第22話 辻斬り(後編)
「何が楽しくて、騎士相手に辻斬りなんてするんだろうなあ?」
言って、ロルフは心底わからぬというように、首を傾げてみせる。
夜の貴族街──王子に貸し与えられた衣服を身にまとう俺とロルフは、傍目には下位の貴族が連れだって、夜遊びに出向いているように見える──はずである。
「人を斬りたい。しかも、強い相手を──そんなところではないか?」
「ラガンみたいだな」
俺の答えに、ロルフは苦笑しながら返す。
「失礼な。人のことを何だと思うておる」
「ラガンこそ、自分のことがわかってねえなあ」
ロルフは、俺を人斬り呼ばわりして、からからと笑う。
そんな他愛のないことを話しながら、貴族街をぐるりとめぐる。これは、今宵は外れかな──と、そう思い始めたところで、貴族街にしては薄暗い路地の空気が変わる。
路地の奥──月は雲に隠れて、顔まではさだかではないのであるが、そこに人影が浮かびあがる。俺は、曲刀を抜いて、ロルフをかばうように前に出て──おもむろに左目を閉じる。
「──ほう」
思わず、感嘆の声をあげる。
その人影に見える線の少なさに驚いたのもあるが──それだけではない。奴の持つ黒い曲刀──よほどの名刀なのであろう、俺の腕をもってしても斬れぬようで──まったく線が見えないのである。
「──騎士ならば名乗れ」
言って、人影は黒い曲刀──黒刀を抜く。同時に、研ぎ澄まされた殺気が俺の肌を刺す。間違いない、こやつが辻斬りである、と確信する。
「騎士ではない──が、名乗ってやろう。俺の名は──ラガン」
「隻眼のラガン──冒険者か」
辻斬りは、どうやら俺のことを知っているようで、ふん、と鼻を鳴らす。
「冒険者風情など、斬るに値せぬ──が、戯れに興じてやるとしよう」
言って、辻斬りは一歩前に出る──と同時に、雲間から月明りが射して、奴の姿があらわになる。
顔を隠していない。どこか狂気を宿した切れ長の目が、俺を射抜くようにねめつけている。顔を隠していないということは、俺たちを生かして帰す気など毛頭ないということ。
俺は正眼に構えて、辻斬りと相対する。奴の黒刀は、俺の目をもってしても斬ることはできぬ──となれば、下段に構えるような奇策もとれぬというわけである。正攻法の剣技で勝負する。
対する辻斬りは、上段に構える。自身の腕と、その黒刀に、よほどの自信があるのであろう。奴は悠然と踏み込んで、黒刀を振り下ろす。
俺は、眼前に迫る刀身を、右から打ち落とし、そのまま奴の左手首を斬る──そのはずが、俺の曲刀は空を斬っている。いつのまにやら、奴は左手を柄から放している。こやつ──相当にできる。
俺は辻斬りを左から目で斬る──と同時に、右から曲刀で斬りあげる。虚実の挟撃である。防ぐことあたわず、俺の曲刀は奴の腹を裂く──はずであったというのに。
「──!」
俺は思わず息をのむ。
辻斬りは、確かに幻撃につられて、黒刀をそちらに向けたというのに──その逆から迫る俺の曲刀を、何と黒刀の柄で受け止めているのである。わずかでもずれたならば、そのまま斬られていたであろうに──その胆力もさることながら、精妙な剣技に驚嘆する。
こやつ──強いだけではない。十剣に並ぶほどの剣豪である。これほどの腕となると──おそらく、ブロンダルでも、かなり名の知れた騎士であろう、と思う。
「ラガン──先の非礼は詫びよう」
辻斬りは、初手で俺を殺せなかったことがよほどうれしいようで、歓喜からであろうか、震えながら続ける。
「貴様を斬るに値する剣士と認める」
言って、辻斬りは笑う。それは、狂気に魅入られた、剣鬼の笑みである。
「それはありがたい」
さて──どうする?
