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冒険稼業  作者: マリオン
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第27話 仇討(後編)

「普通の──村に見えるな」


 ミレイという名の娘に案内された丘からは、何の変哲もない村が見える。村からは煮炊きの煙があがり、行き交う村民は何やら言葉を交わしている。少なくとも、略奪や虐殺といった不穏な気配はなく──尋常の営みのように思える。


「そんな──そんなはずは──」

 ミレイは、平和な村を見下ろして、絶句する。その様から、逆に彼女が嘘をついているわけではないことが知れる。少なくとも、彼女は本当に見たのであろう。両親や、その他の村人が、むごたらしく殺されるところを。


「──どうする?」

 そう問うて、ロルフは俺に判断をゆだねる。

「あの様子なら、すぐに襲われるということもあるまい。近づいてみるとしよう」

 言って、俺たち三人は、ゆるりと丘を下る。



 俺たちが村に入る──と同時に、村人に緊張が走る。


 村の入口からは、教会に続く唯一の通りが伸びている。通りには、農作業を終えた農夫であろうか、土に汚れた男たちが収穫について談笑しながら歩いていたのであるが──よそものの俺たちを見るや、そそくさと家々に戻る。


 俺の背中に隠れるようにしていたミレイは、男たちの顔を見て驚きの声をあげる。

「私の──見知った顔もあります」

「少なくとも、村人が皆殺しにされたわけではなかったということだな」


 盗賊が村を乗っ取っている──見知った顔が生きているということは、その説がより現実味を帯びたということでもある。


「村が乗っ取られるなんてこと、本当にあんのかねえ。もしかすると、そもそもミレイの勘違いだったんじゃねえか?」

「そんな、はずは──」

 一方で、ロルフはミレイの主張に疑念を抱いたようで、いぶかしげに問いかける。彼女の方も、自らの見たはずのものが信じられなくなってきたものか、かすれるような声をあげるのであるが──俺はその疑念を、かぶりを振って否定する。


「いや──勘違いではない」

 なぜならば──俺は左(・)目(・)を(・)閉(・)じ(・)て(・)い(・)る(・)。

「盗賊は──いる。おそらく、村人と入り混じっている」


 線視で、行き交う村人を見る──と、身体が線で覆われて、その一切が見えないものもいれば、かろうじて顔が見えるものもいる。俺の剣の腕と比して、なお顔が見えるなど──ただの村人にしては、腕が立ちすぎる。


「──ミレイちゃん?」

 と、俺とすれ違った老婆が、ミレイの姿を認めて、声をあげる。

「──おばさん?」

 ミレイの方も老婆に気づいたようで、表情をやわらげる。二人は知己なのであろう、彼女は老婆に近づこうとするのであるが、老婆は逆に脅えた顔で後ずさる。


「早く! 早く逃げて!」

 叫ぶと同時に──老婆の胸から矢尻が生える。


 俺は黒刀の柄に手をかける。通りの向こうからやってくる一団──あれこそは、間違いなく件の盗賊団である、と確信する。


「余計なことを話したら殺す。何度もそう言ったよなあ?」

 そう言って、両脇に射手を引き連れて現れたのは、賊の中では一番の手練れであろう男──おそらく、盗賊団の頭目である。顔の半分を布で隠して、人相がわからぬようにしている。


 頭目は、老婆の骸を足蹴にして──部下に命じて、今度は俺を弓で狙わせる。

「あんた──隻眼のラガンだろ?」

 頭目は、俺の名を言い当てる。まさか素性を知られているとは思わず、いくらか驚く。


「俺も元冒険者だからよ、あんたの噂は聞いてる」

 言って、頭目はくぐもった笑い声をあげる。冒険者崩れが盗賊にまでなりさがろうとは、迷宮法どころの話ではない。完全に無法者である。


「なあ、俺たちの仲間にならねえか?」

 頭目は、言うに事を欠いて、俺を仲間に誘う。


「あんたほどの男が、冒(・)険(・)者(・)風(・)情(・)で終わるのは、もったいないだろ」

「だから──盗(・)賊(・)風(・)情(・)に身を落とせ、と?」

 頭目の誘いに、俺は挑発で返す。


「俺たちは、ただの盗賊じゃない。今やこの村の主だ。村をほしいままにできる。略奪するだけの盗賊風情では、こうはいかんよ」

 言って、頭目は両手を広げて、誇らしげに笑う。


 頭目の言から察するに、奴らは単に村を襲って略奪したのではなく、村人を支配下に置き、生かさず殺さず、継続的な収奪を実現したということであろう。なるほど、生かされた村人が表に立てば、巡回の騎士団が騙されるのも頷ける。巧妙な手口である──が、外道であることに違いはない。


「俺にとっては、それが盗賊風情とどう異なるのか、とんと理解できぬなあ」

 俺は、さらなる挑発を繰り返す。その挑発を、交渉の決裂ととらえたのであろう、頭目は真顔になって俺をねめつける。


「村からつまはじかれた者が冒険者になりさがり、その冒険稼業もうまくいかず盗賊になり果てる──だが、そんな俺たちが、村を手に入れたんだ。俺たちをつまはじいたものたちを殺し、ようやくここからなりあがろうってんだ。邪魔するってんなら、お前もやっちまうまでよ」

