第23話 迷宮猫(後編)
俺たちは、斬り捨てた糸を回収しながら、先に進む。回廊を越えて──さらに奥に進むと、次第に糸はまばらになっていく。おそらく、蜘蛛の住処から離れたのであろう、といくらか警戒を解く。
通路には、魔物の気配はない。アクスの話からするに、迷宮猫がいるとすれば、このあたりということになろうが──と考えながら、通路の角を折れる──と、その先を歩く、まごうことなき黒猫の姿が目に入る。
「フェル!」
呼びかけると、はたして──黒猫は足を止めて、こちらに向き直る。
「おお、ラガンか。ルシオンはいないのか?」
その返事で、目の前の黒猫が、先に出会ったフェルであることを確信する。やはり、フェルは本当に迷宮猫だったのである。
「ルシオンは迷宮には入らぬ」
「そうか。じゃあ、また地上に出てみるかなあ」
ルシオンの不在を知らせると、フェルは目に見えて気を落として──しかして、またたびを欲する猫のように、彼女への執着を見せる。
「ルシオンに、フェルが会いたがっていたと伝えておこう」
「お、よろしく頼むよ」
それだけで──フェルは、俺にはもう用はないとでもいうように、じゃあな、と尻尾を振って、歩き出す。
「間違いありません──あの猫、古代都市の守り人ですよ!」
それまで、驚愕のあまりであろう、言葉を発することのできないでいたリュシエルが、フェルの後ろ姿を目で追いながら、そう断言する。
リュシエルの語るところによると、古代都市の多くは、すでに滅んでいるのだという。そして、それぞれの都市の最後の古代人は、彼らの滅びにあたって、守り人を生み出すのが常であるという。それは、古代人にとっての使い魔のようなもので、彼ら亡き後も古代都市を守る墓守のような存在なのである。
「ということは、あの猫、迷宮に住んでるんじゃなくて──」
「──古代都市に住んでいて、ここまで出てきてるんですよ!」
ロルフの推測を肯定するように、リュシエルが続ける。
リュシエルの言が正しいとすれば──フェルは迷宮の抜け方を知っているということになる。それは、俺たちの目指す迷宮踏破において、どれほど有益なことか。
「追いかけろ!」
ロルフが叫んで──俺たちはいっせいに駆け出す。
前を行くフェルは、俺たちが追いかけていることを知ってか知らでか、絶妙な速度で駆けて、なかなか追いつかせてくれない。ただ、どうやら罠の位置は熟知しているようで、フェルの後に続けば罠にかからぬというのは、発見と言えよう。
やがて、フェルは行き止まりの通路に駆け込み、突き当たりの壁の下部に空いた穴に吸い込まれるように消えていく。この行き止まり、以前に地図に記したはずであるが、こんなところに猫用の通路があろうとは、まったく気づいておらなんだ。
「これは──俺たちでは通れぬなあ」
つぶやいて、俺は左目を閉じる。壁の向こうは、いつぞやの隠し部屋の折のように、通路になっている。壁を斬れば、我々も先に進むことができよう。
「──斬るか?」
黒刀の柄を持ちあげて、ロルフに問う──が、返ってきたのは、叱責である。
「だから! 学習しろよ! 壁を斬って、他の冒険者にここを通られちゃ困るんだよ! 独占してなんぼなの!」
「──いささか言い過ぎでは?」
ロルフのあまりの言い様に、俺はいくらか落ち込む。
ロルフは、まったくもってよいやつなのであるが、身請けのことで急いているからか、近頃とみに金がからむと気性が荒くなるのである。いつかなど、バルドにすら噛みついており、今や酒場の常連からも恐れられるほどの男である。
ロルフは慎重に壁を探り──やがて、何かに気づいたようで、そっと壁の一部を外す。そこにあらわになったのは、奇妙な形の鍵穴である。
「これは──鍵が必要みたいだな」
「四層で使ったこれでは無理か?」
俺は、懐から四層の賭場の鍵を取り出す。鍵穴を見るに、形状は似かよっているように思える。
ロルフは鍵を受け取って、それを鍵穴に差し込む。鍵は、途中までは、するりと入ったものの、そこから先には頑として進まず。
「無理だなあ。でも、似たような形状ではあるから、こういう迷宮の鍵がどこかにあるんだろうよ」
あきらめて、ロルフは鍵を俺に返す。
「ふむ──そう、うまくはいかぬものだな」
「地道に探索して、鍵がみつかれば幸運──そんなところだな」
俺たちは顔を見あわせて、無駄足を嘆く。
思わぬところから明らかになった迷宮猫の真実。一時は、すわ迷宮踏破か!とさえ思ったのであるが、そうそううまくはいかぬものであろうなあ、と嘆息する。
「迷宮猫」完/次話「姉妹」




