第24話 姉妹
「──ただいま」
明け方──宿の部屋に戻ると、ルシオンが待ち構えている。彼女は、すでに身支度を整えており、今日は非番のはずであるというのに、ずいぶんと早起きであるなあ、と感心する。
ルシオンは、俺の挨拶に、おかえり、と返すでもなく。
「どうせ娼館帰りなんでしょ」
と、吐き捨てるように言って、ふん、と鼻を鳴らす。いつもは半眼でにらむ程度であるというのに、今朝はやけにからむではないか。
「そんなにイリーナさんが好きなんだ」
続く言葉に、ぎくり、と固まる。
「なぜ、その名を──」
「ロルフさんに教えてもらった」
言って、ルシオンは、ぷい、と横を向く。
ロルフめ──こうなることがわかっていて、なお俺を困らせるためだけに告げ口をするとは、いつか懲らしめてやらねばなるまい、と決意するのであるが──今は目の前のルシオンをなだめるのが先決である。
「すごくきれいな人なんでしょ?」
「ま、まあ、器量はよい方、かなあ」
俺は、目の前のルシオンと、先まで添い寝していたイリーナとを天秤にかけて──両者に慮りながら、曖昧に答える。
「そうなんだあ。私も会ってみたいなあ」
ルシオンは、とんでもないことを言い出す。
夕方──俺はルシオンと連れ立って、まだそれほど客のいない娼館を訪れる。ちなみに、なぜかロルフも一緒である。
「イリーナはいるか?」
店のものに問うと、ちょうど奥からイリーナが俺を認めて。
「あら──あらあら、まあまあ!」
次いで、俺の後ろに隠れるようにしているルシオンの存在に気づいたようで、ついぞ見せたことのないような笑顔で駆け寄ってくる。
「もしかして──」
「──妹だ」
イリーナの問うような視線に、短く答える。彼女は目を輝かせて、俺を押しのけながら、ルシオンと顔を合わせる。
「あら、まあ! 何て器量のいい娘さんかしら!」
イリーナは、そう評するのであるが、いささか大げさにすぎると言えよう。無論、兄からしても、ルシオンの器量はわるかろうはずもないのであるが、年端もいかぬ子どもをつかまえて、美人だ何だと褒めそやすようなものでもあるまい、と思う。
「ちょっと、みんな、おいでよ! ラガンの旦那の妹さんだよ!」
イリーナは振り返るなり、大声を張りあげる。
すると、今までどこにいたものやら、ぞろぞろと娼婦たちが集まってきて、物めずらしそうな顔で、じろじろとルシオンの値踏みを始める。
「あら、似てないわね」
「似てなくてよかったじゃない」
「旦那、目つきわるいものねえ」
娼婦たちは、好き放題に言ってくれる。
「──似てない兄妹もおろう」
あまりに似ていないと連呼されて、偽兄妹と疑われてもかなわぬから、と俺は娼婦たちを牽制するのであるが──彼女らはどこ吹く風。ルシオンを囲んで、姦しく騒ぎ立てる。
ルシオンは、娼婦に囲まれて、顔だの胸だのを遠慮なく触られて、俺に助けを求めるのであるが──許せ、兄にはどうすることもできない。
「旦那、ちょっと妹さん、借りるわね」
イリーナはそう言って──娼婦仲間に目配せしたかと思うと、女たちとルシオンとを連れて、手近な部屋に入る。
俺とロルフは、広間で待ちぼうけである。その間、部屋からは、壁を隔てているというのに、きゃあきゃあ、と黄色い声が響き渡る。まったく、女というものは、集まると姦しいこと、この上ない。
しばし──というには、ずいぶんと待たされた後。
「旦那!」
イリーナは、一人の女を連れて、部屋から出てくる。新人の娼婦であろうか、うつむいているから、しかとはわからぬが、ちらとのぞく顔は、とんでもない美人である。
イリーナにうながされて、女はうつむいたまま、俺に近寄る。そして、意を決したように、顔をあげて──きっと俺を見すえる。その凛とした瞳に、俺は思わず見惚れる。
「──美しい」
知らず、思ったことが口をついて出る。
「──本当?」
問いかけるその声は、まごうことなく──ルシオンのものである。
「まさか、ルシオン──か?」
俺は、心底から驚いて、問い返す。女は化粧で化けるというが、これは化け過ぎであろう。つい美しいなどと口走ってしまったではないか、とルシオンの後ろで誇らしげなイリーナを半眼でにらむ。
「美しいってことは──かわいい、じゃなくて、きれいってこと?」
ルシオンは、鼻息も荒く詰め寄って、上目で問う。そうしていると、目もとは彼女のままであることに気づいて──ようやく、見知らぬ美人ではなく、いつものルシオンが化粧をした姿に見えて、いくらかほっとする。
「う、うむ。まあ、そういうことになろう」
「やったあ!」
俺の肯定に、ルシオンは飛びあがって喜ぶ。次いで、イリーナのもとに駆け寄り、互いに手を打ち合わせる。
はて──もとはと言えば、ルシオンは俺の娼館通いをとがめて、イリーナを敵視していたのではなかったか──しかし、今やとてもそうは思えぬほどに、彼女らは打ち解けて、互いに満面の笑顔を見せている。
どうして矛が収まったやら、理屈はわからぬのであるが──女同士の大喧嘩が始まるのではないかとまで気をもんでいた俺は、ようやく肩の力を抜いて、安堵の胸をなでおろす。
それから幾日かして──いつものように階下に下りると、身支度を整えたルシオンが、今にも酒場を出ていくところで、思わず声をかける。
「今日は非番ではなかったか?」
「だから──イリーナさんと買い物に行くの!」
ルシオンは、俺の声に振り向いて、満面の笑顔で返す。
「今日は、ラガンは仲間外れだよ」
そして、いたずらっぽく、ぺろり、と舌を出して──いってきます、と酒場を飛び出していく。
まったく──つい先日までは、やきもちを焼いていたというのに、今やその背中は、まるで姉を慕う妹のようであるのだから、女心とはわからぬものである。
「姉妹」完/次話「一閃」




