第21話 はじめてのおつかい(前編)
「じゃあ、いってきます!」
言って、ルシオンは荷物を抱えて、酒場を出ていく。
先までのクラウスとの会話を聞くに、どこぞへの届け物と、塩漬けとなっていた捜索依頼を引き受けたようなのであるが──兄としては気が気ではない。
「おい、クラウス──少女の使い走りとは、危険ではないのか?」
俺は、晩の料理の仕込みをするクラウスの向かいに座り、そう食ってかかる、
「ラガン──使い走りと言うがな、銀秤商会に届け物をするだけだ。貧民街に足を延ばすわけでなし、危険なんてありゃしねえよ」
クラウスは、俺の顔を見ることさえせずに、あきれるように返す。
「しかし、今日はその届け物のついでに、依頼もこなすというではないか」
「依頼って言っても、受け手のなかった猫探しだろうに。あんたが稽古つけてんだし、滅多なことはなかろうよ」
クラウスの言に、しかし、と反論の声をあげようとしたところで──酔っ払いどもが茶々を入れる。
「ルシオンちゃん、あの年齢で俺たちを尻に敷いてんだぜ? 心配いらねえよ」
「たまにバルドがびびってるもんな」
すでに顔を赤くしている常連どもが、好き勝手なことを言う。
「びびってねえよ」
バルドは即座に否定するのであるが──嘘である。びびっているのは確かである。
皆は俺が過保護だと言う。しかし──本当にそうであろうか。ルシオンは、まだ幼い。しかも身寄りのない少女なのである。いくら本人が強がってみせても、兄として心配するのは道理であり、断じて過保護ではないと言えよう。
俺は、ルシオンの出ていった扉を、そわそわと眺める。
「あれは──ついていくな」
言って、バルドは、俺がルシオンについていくかどうか、常連どもと賭けを始めるのであるが──ええい、からかいたければ、からかえばよい。大切な妹の初めてのお使いともなれば、見守らぬわけにはいくまい。
「ちょっとそこまで──」
出かけてくる、と言い置いて──俺は酒場の外に出る。
俺は、完全に気配を殺して、ルシオンの後をつける。決して気づかれてはならない。もしも気づかれてしまえば──怒られるのは俺である。妹離れのできない兄という烙印を押されるのは、俺の兄としての沽券にかかわる。
ルシオンは、目抜き通りに出て、銀秤商会の方に歩き出す。その軽やかに揺れる背中を見るに、彼女の心の傷は時間が癒してくれたのであろう、と思う。
やがて、ルシオンは、銀秤商会の大店の前で足を止める。店の護衛と言葉を交わして用向きを伝えたものか、護衛に小さく手を振って、店の中をのぞき込む。
俺は、その様を、露店の陰に隠れて見守る。露店の店主が、何やら怪訝な顔でこちらを見ているのであるが、そんなことを気にしている余裕はない。
ルシオンは、店のものに話しかけようとしているのであるが、どうやら店員は接客で忙しいようで、なかなかつかまえることができないでいる。陰ながら見守る身としては、やきもきしてしまう。
やがて──ルシオンは見知った顔をみつけたようで、笑顔で呼びかける。
「マルクスさん!」
「おお、ルシオン嬢」
ルシオンの呼び声に、銀秤商会の番頭マルクスは相好を崩す。その様は、まるで孫娘に呼びかけられた祖父のようで──どうやら、俺の知らぬ間に知己となっているようである、と見て取る。
「それにしても──」
マルクスのやつめ、いやに親しげではないか──まさか、ルシオンを銀秤商会に引き抜こうというのではあるいまいな、と勘ぐる。
「ラガン殿は息災かね?」
「ええ、この前、こんなに大きな魔獣の首を持ち帰って──」
言って、ルシオンは両手を広げてみせるのであるが──世間話はよい。よいから、早く話を打ち切って、この場を立ち去るのだ、とルシオンに念を送る。大店の番頭の話術を甘くみてはならぬ。いつ何時、巧みに勧誘されるやら、知れたものではない。
ルシオンは、しばしの立ち話の後、持っていた荷物をマルクスに渡して、手を振って別れる。
そして、店を出て──目抜き通りを折れて、薄暗い路地に入る。残る用事は猫探し──おそらく、以前に教えたことのある、猫の集う広場に向かうのであろう、と当たりをつける。俺は、露店の陰から飛び出して、近場の路地に飛び込み──件の広場まで先回りをする。
広場には、いつぞやのように何匹もの猫がまどろんでいる。俺は、大樹の陰に隠れて、足もとにじゃれつく黒猫を追い払いながら、ルシオンが現れるであろう路地を見守る。
しばしすると、はたして──路地からルシオンが現れる。彼女は、猫の楽園を目にして、わあ、と歓声をあげて、一匹ずつ愛でながら、目当ての猫を探す。
やがて、ルシオンは一匹の猫を抱きあげる。見れば、猫の首には、染めた麻紐が緩く結ばれていて──おそらく、その猫こそが、依頼にある迷い猫なのであろう、と思う。
特に危なげなく依頼も達成である。これならば、心配するまでもなかったな、と安堵の胸をなでおろした──そのときである。
先にルシオンの現れた路地から、冒険者であろうか、男が二人現れる。まだ日も高いというのに、二人はすでに酔っ払っているようで──猫を抱くルシオンの姿を認めると、互いに顔を見あわせて、よからぬ笑みを浮かべる。ルシオンに何をするつもりかはわからぬが、どうせろくでもないことであろう、と思う。
俺は、気配を殺したまま、するりと大樹の陰から出て──左目を閉じて、二人を目で斬る。二人は、斬られたことを感じたのであろう、叫び声をあげて、その場にへたり込む。そして、ルシオンの背後に立つ俺に気づいたようで──俺の眼光に射抜かれて、二人は慌てて立ちあがり、もと来た路地に踵を返す。そう、それでよい。さっさと去ねい。




