第25話 一閃(二)
ロラン王子のリメルス行を護衛する──それが王子の依頼である。王子は、リメルス王に招かれて、その王都を訪れるのである。
王子の語るところによると、おそらくリメルス王女との縁談の話であろうとのことで──以前から両王の間の口約束であった縁談を、本人同士を会わせて進めようということらしい。今回の見合いは、断ることのできない外交の類であるという。
ちなみに、俺の知るかぎり、リメルス王女はとんでもないお転婆である。あれと結婚しなければならないとは、王子というのも大変であるなあ、と同情する。
俺が王子のリメルス行の護衛を引き受けたのは、ひとえに大手を振ってリメルスを訪れることができるという、その一点にある。俺の素性を知る王子は、俺がリメルスの内情に並々ならぬ関心を抱いていることも知っているのであろう──俺はまんまと依頼を受けることになったというわけである。
「その仮面、似合ってるぜ」
「うるさい、黙れ」
からかうように笑うバルドを、俺は一喝する。
一行はカルデラシア山を越えて、すでにリメルス国内に入っている。そうなると、俺の顔を知るものに出くわすやもしれず──俺は王子の用意した仮面を身に着けている。素顔は幼い頃の火傷でただれており、見るに堪えないゆえ、という設定である。
しかし──仮面とは言っても、それほど大仰なものではなく、おおよその人相を隠す程度のもので、鼻も口もあらわになっている。だからこそ──風が吹けば、リメルスが薫る。懐かしき我が故国である。思うところはあろうとも、郷愁に涙しそうになる。
数日の後、一行は王都の門をくぐる。王子によると、今回の訪問は非公式なものであるという。一行は大仰な歓待を受けるでもなく、粛々と王城までたどりつく。
王子の滞在先は、王城の居館の西棟である。丸々王子に貸し与えられるというから、西棟にいる間ならリメルスの知己に出会う心配もないわけである。さらに──俺の記憶が確かなら、幼い頃に迷い込んだ図書室も、西棟にあったはずである。運が向いてきている。
王子は、西棟に入るなり、従者に囲まれる。ともに運び込まれた衣装箱から、次々と豪奢な衣服が取り出されて──今夜の会食の準備であろう、旅装から正装への着替えが始まる。
一方で、俺とバルドは、王子の側近である近衛騎士ガレスに呼び出される。
「あなた方は、私の部下ということになっています。できるかぎり──できるかぎりでいいので、お行儀よく願います」
ガレスは、まるで子どもを躾けるかのように、そう告げる。
ガレスは、ロラン王子の幼い頃からの側近であり、数少ない信用できる騎士であるという。ゆえに王子も、随行の騎士が信用できぬこと、そのために俺とバルドを雇ったことを、彼にだけは共有しており、このように折に触れて注意を受けているというわけである。
「俺の心配はいらぬ。バルドの心配をしてやれ」
言って、俺は苦笑いするバルドを見やる。放蕩息子であったとはいえ、元貴族である。最低限の礼儀くらいは心得ている。
「じゃあ、俺は人目のないところの警護をするからよ、お前が人目のある方を頼むわ」
俺の言に、バルドは我が意を得たりとばかりにほくそ笑む。体よく会食の警護を押しつけられた格好であるが、今回ばかりは都合がよい。敵の首魁──リメルス王の様子を探るには、絶好の機会である。
そして、王子とリメルス王族の会食の折──王子のそばに控えられるのはガレスのみで、俺を含む数人の騎士たちは、控えの間に留め置かれる。バルドはといえば、礼儀作法の不要な外の警護である。
控えの間から、衝立越しにのぞくリメルス王の顔は、いつぞやのエルドラン卿の言に反して、とても乱心しているようには思えない。
「おい、前に出すぎだぞ」
「すまぬ」
身内の騎士に見とがめられて、後ろに下がる。こうなると、もう会食の様子はうかがえず──衝立越しに届く音に耳を澄ますばかりである。
広間からは、王子とリメルス王の会話が聞こえる。その内容までを正確に聞き取ることは難しいのであるが、それでも和やかに話していることだけはわかる。
しかし──縁談の話が事実であるならば、会食の席には王女もいるのであろうに、彼女は一度も口を開いておらず、静かなものである。山猿と揶揄された王女も年頃の娘となり、慎みを覚えたのかもしれぬ、と妙なことに感心する。
「ところで──」
近隣との戦の話を切りあげて、リメルス王は話題を変えて、王子に尋ねる。
「ブロンダルほどの古い国であれば、歴史書も豊富なのであろう?」
意図の判然としない話題である。さりとて、単なる世間話とも思えぬ。俺はさらに耳をそばだてる。
「私は不勉強で、どのくらい量があるかまでは存じませんが、城の書庫にはかなり昔のものまで残っていると聞いたことがあります」
王子も、俺と同じ心持ちなのであろう、いきなりの訳のわからぬ話題に、いささか面食らった声音で、そう返す。
「実は、今の戦が終わったら、リメルスの王国史を編ませようと考えておるのだ。ブロンダルの歴史書のうち、リメルスについての記述があるもの──特に、できるだけ古いものを貸してもらえるとありがたいのだが──」
「そのようなことであれば、帰り次第、父上に伝えます。すぐにでもお貸しできると思いますよ」
続くリメルス王の言に、王子は納得を示すのであるが──王子よりも多くを知る俺は、素直に納得することができない。
やはり──リメルス王は、何か過去の情報を求めている。そのために、リメルス中の史料を集め──それでも足りずに、ブロンダルにも歴史書の提供を呼びかけているのである。
リメルス王は、いったい何を求めているのか──王城の図書室を探れば、王の目的の、その一端でも明らかになるやもしれぬ、と思う。迷宮の踏破などという偉業を成し遂げなくとも、その秘密を探ることができるというのであれば、やってみる価値はあろう。
ベラトールが滅ぼされなければならなかった──その理由を、俺は知りたいのである。




