第27話 仇討(前編)
「あの──この酒場に、ブロンダルで一番の冒険者がいるって──」
宵の口──酒場の常連どもの顔が赤らんでくる頃、一人の娘が扉を叩く。見れば、その衣服は泥にまみれており、昨晩の雨でぬかるんだ土を蹴って、ここまで駆けてきたであろうことがうかがえる。泥は娘の顔にまで飛び跳ねており、よほど急ぎの用向きであろう、と思う。
「──大丈夫?」
ルシオンは、娘の汚れようを見かねてであろう、給仕の手を止めて、前掛けから麻布を取り出して、彼女の顔をぬぐう。
「大丈夫──です。それよりも──」
娘は、息を切らしながらも、自身の用向きを優先する。
ブロンダルで一番の冒険者──酒場中の視線が、店の奥の定位置に陣取るバルドに集まる。皆の視線を追う娘に、入口付近の席に座った常連が、陽気に声をかける。
「ブロンダルで一番の冒険者なら、ほれ──」
言って、常連はバルドを顎で指す。
バルドは、娘の視線に気づいて──厄介事に違いないとでも思ったのであろう、露骨に顔をしかめる。
娘は、酒場の客の間を縫うようにして、バルドのもとにたどりつき、跪いてその手にすがりつく。
「村が──私の村が、盗賊に襲われて──」
娘は、息も荒く、途切れとぎれに告げるのであるが──バルドは聞こえよがしなため息で返す。
「そりゃあ、冒険者じゃなく、騎士団に相談すべきことだろうに」
「街の衛兵には話したんです! でも──でも、村は襲われてないって──」
娘のその要領を得ぬ発言に、バルドは首を傾げる。
娘の語るところによると、村が盗賊に襲われたとき、彼女だけが山菜を採りに森に入っており、難を逃れたのだという。村に戻ると、多くのものが惨殺されており、彼女はすぐさま救いを求めてブロンダルに駆けた──しかし、ようやくたどりついたブロンダルで、衛兵は語る。彼女がブロンダルを目指して駆け出した、ちょうどその頃、盗賊討伐のために派遣された騎士団一行が彼女の村に立ち寄っており、村には異常なしと判断して帰還しているというのである。ゆえに、彼女の主張は、妄言として扱われたのだという。
「でも、そんなはずはないんです! だって──だって、父さんも、母さんも──」
そこから先、娘は言葉を続けることができないでいる。両親ともに、よほどむごたらしく殺されたのであろう、と思う。
俺は酒杯を持って席を立ち、バルドの向かいに腰をおろす。
「その娘の話が真実だとすると──盗賊が村を乗っ取って、村人になりすましておるということになろう」
俺は、娘に助け舟を出すつもりで、バルドにそう告げる。バルドは、にわかには信じられぬ、というように首を振る。
「それで──しがない冒険者に何を頼みたいってんだ?」
それでも、バルドは娘の話を聞くつもりにはなったようで、彼女に向き直る。
「私の両親は、殺された──」
言いながら、娘は上衣の隠しを探る。
「これで──その敵を討ってほしい」
娘は、隠しから取り出したものを、テーブルに置く。それは──数枚の銅貨である。取るに足らぬほどのはした金であるが、彼女にとっては、なけなしの財産なのであろう、と思う。
「さすがに、これっぽっちじゃあよう」
なりゆきを見守っていた常連が、銅貨の転がるテーブルをのぞき込んで、あきれるように告げる。
「もう──私にはこれがすべてなんです! お願いします! お願いします!」
娘は、再びバルドにすがりついて、仇討を希う。
娘の切実な訴えに、彼女にはもう帰るところがないのであろう、と思う。これから一人で生きていかねばならぬとなると、それこそ娼婦にでもなるしかないやもしれず──俺は不憫な娘を憐れむ。
「嬢ちゃん──俺じゃなく、あっちのおっさんに頼むといい」
バルドに言われて、娘はこちらに視線を向ける。
年の頃なら、ルシオンと同じくらいであろうか。盗賊に襲われて、故郷を奪われた──彼女は、言わば俺やルシオンと同じ境遇である。そう考えると、自然、彼女のその凛とした瞳が、ルシオンのそれと重なって見えて──俺の心は娘に傾く。
「──ラガン」
ルシオンも同じ心持ちなのであろう、俺にすがるような視線を向ける。
妹の頼みは断れぬのが兄というもの。
「盗賊が村を占拠しているとして、それを証明するまでなら手伝おう」
俺は、テーブルの銅貨を拾いながら、そう告げる。そこから先は、バルドの言うとおり、騎士団の仕事であろう、と思う。
「ありがとう──ありがとうございます!」
娘は、今度は俺の手にすがりついて、額をこすりつける。その泥にまみれた泣き顔の向こうに──俺はベラトールを見る。




