけ──最初はそう思っていたというのに、バルドの言うとおり、これでは見世物である。


「ラガン殿!」

 と──呼びかける声にそちらを見れば、アルノーがこちらに手を振っている。


 アルノーのもとに近寄ると、彼は俺の手を取って、強く握る。

「代理人、よろしくお願いします」

「任せておけ」

 返して、俺はアルノーの手を握り返す。


 俺はアルノーに連れられて、柵の前に出る。そこには見覚えのある顔──近衛騎士のガレスの姿がある。


 アルノーによると、決闘裁判では騎士が立会人を務めることが通例らしく、アルノーに肩入れするロラン王子がガレスを貸し与えてくれたのだという。


 当の王子はというと、特等席の桟敷から、こちらを見下ろしている。なるほど、最初からこの決闘を見物することこそが目的だったのであろう。まったく、よいご身分である。



「アルノー伯爵の代理人──ラガン、前へ!」

 ガレスに呼ばれて、俺は柵の中に入る。


 柵──いや、檻の中は、外から見て思っていたよりも、狭くはない。剣を振るうに困らない程度の広さは、十分にある。


 向かいから、相手の代理人が現れる。頭に布を巻いた偉丈夫は、動きやすいようにであろう、鎧の類はほとんど身につけていない。あらわになった肌は浅黒く、彼が間違いなく異人であることを示している。


「ユリウス伯爵の代理人──ザフィール、前へ!」

 ザフィール──彼こそ、音に聞こえるアスファダンの魔剣士、相手にとって不足なし。


「いざ、尋常に!」

 ガレスの凛と通る声に、一瞬ではあるが、群衆も、しん、と静まる。

「勝負!」

 続く掛け声と同時に、俺とザフィールは、互いに剣を抜いて、相対する。


 群衆は、先の静まりが嘘のように、早く斬り合え、と野次を飛ばしだす──が、剣豪同士の立ち合いというのは、そこらのごろつきどもの喧嘩とは違う。


 俺はザフィールの得物を見る。それは、俺が以前に使っていたものに似た曲刀である。斬ることに主眼を置いた武器であり──実力が伴わなければ斬れぬ剣でもある。


 左目を閉じる──ザフィールの身体に走る線から、どうやら魔法に頼らずとも、一流の剣士であることを見て取る。


 まずは──小手調べである。


 ザフィールが先を取る。速い。一足で俺の間合いに踏み込み、曲刀を振り下ろす。そのあまりの速度に、これでは武器を斬るのは難しかろう、と判断して──俺はザフィールの振り下ろしを黒刀でいなして、そのまま刀身を押さえつけ、奴の身体に肩を当てる。勢いのついた体当たりである。意表を突いたものとばかり思ったのであるが、奴はそれを読んでいたようで、微動だにせず受け止めて──仕切り直しとばかりに互いに離れる。


 なるほど──こやつ、やはり強い。その上、さらに魔法を使うとなれば、ブロンダルの剣術指南役であったアルネスでも、勝ち目は薄かったやも知れぬ、と思う。


 魔法を使われる前に斬るべきか。それとも──魔(・)法(・)を(・)使(・)う(・)ま(・)で(・)待(・)つ(・)べ(・)き(・)か(・)。俺自身としては、ぜひともその魔法とやらを斬ってみたいのであるが──残念ながら、これは俺の戦いではない。アルノーの戦いであり、彼の進退もかかっている。俺は、やむなくあきらめて、魔法にはこだわらず、斬れるときに斬ることを決める。


 俺とザフィールは、互いににらみ合いながら、じりじりと間合いを詰める。そして、互いの間合いが触れ合う──と同時に、今度は俺が先を取る。


 俺の渾身の一閃を、ザフィールは身をのけぞるようにしてかわす。身体がこれほど異様に曲がろうとは、想像だにしておらず──俺は一瞬あっけにとられる。


 わずかなその隙を、しかし剣豪が見逃すはずもない──ザフィールは、起きあがる勢いで、俺に何かを噴きつける。油である──と、気づいたときには、奴は口から炎を吹いている。


