第25話 一閃(一)
「おうおう──だから、山越えは山賊が出るって言ったのによう」
待ち伏せしていたのであろう、バルドの言うとおり、一行を取り囲むように、山賊が姿を現す。こちらを、よほどよい獲物と見さだめたものか、やたらと数が多い。
「単なる山賊であれば、敵ではあるまい」
俺は、バルドの不平をなだめるように、そう返す。
それもそのはず──馬車を守る護衛は、そうとわからぬように擬装しているものの、ブロンダルの精鋭の騎士なのである。一応、俺たちも護衛として雇われているとはいえ、出番などないに等しかろう、と思う。
「山賊の退治は騎士に任せて、そなたらは余の警護を」
「へいへい」
馬車から、ロラン王子の声が届いて──バルドがぞんざいに返す。
話は三日前にさかのぼる。
いつものように、二階の部屋から、階下の酒場に下りたときのことである。
「待っておったぞ、ラガンよ」
いつぞや聞いたことのある偉そうな声で呼びとめられて──俺の足は、階段の途中で止まる。できることなら踵を返して、部屋で二度寝と決め込みたいところであるが、声の主のことを考えれば、そうもいかぬ。俺はあきらめの息をついて、再び階段を下りる。
「今度は何の御用ですかな? ロラン王子」
「その名は出すな。余のことは若旦那と呼ぶがよい」
俺の嫌味に、王子はいたずらっぽく笑いながら返す。
まったく──ブロンダルの第二王子ともあろうものが、そう頻繁にお忍びで出歩くものではないと思うのであるが──王子に言わせると、王位は兄が継ぐから問題ないとのことで、下町通いをどこか楽しんでいる節さえある。俺は、王子の背後に控える護衛騎士ガレスを、憐みの目で見る。
王子に手招かれて、俺はやむなく、笑顔で待つバルドの隣に腰を下ろす。
「実は──護衛を頼みたいのだ」
王子は、俺とバルドの目を交互にみつめながら、そう切り出す。
「護衛など、騎士が務めるであろうに」
「余には、信じられる味方が少ない」
俺の言にそう返して、王子は首を振る。
王子自身は、王位は兄が継ぐものと割り切っていても、まわりはそうはいかぬと言う。第一王子派があれば、第二王子派もあり、自身に仕える騎士たちも一枚岩ではないというのである。
「俺たちのことは信じられるとでも?」
「金を払っているかぎり、おぬしらは裏切らぬ。特にバルドは」
王子の言に、バルドは誇らしげに胸を張るのであるが──別に褒められてはいないと思う。
「それに──この誘いは、おぬしにも利のある話ぞ」
王子は、俺にそう言って、意味ありげに笑ってみせる。
話を戻して──山賊の襲撃である。山賊は数が多く、戦場は乱戦の様相を呈している。ところによっては、多勢に無勢という光景も見られるのであるが──そうは言っても、そもそも山賊ごときが騎士にかなうはずもなく、大勢は決しているように思える。
「おい、ラガン、何人かこっちにくるぞ」
「たまにはお前が働け」
俺を矢面に立たせようとするバルドに、意地悪く返して──俺は後ろに下がって、馬車を守る。
「仕方ねえなあ」
ぼやいて、バルドは剣を抜いて、迫りくる山賊を迎え撃つ。実のところ、バルドの剣を見るのは、初めてのことである。
バルドは、山賊の振り回す手斧をかわしながら、そのままぐるりと回転して──その勢いのまま、剣の柄で敵の頭を殴りつける。山賊の首はあらぬ方向に曲がり、その場に崩れ落ちる。絶命していることは、一目で明らかである。
「貴様!」
次いで、別の山賊が、バルドの背後から襲いかかる。死角からの攻撃であるというのに、バルドはまるで背中に目でもついているかのように、ひらりとかわして──振り向きざまに一閃、敵の腹を裂く。おそらく、先に回転した折に、敵の位置を確認したからこその立ち回りであろうが、見事なものである。
バルドの剣は、俺がこれまでに見たことのある、どんな剣術とも異なる──我流の剣である。自由奔放──だからこそ、とらえようがない。おそらく、剣を志したものほど、バルドの剣筋を読むのは難しかろう、と思う。
バルドは、瞬く間に三人目を仕留めて──さらに襲いくる四人目を、そちらを見もせずに蹴り飛ばして、こちらに戻ってくる。蹴り飛ばされた山賊は、狙ってのことであろう、ちょうど騎士の真ん中に転がって、次の瞬間には滅多刺しである。
「護衛ってのは、仕事がないのが一番だと思うがなあ」
うそぶきながら戻ってきたバルドは、息一つ乱れていない。さすがはブロンダル一の冒険者である。
「どんな様子だ?」
と──馬車の中から王子が尋ねる。
「そろそろ終わるだろ」
返すバルドの言葉のとおり、騎士はあらかたの山賊を討伐しており、わずかな生き残りも散り散りに逃げ出しているところである。
「ふむ──ということは、本当に単なる山賊であったわけか」
最初から俺もバルドもそう言っているというのに、王子はようやく納得した様子で、うんうん、と頷く。
王子の考えでは、山賊の襲撃すらも、自らを狙う第一王子派の謀略によるものであってもおかしくないとのことで──まったく、先行不安になる旅であるなあ、とため息をつく。




