↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険稼業  作者: マリオン
57/62

第26話 古文書

「私をものすごいお婆さんだと思ってませんか?」


 リメルスの王城、その図書室より持ち出した古文書を開いて、リュシエルの前に置き、読んで内容を教えてほしいと頼むと、彼女は聞こえよがしなため息をついてみせる。


「違うのか?」

「違います」

 リュシエルはきっぱりと否定する。彼女の強く主張するところによると、どうやら彼女は年若なエルフであるらしい。まったく、エルフの年齢というのは、とんとわからぬものであるなあ、と思う。


 昼下がりの折れた剣亭は、客もまばらである。一部の気の早い常連は隅で飲んだくれているものの、それはあくまで例外で、まともに飲食している客は俺とリュシエルくらいのものである。


「年若のエルフでは、古代語は読めぬか」

 当てが外れる。リュシエルに罪はないのであるが、期待が大きかったこともあって、やつあたりのように、ついため息をついてしまう。


「まったく読めないわけじゃありませんけど、ところどころあやしくても、勘弁してくださいよ」

 言って、リュシエルは古文書を手に取り、目を細めて、文字を追い始める。そうしていると年かさのエルフに見えるのであるが。


「リメルス王国の成り立ちを著している文書(もんじょ)のようです。私の知るかぎり、リメルスは古代人の国ではないはずですが、初期の頃は格式高く古代語を使用していたんでしょうね」

 リュシエルは、頁をめくり、また戻りしながら、文書の概要を語る。


「魔の森の記述は──最初の章かな?」

「どれ」

 リュシエルの細い指が示す先を、俺は身を乗り出してのぞき込む。彼女は、その頁の中ほどの、蚯蚓(みみず)ののたくったような文章を指でなぞりながら、朗々と読みあげる。


「この地がリメルスと呼ばれる以前から、南には魔の森が広がっている。魔の森は、魔物を統べる王の治める、闇の領地である。人間は魔の森に近づくことあたわず、森から離れて暮らしている」

 リュシエルは頁をめくる。


「あるとき、原初の神より遣わされた、勇者ブルムがこの地を訪れる。ブルムは、魔の森に分け入り、魔物を統べる王を滅ぼす。そして──人間のものとなった大地に、リメルスが建国される」

 リュシエルの読みあげた内容に、ほう、と声をあげる。それは、まさしく俺が口伝として知る歴史と等しい。


「リメルス建国より百余年──偉大なる王、リメルス三世は、西の小国アルネアを併合し、このときよりリメルス王国を名乗る」

 リュシエルは、そこで文字をなぞるのを止める。

「このあたりまでくると、普通の歴史ですね」


 リメルス三世によるリメルス王国の誕生──それは、俺の知るリメルス最古の史実でもある。それ以降のことは、おおよそ歴史として語り継がれているはずである。


「せっかく盗み出したのに、これじゃ何もわからないのと一緒ですね」

 言って、リュシエルは古文書をテーブルに、ぽんと放る。あれほど苦心して持ち帰ったものだというのに──扱い方というものがあろう、と苦言の一つも呈したくなる。


「そんなことはない。魔王の討伐こそが、リメルス建国につながったということは、新たに明らかになったではないか」

「それ、そんなに大事なことですかねえ」

 リュシエルは、聞こえよがしにため息をついてみせる。


 確かに、そこまで重要な事実ではないにしても、一歩ずつでも進んでいるということが大事なのであろうし──。

「それに──」

 と、あきらめ顔で頬杖をつくリュシエルに、俺はしたり顔で続ける。

「まだ、手(・)は(・)あ(・)る(・)」



 変わらず折れた剣亭──先と異なるのは、今や夜も更けて、うるさいくらいの喧騒に包まれていることと──。


「まったく、普通、一介の冒険者が王子を呼びつけるか?」

 俺とリュシエルの向かいに、ロラン王子が座していることである。


「それについては、すまぬ。貸し一つということで、よろしく頼む」

 俺は、さすがに恐縮して、王子に詫びる。


 バルドの伝手を使って、近衛騎士のガレス経由で呼び出したとはいえ、まさかすぐに来てもらえるとまでは思っておらず、意表を突かれた格好である。


「ラガン殿──」

 恐縮しきりの俺に、王子の背後に控えるガレスが声をかける。


「今宵は、陛下と兄君との会食の予定でございました。王子は、また結婚を急かされると嘆いておいででしたから、ラガン殿からの連絡に、これ幸いと飛びついたのでございます。それほど恐縮しなくともよろしいかと」