 どういう手妻であろう、と考える間もなく、俺の身体は燃えあがる。見物人から、悲鳴があがる。俺は、燃え盛る炎を消さん、と地面を転がる──が、油のせいであろう、身を焦がす炎は、一向に消える気配はない。


 油──ザフィールの噴きつけたものが油なのであれば、燃えているのはその油の染み込んだ上衣である、と気づく。革鎧ごと上衣を脱ぎ捨てて──足で炎を踏み消して、ようやく息をつく。


「ひどいざまだな」

 ザフィールは上半身裸となった俺を見て嘲笑う。


 なるほど──これが魔剣士の所以(ゆえん)。思っていたものとは異なるが、戦いの最中、火を吹かれては、たまったものではない。


 しかし──それは相手が俺でなければの話である。どういう手妻かわからずとも、火を吹くことはわかったのである──ならば、斬ればよいだけのこと。


 俺とザフィールは、三度(みたび)相対する。奴が剣に頼るならば、強敵となろう──が、火炎に頼るならば、そこには油断が生じることになる。


 ザフィールが大きく息を吸い込むのにあわせて、俺は閉じた左目に意識を集中する。奴は、先と同じく、口から炎を吹き出す。魔法か手妻か──それはわからぬが、いつぞやの魔獣の炎よりは小さいのであるからして、線も見えようというもの。


 俺は、襲いくる炎を両断して、一足でザフィールの眼前に迫る。まさか必殺の炎を斬り裂かれるとは思ってもみなかったのであろう、今度は奴が唖然として立ち尽くす。


 剣豪の前では、一瞬の隙が命取りとなる。


 俺は黒刀を振り下ろして、ザフィールの右腕の付け根の線をなぞる。奴の右腕は、手にした曲刀ごと、ごろり、と地に転がる。


「勝者──ラガン!」

 もはや戦えぬであろうザフィールの様を見て、ガレスが待ったをかける。決闘裁判は殺し合いではない。勝敗が決すれば終わりである。


 俺は血振りをして、黒刀を鞘におさめる。そして、屈み込んで、焼け焦げた革鎧と上衣を拾いあげる。宿に戻れば上衣の替えはあるものの、革鎧は新たにつくり直してもらわねばなるまい。ゴドーのしかめ面が目に浮かぶ。


「ラガン殿!」

 俺が柵を出ると、アルノーが心配顔で駆け寄ってくる。

「ご無事ですか!?」

「見た目ほどひどくはない」

 俺はアルノーを安心させるように返す。実際のところ、革鎧と上衣は燃えたものの、火傷と呼べるようなものは残っていない。


 アルノーは安堵するように息をついて──そして、神妙な顔で告げる。

「──報酬はしかと」

「革鎧を新調できるくらいに頼む」

 そんなことを大真面目に告げるアルノーがおかしくて、俺は笑いながら返す。



 アルノーと別れて、宿に戻る俺の背を、誰かが、どん、と叩く。その独特の気配で、すでに誰かは知れている。


「いやあ、大儲けだったぜ!」

 俺の背を叩いたのは、まさに笑いが止まらぬという顔のバルドである。大方、俺の勝敗を種に賭けでもやっていたのであろう、と思う。


「皆、音に聞くアスファダンの魔剣士って響きに騙されたんだろうなあ。あれじゃあ、大道芸人よりかはいくらかましって程度のもんだぜ」

 言って、バルドはほくほくとして、賭けで儲けた金であろう、数枚の銀貨を見せびらかす。


 それにしても──大道芸人とは、言ってくれる。その大道芸人とやらに、こちらは一張羅を焼かれてしまったというのに。


「儲けた金で、酒くらい奢るのだろうな?」

「任せとけい! 今宵はバルド様の奢りよう!」

 調子よく言って、バルドは無理やり肩を組んでくる。



 ちなみに──後日、アルノーより支払われた報酬は、想像よりも遥かに多いものであった。その額をゴドーに知らせると、彼は嬉々として、仕入れたばかりの魔獣の革で鎧をこしらえてくれたのである。

「決闘」完/次話「魔槍」

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