「冒険稼業さえ続けられなかった程度のお前が、俺に敵うとでも?」

 黒刀の柄を握る俺に、頭目は失笑で返す。

「は! こっちには何人いると思ってんだ? 多勢に無勢──いくらあんたが名の知れた冒険者だろうとも、数には敵いやしねえよ!」

 頭目は吠えて、剣を抜き放つ。


 一触即発──その空気を感じ取ったのであろう、村人は脅えるように四散して、代わりに、どこに潜んでいたやら、盗賊どもがわらわらと現れ出でる。


「ミレイ、喜べ──はからずも敵(かたき)を討つことになったぞ」

 言って、俺はその場にそぐわぬ笑みをみせる。ミレイは、その獰猛な笑みに脅えるように、目をそらす。


「ロルフ──ミレイを頼む」

「逃げるのだけは、任しとけ!」

 言って、ロルフはミレイをかばうようにして、盗賊から離れる。こういうときだけは、すばやい男である。


 俺は、二人をかばうように背にして、頭目と相対する。

「じゃあな、隻眼のラガンさんよ」

 頭目が言うと同時に、両脇に控えていた射手から矢が放たれる。


 頭目からすれば、どのような剣豪であろうとも、間合いの外から弓で射れば殺せるものと思っているのであろうが──たった二人の射手に射殺されるほど、剣豪も弱くはない。


 俺は、抜刀すると同時に、飛来する二本の矢を叩き落とす。そして、周囲を一瞥して──他に射手がいないことを確認した上で、手近な盗賊に向かう。


 賊は、まさか飛来する矢を打ち落とされるとは思ってもいなかったようで、唖然としている。俺を前に呆けるとは、よい度胸である。


 俺は棒立ちの賊の胴を薙ぐ。目の前の仲間が両断されるに至り、ようやく賊どもは剣を構えて、いっせいに襲いかかってくる。


 遅い──ヴァルドレイの一閃に比べれば、止まって見えるほどである。


 俺は賊の振り下ろしをかわしざまにその胴を薙ぎ、返す刀で別の賊を肩から両断する。たった一呼吸で、両断された骸が二つ。盗賊どもは、俺の強さを見誤っていたことを悟ったようで、その顔を恐怖に歪めて──俺は知らず笑みを浮かべる。


 剣を一振りするたびに、骸が増えていく。これほどの実力差があると、剣を打ち合わせることすらない。なで斬りである。


 笑みを浮かべながら剣を振るう俺を前に、賊どもは矛先を変える。

「こ、こっちには、人質がいるんだぞ! こいつらがどうなってもいいってのか!?」

 言って、賊の一人が手近なところにしゃがみ込んでいる村人に剣を向けようとするのであるが──俺の剣はすでにその賊の心臓を貫いている。


「もちろん──人質を殺してほしいなどとは思っておらぬ。しかし、自らが殺されてまでも人質を守ろうとも思ってはおらぬ」

 俺は、その場に倒れ伏した賊に、そう返す。ミレイには申し訳ないのであるが、冒険者たるもの、自らの命が最優先──その上で、助けられるものを助けるまで。それがバルドの教えである。


 倒れた賊は、死の間際に、俺の返答を聞いたであろうか──聞けずとも、まわりの賊は聞いたのであろう、俺を恐れるように後ずさる。俺には人質が通用しないと悟ったものか、奴らは我先にと逃げ出す。


 もとより盗賊団を殲滅するつもりもないのであるが、少なくとも頭目だけは逃がすわけにはいくまい。俺は、倒れ伏した賊の剣を拾って、逃げる頭目の背中めがけて放る。剣はあやまたず頭目の足を薙いで──奴はつんのめるように倒れる。


 足を斬られて動けぬ頭目のもとに近寄る──と、いつのまにやら、顔の半分を覆っていた布が落ちており、その素顔があらわになっている。


「お兄──ちゃん?」

 その顔を認めて、ミレイはしぼり出すようにつぶやく。


 その意外な響きを耳にして、俺は構えた剣を下ろす。もしかすると、目の前の頭目は、ミレイの兄なのであろうか──だとすれば、これほど残酷な結末もあるまい。


「もしかして──お兄ちゃんが──」

「ああ、そうさ! 俺が盗賊団の手引きをしたんだよ! 平和ぼけした、ちょうどいい村があるってな!」

 頭目の──兄の返答に、ミレイは唇を噛みしめる。


 なるほど──先に頭目が語った村からつまはじかれたものとは、つまるところ自身のことだったのであろう、と思い至る。村の占拠は、復讐でもあったのである──とはいえ、だからといって、蛮行が正当化されるわけでもない。


 ミレイの唇からは、血が滲んでいる。殺したいほど憎んでいた敵が、肉親だったのである。葛藤があって当然であろう。


「──殺したいか?」

 俺はミレイに問う。

「殺せと言うなら殺そう。自分で殺したいと言うなら剣を貸そう」

 続けて、俺は彼女に黒刀を差し出す。

「仇討を依頼したのは──お前だ。お前が決めなければならない」


 ミレイは、俺の剣と兄とを交互にみつめて──やがて、その場にしゃがみ込んで、声をあげて泣き出す。彼女は──剣を取ることを、選ばなかったのである。


 泣きじゃくるミレイを残して、俺とロルフは村を後にする。背中に届く彼女の泣き声はやむことはなく──それを振り切るように、俺たちは足早に街道を行き、村から遠のく。やがて、その嗚咽も、夕闇に溶けるように消える。

「仇討」完/次話「兇刃」

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