「ガレス、余計なことを言うな」

 王子は振り向いて、自らの専属の近衛騎士に苦言を呈する。そうしていると、年相応の幼さが垣間見えて、どこか微笑ましい。


「それで、持ってきてもらえただろうか?」

「ほれ」

 俺の問いに、王子はぞんざいに返して──懐から取り出した古文書を、無造作にテーブルに放る。

「見せるのはかまわぬが、丁重に扱えよ」


 それは、おそろしく古い文書である。おそらくは、俺がリメルスの図書室から盗み出した古文書よりも、さらに古いものであろう。繊細で、脆く──王子が放った衝撃で、表紙の一部が欠け落ちているほどである。丁重に扱うべきは王子の方であろう、と思う。


「リュシエル、頼む」

「はーい」

 一国の王子の前であるというのに、リュシエルは物怖じもせず、いつものように軽い返事をして──古文書を手に取り、やはり目を細めて、文字を追い始める。美人が台なしである。


「当たり前ですけど、多くはブロンダルのことですね。リメルスについては、この頁に数行の記述があるだけです」

「読んでくれ」

 急かす俺に、リュシエルは、はいはい、とぞんざいに返して、文章を指でなぞりながら読み始める。


「勇者ブルムは、魔物を統べる王を退(・)け(・)る(・)」

「──退ける? 滅ぼす、ではなく?」

 先とは異なる記述に、俺はリュシエルに問う。細かい違いかもしれぬが、そういう些細な相違から、真実が明らかになることもあろう。


「自信はありませんけど、前の古文書とは単語が異なっていますから『退ける』の方が意味は近いと思います」

 リュシエルはそう返して──俺が納得して頷くのを確認してから続ける。


「ブルムの仲間の一人、リ(・)メ(・)ル(・)ス(・)・ベ(・)ラ(・)ト(・)ー(・)ル(・)が王位につき、リメルスが建国される」

 リュシエルは淡々と読みあげるのであるが──俺の時は止まる。

「そこから先は、リメルスの古文書と同じです」

 そう続ける彼女の言葉も、俺はよく理解できないでいる。


「リメルス──ベラトール?」

 思ってもみない名が耳に飛び込んできて、俺はうわ言のように繰り返す。なぜ、こんな古文書にベラトールの姓が記されているのであろうか。


「ベラトールって、最近お取り潰しになったっていう、あれか」

 いつのまにやら椅子をこちらに寄せて、耳をそばだてていたと思しきバルドが、酒杯を片手に割って入る。


「はあ、建国王の血筋なのに、お取り潰しになったんだなあ」

 そう続けるロルフは、バルドに飲まされて相当に酔っているのであろう、あまり呂律が回っていない。


「ベラトールが王の血筋など、聞いたこともない」

 俺は、彼らの言を聞き流して、誰にも聞こえぬように、小さくつぶやく。それほど重要なことを、ベラトールの──領主の嫡男である俺が知らぬなど、ありえることであろうか。


 思わぬ事実に黙り込む俺をよそに、リュシエルが口を開く。

「この古文書からわかることは、三つ」

 言って、リュシエルは三本の指を立てる。


「勇者ブルムは一人ではなく、仲間とともに魔王を退けた」

 彼女は指を一つ折る。

「その仲間の一人に、リメルス・ベラトールがいた」

 次いで、もう一本の指を。

「彼はリメルス国を建国した」

 言って、彼女は最後の指を折り──おしまい、とでも言うように、ひらひらと手を躍らせる。


「でも──やっぱり、これだけじゃあ、何もわからないのと、さして変わりませんねえ。私としては、エルフのことにまったく触れられていないのが不満です」

 言って、リュシエルは唇を尖らせる。

「やっぱり、古代都市ですよ。古代都市」

 そう続ける彼女に──俺も覚悟を決める。やはり、一足飛びには真実は明らかにはならぬということ──迷宮、踏破すべし、と決意を新たにする。



 それにしても──と、俺は思案する。古文書の記述が数百年前の出来事であるとしても、現リメルス王とベラトールは遠戚であるはず──にもかかわらず、それを知ってか知らでか、リメルス王はベラトールを滅ぼしたのである。謎は明らかになるどころか深まるばかり──俺は深く嘆息する。

「古文書」完/次話「仇討」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。