俺の必殺の幻撃を防がれたのである。いったい、どうすればこやつを斬ることができるのか、と思案する。
「ラガン!」
ロルフは、俺が攻めあぐねているのを見て、不安そうに声をあげる。
「案ずるな!」
返して、俺はひとまず間合いを取る。
そうして、大きく息を吸って──いくらか心を落ち着ける。幻撃は、見破られたわけではない。奴は、確かに幻の一撃につられていた。ただ、恐ろしく反応が速く、続く一撃をもさばくことができたのである──では、どうすればよいか。俺は天啓のように閃く。幻撃を受けさせるのではなく──斬らせればよいのである、と。
俺は、上段に構えて、辻斬りに相対する。対する奴は正眼に構えて──ちょうど最初とは逆の形になる。
俺は、裂帛の気合いとともに──辻斬りを、目で縦に両断する。辻斬りは、その幻撃を受けず──先の俺と同じく、その振り下ろしを打ち落とさんとして──黒刀が幻をすり抜ける。
一瞬──ほんの一瞬、奴は体勢を崩されて──俺にはそれで十分であった。
俺は辻斬りの頭に曲刀を振り下ろす。わずかに剣先が、奴の額に斬り込んで。
「──」
辻斬りは、声にならない声あげて、どう、と倒れる。
奴からしてみれば、俺の剣を打ち落としたはずの剣が、空を斬ったのであるからして、隙もできようというもの。さらには、打ち落としたはずの剣が、遅れて振り下ろされて──いつのまにやら、自らの額が割られていたのである。何が起こったのやら、理解する間もなく絶命したことであろう、と思う。
恐るべき使い手であった。この男のおかげで、幻撃が進化を遂げたのである。俺は畏敬の念をもって、数秒、黙祷を捧げる。
しばしの後、目を開いて、血振りをして、曲刀を鞘におさめる──と、背後に覚えのある気配を感じて、おもむろに振り返る。
「──お見事」
言って、後方の闇から、拍手をしながら現れたのは誰あろう──ロラン王子である。
ふん──俺に任せたふうを装いながら、その一方で仕事ぶりを監視していたのであろう、まったく食えない王子である。
「いやはや、我が国の剣術指南役を斬り捨てるとは、さすがは十剣と言ったところか」
王子は俺を称えながら、とんでもないことを口にする。
「──剣術指南役?」
「──十剣?」
最初の問いが俺、次の問いがロルフである。
「お前は気にせずともよい」
とりあえず、ロルフの問いをうやむやにして──俺は王子をにらみつける。
なるほど──此度の辻斬り、強いはずである。ブロンダルの剣術指南役ともなれば、国で一、二を争う剣豪であろうに──そのことを知らせずに、辻斬り退治を依頼するとは、この王子、どうにも油断のならない相手である。
「天晴れである。褒美をとらそうぞ」
王子の上機嫌に、俺はちょっとした意趣返しを思いつく。
「何でもよいのか?」
「ああ、何でも望むものを」
王子の答えに、我が意を得たり、とほくそ笑む。望むものは、もう決まっているのである。
翌日──俺はロルフとともに、ゴドーの鍛冶屋を訪れる。
「これは──魔鋼であろうのう」
言って、ゴドーは感嘆の息をつく。
魔鋼──それは、ドワーフの秘宝とも呼ばれる鋼のことであるという。かぎられた特別な鉱石からのみ精製されるその鋼は、粘り強く、決して折れることのない剣となる。
「こんな剣を手に入れてしまっては、辻斬りしたくなる気持ちもわからんではないな」
ゴドーは物騒なことを言いながら、ほう、と息をついて──ようやく黒刀から目を離す。
「それで、儂に何をしろ、と?」
「俺用にあつらえてほしい。鞘も頼む」
「おぬし用に?」
俺の答えに、ゴドーは驚きの声をあげる。
「依頼主からは、報酬にやる、と言われておる」
「──正気か? 価値のわかるものであれば、いくらでも払うであろう名刀ぞ」
ゴドーは再び黒刀に目をやって、信じられん、とかぶりを振る。
そう──それほど価値のある名刀であるからこそ、俺もほしくなったのである。この黒刀があれば、これから先、剣を交えるであろう刺客──たとえそれが十剣その人であっても、互角に渡り合えるようになる──かもしれぬのである。
「まあ、仕事であれば、断る理由はない」
言って、ゴドーは俺の手を取って、じろじろと眺めたかと思うと、薄い革を湿らせて、それを黒刀の柄に巻いていく。
「まだ手は加えるが──ひとまず握ってみろ」
ゴドーに黒刀を渡されて、言われたとおりに柄を握って──その精妙な仕事に驚く。無造作に巻いたかに見える革は、俺の手の形にあわせて厚さを変えており、柄はまるで手に吸いつくようで、腕の一部であるかのようにさえ感じられるのである。さすがはブロンダル一の鍛冶職人の仕事である、と感嘆する。
俺は、黒刀を正眼に構えて──おもむろに左目を閉じてみる。
「──!」
そして──その光景に吐き気をもよおして、俺は慌てて左目を開ける。
「どうした! ラガン!」
駆け寄るロルフの顔を見て──安堵する。ロルフの顔は、そこにある。
「何でもない」
返して──俺は深呼吸を繰り返して、意を決して、再び左目を閉じる──と、ロルフは線で塗り潰されて、その顔さえ見えなくなる。黒刀を手にして、より多くのものを斬れるようになったということなのであろうが──それにしたって気分のよいものではない。
俺は左目を開いて、黒刀をゴドーに返す。
線視の世界の、さらに深くに潜って、今さらながらに思い知る。師匠は、人の顔さえまともに見えないような世界で、狂わずに生きていられたのであろうか。それとも──すでに狂っていたのであろうか、と。
「辻斬り」完/次話「迷宮猫」




